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第二章 友達編

友達編 7

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 いよいよデート当日の日曜日。柊一郎は早朝から、洗面台に据付けられている鏡とにらめっこをしていた。
 初めての想い人と初めてのデート。できる限り好印象を与えたい、そう思い、デートが決まった日から普段はしたこともないスキンケアをしてみたり、昨晩動画で見てカッコイイと思った髪型を真似してみたり、と自分をレベルアップさせようと必死に試行錯誤しているのだ。しかしイケメンだと言われ、モテ続けて生きてきたとしても柊一郎自身がそう思っているわけではなく、仕事以外で身だしなみに気を使うことは全くない。
 ゲームや読書という趣味に夢中で自分に似合う髪型など考えたこともないし分かるわけがないのだ。数日間の付け焼き刃でスキンケアをしてみても肌が劇的に変わるわけでもなく――元々きめ細かい肌だということを柊一郎自身は全くわかっていなかった――柊一郎はため息を吐く。
 店主の好みが知りたい、そこまで考えて、またため息を吐いた。
「……いやいや、好みって……そもそも男だし……」
 柊一郎は同性同士ということを気にしているわけではない。しかし店主はどうだろうか、と思う。華奢な守ってあげたいような女子が好きかもしれないし、元気で周囲を明るくするような子が、はたまた天然なドジっ子が好きかもしれない。当然ながら柊一郎は華奢な女子でもなければ可憐なお嬢様でもない。周囲を明るくすることもできないし、ドジっ子でもない。どこからどう見てもただの、普通の男だ。
 男としては好きな人の傍にいて蕩けるほどに甘やかして包み込んで支えて護りたいと、そう思うのは当然だろう。と柊一郎は思っている。 
「……ま、考えても仕方ねーか」
 そこまで考えて、どうも店主のこととなると考えすぎるなと苦笑する。甘やかしたいなら甘やかせばいいし護りたいと思うなら護ればいいじゃん、と持ち前の前向きさで気を取り直すと蛇口を捻り顔を洗い始めた。

 遠足が楽しみすぎて早起きする子供かよ、と思いながらなんとか準備を整えた柊一郎は約束の時間までまだまだ余裕があるな、とチラリと時計に目を向けたが、時間まで家でジッとしていられずに早々に玄関を出た。忘れ物はないだろうかと心配になるが、昨日の夜に何度も確認し今朝も数回確認しのだから大丈夫だろうと自分を落ち着かせてマンションの地下駐車場に向かうべくエレベーターのボタンを押した。何か足りないものがあれば途中で買い足せばいい。そう考えて、ふと緊張して手に汗が滲んでいる事に気付いた柊一郎は車に乗り込むと一度深呼吸をする。
「……よし」
 フーッと息を吐いて気合を入れる。なんてことはない。これまでデートなんて数え切れないほどしてきた。ただ、相手が今までと違って同性で、生まれて初めて恋心を抱いた人だというだけのこと。大丈夫。そう思うことにして、柊一郎はエンジンをかけ再度深呼吸をしてからゆっくりと車を走らせ駐車場を後にした。

 車で古書店に行くのは初めてだが、そこは通い慣れた道。迷うはずもない。
 信号待ちでチラリと時計を見れば、まだ7時30分。約束の時間は9時。流石に早すぎるか、と思うがどこかに寄って時間を潰す気にもなれず、結局そのまま古書店へ向かって車を走らせる。柊一郎は外車に乗っているが、運転席は右側で逆輸入車。だからといって気取るわけでもなく、基本的に真面目な柊一郎は常に安全運転を心掛けていた。
 今日は店主とニャーを乗せるのだ。今まで以上に安全運転をしなければ、と気を引き締める。知った景色が後ろに流れていき、古書店へ近付いているということを感じて微かに湧き上がる緊張でハンドルを握る手に力が篭もってしまう。柊一郎は三度深呼吸をして古書店の裏側へと続く道に入るとスピード落とし、ゆっくりと進んでいく。休日の早朝でもウォーキングをしている人、掃除をしている人やペットと散歩をしている人など思ったよりも活動している人がいて柊一郎は周囲に気を配りながら殊更ゆっくりと車を進める。いつかこういう風に、店主とニャーと一緒に何気ない日常を過ごしたいなぁ、と思う。
 そして、いよいよ古書店の裏にある駐車場が見えてきて、浮かれる気持ちと緊張が綯交ぜになり、なんとも言えない気持ちになる。しかし、それは必ずしも嫌な気持ちではない。柊一郎は味わったことのない感情に戸惑いながらも心地良さを覚えていた。
 ゆっくりと古書店の駐車場に近付くとハザードランプを点灯させる。すると動く何かが見えたような気がして目を凝らして目的地を見つめた。
「……え?」
 思わず声が零れる。更にスピードを落としハザードランプを点けたままゆっくりと駐車場の前で車を止める。しかしいくら休日の朝とはいえ、これだけ活動している人がいるのだからいつ車が通るか分からない。このままここに停めては邪魔になるな、と思いそのまま駐車場へ車を入れて停めた。そしてドアを開け、降りようと片足を地面に付けると黒い塊が飛び込んできて、柊一郎は驚いて肩を跳ね上げた。


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