ショートショートミックス

dalgoma

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君はいつも、鼻歌まじり

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「いつも鼻歌歌ってるね」
「あれ、そうかな?」
「うん、今も歌ってたよ?」
「全然無意識だったよ」
僕の妻は、いつも鼻歌を歌っている。
よほど機嫌が悪い時や、TPO的に黙ることが必要なところ以外では、およそいつも、鼻歌を歌っている。
僕たちは二人で部屋の片づけをしていたのだが、彼女は本棚に本を詰めながら、やはりいつものように鼻歌を歌っていた。
「なに歌ってたの?」
「んー、わからない」
「わからないのか」
「無意識に歌っちゃってるみたいだからね」
「まあ、なんとなくわかる気はするけど」
僕が言うと、彼女はちょっとだけ答えるように微笑んで、また本棚に向かった。
それから一分と経たず、また彼女は鼻歌を歌い出した。
それは僕も知っている曲だったから、試しに鼻歌泥棒してみることにした(基本的に僕はそういうことをしないように気をつけていた)。
「あれ、私その曲知ってる」
「そうだろうねー」
だって、今歌ってたじゃん、と僕が言うと、彼女は本気で驚いたような顔をしていた。
「うそ」
「ほんとだよ」
「えー、うそだ」
「ほんと」
彼女は目をまん丸にして、僕を見た。
どうやら、本当に無意識のそれらしいということが、ここでようやく証明された。
「ほんとにいつも歌っちゃってるんだね」
「うん、気づいてなかったの?」
「全然、言われたこともなかった」
「みんな、当たり前になりすぎて気づかなかったのかもね」
「そうかな?」
「そうだよ」
彼女はやっぱり怪訝そうな顔をしていたが、それでも自分が歌っているのかもしれない、と気になったのか、ようやく彼女は鼻歌をやめたのだが、そこで僕は、ようやく思い至った。
たぶんみんなが彼女に鼻歌のことを指摘しなかったのは、彼女の鼻歌が失われるのが怖かったからなのだろう。
人は癖を指摘されると、気になってしまう。
それからしばらく、彼女は鼻歌を歌わなくなった。
僕は本気で後悔した。彼女の鼻歌が失われてしまった。
僕は彼女のそこも大好きだったことに、ようやく気づいた。失われて気づく大切さ。
僕はそんなものを思い知ることになった。
また、鼻歌を歌ってくれないか。
そんなふうに思って、僕は気づくと、鼻歌を歌っていた。
すると、どこからか、同じ曲の鼻歌が聞こえてきた。
愛しいあの人の声で。
僕は、自分は鼻歌を歌うのをやめて、その声に耳を傾けた。
たかが鼻歌。されど鼻歌。
僕の大好きなものが、帰ってきてくれた。
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