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六話
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確か中学最初の春休みだったと思う。
宿題を終わらせるために、私たちは学校の図書室にいた。
休みの間は勉強の為なら好きに使っていいと先生から言われていたから来たものの、私たち以外の生徒がいなかったことに少し驚いた。
でもそれならそれで好都合だと何時間でも居座っていた。
先生は時々顔を出すくらいで、ほとんど私たちだけで占領することができた。
「なんで春休みに宿題なんかあるんだろ」
小学校はなかったのに、と冬真が口を尖らせた。
誠がその顔を見て吹き出して、持っていたシャープペンをノートの上に投げ出した。
そしてにやりと意地悪そうに笑った。
「そりゃあ中学だからだろ」
「意味わかんないなぁ。また二年になったら山ほど勉強しなきゃいけないのに。春休みくらい休ませてよ」
ぶつぶつと文句を言い続けて机に突っ伏してしまった冬真を見て誠がけらけらと笑った。
人が少ない図書室では誠はいつもよりよく笑っていたのをよく覚えている。
誠は笑うと小さな八重歯が見えて、犬みたいだといつか冬真が言っていた。
「あーあ、俺たちせっかくの春休みなのにほとんど図書室で終わらせてるよ」
「早く終わるからいいと思うけど。もうすぐ全部終わりそうだし、そしたら遊びに行こうよ」
映画館とかカラオケとか、とみんながよく行くという遊び場所を提案してみた。
実のところ行ったことがないのだけど、二人とならどこでも楽しそうだと思う。
それいいな、と珍しく誠も賛成してくれた。
じゃあ早く終わらせないと、そんな話の流れになったのに、冬真の集中力はぷつんと切れてしまったようで、机に顔を埋めたままぼそぼそと喋った。
「ねえ、なんか楽しい話でもしてよ」
冬真の突拍子もない言葉に私と誠は顔を見合わせて笑った。
マイペースだなぁ、と誠が笑う。
私だったら誠にだけは絶対に言われたくないと思う。
学校一怖いと噂の先生の授業で堂々と居眠りして呆れた先生に放って置かれるようなマイペースっぷりを誠は発揮しているだから。
何か話題でもあるのか、うーんと笑いながら唸って誠が口を開いた。
「俺、この前告白されたんだけどさ」
いきなり何を言いだすのだ、と呆れてしまい私まで宿題をやる気がなくなってしまってぽいとシャーペンを置いた。
まあ大分進んでいるから構わないのだけど。
冬真が数秒置いて勢いよく顔を上げた。
私も誠もその勢いに驚いていると、冬真はもっと驚いた顔をしていた。
むしろ青ざめている気さえする。
「それ、本当?え、付き合うの?」
「いや、断った。ほとんど話したことないやつだったし。ていうか、なんで冬真がそんなに慌ててるんだよ」
変なの、と誠が笑うと冬真もようやくへらりといつものように笑った。
どこかほっとしたように見えたのが少し不思議だった。
「その時さ、相手が美羽とどういう仲だって聞くんだよ。友だちだって言ったのに、嘘だ付き合ってるんだろって怒られてさ。意味わかんなくてちょっと笑えた。友だちだって言ってるのに、なんであんなに怒るんだろ」
付き合うわけでもないのに意味がわからない、と誠が本当に面白そうに笑った。
くるりと器用にペンが回される。
冬真もつられたように笑っていたけど、私はそんなに軽やかな心地にはなれなかった。
「私が女だからでしょ」
私たちの声以外とても静かな図書室で、私の声だけがひどく冷たく響いた。
こんなことを言いたいわけではないのに。
こんな責めるみたいな言い方をしたいわけじゃない。だって仕方のないことだから。それを言うのは子どもじみている。
でも言わずにはいられなかった。
嫌がられたとしても面倒がられたとしても、私は言わずにはいられなかった。
「関係ないだろ、そういうの」
それでも誠はまだ小さく笑みを浮かべていた。
少し意地悪そうに見えるのに、それがひどく様になっていて、どこまでも器用な人だと感心した。
「だってお前と一緒にいるのにそんなの全然関係ないだろ、今までもこれからも。性別が違う人が一緒にいるイコール恋人ってどんな思考回路だよ。視野が狭すぎていっそ笑える」
冷えていた心にじわじわと温かさが広がっていくようだった。
慰められたわけじゃないのだろう。
誠が思ったことを素直に口にしただけなのだろう。
でも私にとってはそれが何より嬉しかった。
「……なんか、別に言うことじゃないかなって今まで言わなかったんだけどさ。私、恋ってしたことないんだよね」
いきなり語り出した私に特に驚く様子もなく二人は私の話に耳を傾けてくれた。
よく考えてみれば私はいつだって唐突に話していたのかもしれない。
それを受け止めてくれるのが二人だったのだろう。
「好きは分かるよ。家族のことは好き。最近喧嘩もしょっちゅうするけど好きだし、友だちへの好きもわかる。だけど恋っていう概念の好きは本当のところよくわかんない」
私は生まれて初めて、このことを打ち明けていた。
「本で読むのも好き。恋愛ものとか面白いなぁって思う。でもそれは誰かがしてることで私じゃない。恋愛っていう理屈っていうか、そういうのはなんとなくは分かるけど、全部はわかんない。だって私は恋をしたことがないから」
だからだろうか、二人の顔を見ることがうまくできない。
「あの人かっこいいよね、とか言われても顔の良し悪しは分かるけど、それで好きとか正直意味わかんない。でも別に人が恋するのは勝手だしなんとも思わないけど、じゃあ私だって自由じゃん。私が恋しないのも自由じゃん」
自分で何を言ってるのかすらよく分からなかった。
「それって変とかよく言われるけど、ぶっちゃけ中学で友だちがあんまりいないのも恋話にうまく入れないとかそういう理由もあるからなんだけどさ、でもそれが私だとも思ってる。冬真も誠も一緒にいるのはすごく楽しいけど、でも友だちなの。多分これからもずっと。そういうの、どうかな。やっぱり変かな」
「美羽の言う通りだと思うけど」
誠がなにを当たり前のことを、と言いたげに私の顔を見て言った。
「え、逆にそんな風にどうこう言う奴なんなの?」
顔を盛大に顰めて冬真が言う。冬真は案外口が悪い。
私はこんな時なのに少し笑ってしまった。
「美羽が言えないならさ、俺らの親友になに馬鹿なこと言ってくれてんだって怒ってやるから」
そんなやつのこと気にするなよ。
そんな風に誠にしては珍しく優しさを感じられる言葉をかけられて、親友だと言われて、人生で初めて打ち明けたことなんて忘れたかのように大きな声を上げて笑ってしまった。
宿題を終わらせるために、私たちは学校の図書室にいた。
休みの間は勉強の為なら好きに使っていいと先生から言われていたから来たものの、私たち以外の生徒がいなかったことに少し驚いた。
でもそれならそれで好都合だと何時間でも居座っていた。
先生は時々顔を出すくらいで、ほとんど私たちだけで占領することができた。
「なんで春休みに宿題なんかあるんだろ」
小学校はなかったのに、と冬真が口を尖らせた。
誠がその顔を見て吹き出して、持っていたシャープペンをノートの上に投げ出した。
そしてにやりと意地悪そうに笑った。
「そりゃあ中学だからだろ」
「意味わかんないなぁ。また二年になったら山ほど勉強しなきゃいけないのに。春休みくらい休ませてよ」
ぶつぶつと文句を言い続けて机に突っ伏してしまった冬真を見て誠がけらけらと笑った。
人が少ない図書室では誠はいつもよりよく笑っていたのをよく覚えている。
誠は笑うと小さな八重歯が見えて、犬みたいだといつか冬真が言っていた。
「あーあ、俺たちせっかくの春休みなのにほとんど図書室で終わらせてるよ」
「早く終わるからいいと思うけど。もうすぐ全部終わりそうだし、そしたら遊びに行こうよ」
映画館とかカラオケとか、とみんながよく行くという遊び場所を提案してみた。
実のところ行ったことがないのだけど、二人とならどこでも楽しそうだと思う。
それいいな、と珍しく誠も賛成してくれた。
じゃあ早く終わらせないと、そんな話の流れになったのに、冬真の集中力はぷつんと切れてしまったようで、机に顔を埋めたままぼそぼそと喋った。
「ねえ、なんか楽しい話でもしてよ」
冬真の突拍子もない言葉に私と誠は顔を見合わせて笑った。
マイペースだなぁ、と誠が笑う。
私だったら誠にだけは絶対に言われたくないと思う。
学校一怖いと噂の先生の授業で堂々と居眠りして呆れた先生に放って置かれるようなマイペースっぷりを誠は発揮しているだから。
何か話題でもあるのか、うーんと笑いながら唸って誠が口を開いた。
「俺、この前告白されたんだけどさ」
いきなり何を言いだすのだ、と呆れてしまい私まで宿題をやる気がなくなってしまってぽいとシャーペンを置いた。
まあ大分進んでいるから構わないのだけど。
冬真が数秒置いて勢いよく顔を上げた。
私も誠もその勢いに驚いていると、冬真はもっと驚いた顔をしていた。
むしろ青ざめている気さえする。
「それ、本当?え、付き合うの?」
「いや、断った。ほとんど話したことないやつだったし。ていうか、なんで冬真がそんなに慌ててるんだよ」
変なの、と誠が笑うと冬真もようやくへらりといつものように笑った。
どこかほっとしたように見えたのが少し不思議だった。
「その時さ、相手が美羽とどういう仲だって聞くんだよ。友だちだって言ったのに、嘘だ付き合ってるんだろって怒られてさ。意味わかんなくてちょっと笑えた。友だちだって言ってるのに、なんであんなに怒るんだろ」
付き合うわけでもないのに意味がわからない、と誠が本当に面白そうに笑った。
くるりと器用にペンが回される。
冬真もつられたように笑っていたけど、私はそんなに軽やかな心地にはなれなかった。
「私が女だからでしょ」
私たちの声以外とても静かな図書室で、私の声だけがひどく冷たく響いた。
こんなことを言いたいわけではないのに。
こんな責めるみたいな言い方をしたいわけじゃない。だって仕方のないことだから。それを言うのは子どもじみている。
でも言わずにはいられなかった。
嫌がられたとしても面倒がられたとしても、私は言わずにはいられなかった。
「関係ないだろ、そういうの」
それでも誠はまだ小さく笑みを浮かべていた。
少し意地悪そうに見えるのに、それがひどく様になっていて、どこまでも器用な人だと感心した。
「だってお前と一緒にいるのにそんなの全然関係ないだろ、今までもこれからも。性別が違う人が一緒にいるイコール恋人ってどんな思考回路だよ。視野が狭すぎていっそ笑える」
冷えていた心にじわじわと温かさが広がっていくようだった。
慰められたわけじゃないのだろう。
誠が思ったことを素直に口にしただけなのだろう。
でも私にとってはそれが何より嬉しかった。
「……なんか、別に言うことじゃないかなって今まで言わなかったんだけどさ。私、恋ってしたことないんだよね」
いきなり語り出した私に特に驚く様子もなく二人は私の話に耳を傾けてくれた。
よく考えてみれば私はいつだって唐突に話していたのかもしれない。
それを受け止めてくれるのが二人だったのだろう。
「好きは分かるよ。家族のことは好き。最近喧嘩もしょっちゅうするけど好きだし、友だちへの好きもわかる。だけど恋っていう概念の好きは本当のところよくわかんない」
私は生まれて初めて、このことを打ち明けていた。
「本で読むのも好き。恋愛ものとか面白いなぁって思う。でもそれは誰かがしてることで私じゃない。恋愛っていう理屈っていうか、そういうのはなんとなくは分かるけど、全部はわかんない。だって私は恋をしたことがないから」
だからだろうか、二人の顔を見ることがうまくできない。
「あの人かっこいいよね、とか言われても顔の良し悪しは分かるけど、それで好きとか正直意味わかんない。でも別に人が恋するのは勝手だしなんとも思わないけど、じゃあ私だって自由じゃん。私が恋しないのも自由じゃん」
自分で何を言ってるのかすらよく分からなかった。
「それって変とかよく言われるけど、ぶっちゃけ中学で友だちがあんまりいないのも恋話にうまく入れないとかそういう理由もあるからなんだけどさ、でもそれが私だとも思ってる。冬真も誠も一緒にいるのはすごく楽しいけど、でも友だちなの。多分これからもずっと。そういうの、どうかな。やっぱり変かな」
「美羽の言う通りだと思うけど」
誠がなにを当たり前のことを、と言いたげに私の顔を見て言った。
「え、逆にそんな風にどうこう言う奴なんなの?」
顔を盛大に顰めて冬真が言う。冬真は案外口が悪い。
私はこんな時なのに少し笑ってしまった。
「美羽が言えないならさ、俺らの親友になに馬鹿なこと言ってくれてんだって怒ってやるから」
そんなやつのこと気にするなよ。
そんな風に誠にしては珍しく優しさを感じられる言葉をかけられて、親友だと言われて、人生で初めて打ち明けたことなんて忘れたかのように大きな声を上げて笑ってしまった。
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