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第二章 友達編
友達編 13
しおりを挟む少し時間はかかったが、運良く入口付近の駐車スペースに車を停めることができた。しかしすぐには降りずに、悠介がニャーにハーネスを着ける。悠介には失礼だが、柊一郎はもっともたつくかと思っていた。だが、さすがにそこは飼い主――家族と言わないとニャーに怒られそうだが――といったところか。思いの外、手際よく着せていく。そもそもニャーが人の言葉を理解し、普通の猫よりも数段賢いというのもあるだろうが。たいして時間をかけずにハーネスを身に付けるとニャーは悠介を気遣ってか、それとも単純に嬉しいのか、見せつけるように柊一郎と悠介の膝の上を優雅に行ったり来たりした。しかし優雅とは裏腹に、その表情はドヤッとしていて笑いを誘う。
「ニャニャー」
「ふふ。うん、とっても似合ってる! 柊一郎さんのセンスの良さとニャーの着こなしがマッチしてる! やっぱりニャーはカッコイイなぁ」
悠介は柊一郎の優しさと、いつもどおりのニャーの言動に少し落ち着いたのか、ニャーと笑顔で――しかも饒舌に――会話をしていて柊一郎は安心して息を吐く。
自分でも気付かない優しい眼差しで悠介を見つめながら、ずっと笑顔でいてほしいと思った。楽しい事だけしてほしいし、いつだって幸せでいてほしい。それは、生きていく上で最も難しいことかもしれない。人に話せば高い理想だと言われるかもしれない。それでも、柊一郎は心の底から本気でそう思っている。そして悠介の幸せの隣には、当たり前のように自分が立っていたい。それには自分がどうするべきなのか、何をするべきなのか、柊一郎は考えながら悠介とニャーを交互に見つめた。
「あ……す、すみません……つい……」
悠介は柊一郎の視線に気付くとハッとした様子で謝る。きっと待たせてしまったと思ったのだろう、と柊一郎は思い、誰にも見せたことがないような優しい表情で安心させるように微笑んだ。
「謝ることないですよ。二人が微笑ましくて見てただけですから」
柊一郎がそう言うと悠介はホッとした様子で広角を上げて小さく笑う。儚げな悠介の微笑みに柊一郎の胸は鋭い矢で撃ち抜かれ、胸元を押さえて思わず倒れ込みそうになった。しかし何とか踏み止まり、息を深く吸い込んだ。なんという破壊力。付き合ってもいないが、すでに悠介から離れられる気がしない。否、離れたくない。
「そ、それじゃあ行きましょうか」
「っ、は、はいっ」
気を取り直してそう言えば、悠介はビクッと肩を跳ねあげた。その反応に多少の不安を覚えたが、しっかり気を付けて見ていようと決心して柊一郎は車から降りた。
悠介が遅れてニャーと一緒に車から降りるのを確認してからロックすると悠介の側に立って、行きましょうか、と促した。
駐車場から会場入口まで悠介の歩幅に合わせてゆっくりと歩く。悠介はやはり少し緊張しているようでニャーをぎゅうっと胸に抱いている。心配ではあるが、楽しみにしていた事も本当のようだった。できるだけ楽しんで欲しいし、いい思い出を作って欲しい。柊一郎は悠介の様子を気にしながら、離れないようにしようと無意識に距離を詰めた。
「……わぁ……すご、い」
同じように入口に向かう来場客に追い越されながらゆっくと入口まで来ると、大きなアーチが出迎えていた。アーチには、――ようこそわんにゃんフェスへ――と書かれていてアーチの両サイドにたくさんの風船が取り付けられていた。
「思ったより、大きいイベントだったみたいです……」
すでに悠介はヤバいのではないかと柊一郎は悠介へチラリと視線を向ける。が、アーチに驚いているようで今のところは特に変わった様子は見受けられなかった。それでも、仮に見ている誰かに過保護すぎるのではないかと言われたとしてとも、悠介に極力辛い思いをさせないために気を緩めてはいけない、と声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
「っ、だい、じょうぶ、です……」
小さく微笑んだ悠介に柊一郎も笑顔を返す。悠介の微笑みは無理している様子はなく、ひとまず大丈夫そうだ。安心した柊一郎は悠介を見守りながら、焦らさないように悠介の気持ちを優先して、悠介が行けると思った時に行くつもりで、今度は殊更優しく声を掛けた。
「じゃあ、中に入ってみますか?」
柊一郎の言葉に悠介はまた肩を跳ね上げたが、小さく頷いてニャーを下へ降ろしてリードの持ち手の輪を手首に掛けてからぎゅっと握った。
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