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第二章 友達編

友達編 5

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「……あ、しゅ、柊一郎、さん……」
「お疲れ様です犬山さん」
 店内へ足を踏み入れた柊一郎に、すぐに気付いた店主が視線を泳がせながらも声を掛けてきた。柊一郎は、こうして店主が声を掛けてくれるようになったことは進歩だと思うし、毎日少しずつ距離が近くなる気がして嬉しいと思う。
「お、お疲れ、さまです……きょ、今日は、早いですね……」
 いつも通りに吃っているし、もちろん視線も合わないが少し驚いているように感じ、店主の変化が分かるようになった事に心を踊らせる。しかし、いやいや……そうじゃない今はそうじゃない、と柊一郎は自分にツッコんで店主を見つめた。店主は見つめられ何事かとオロオロしている。可愛い。いや、だからそうじゃない。
「犬山さん、今日ニャーと出かけました?」
「え? あ、はい……本の、仕入れに……」
 少し圧のある柊一郎の問い掛けにおどおどする店主に、恋人でもないのにこんな言い方……と柊一郎はグッと感情を抑え込んで優しい微笑みを浮かべる。すると店主は安心したように少し表情を和らげた。ニャーは黙って様子を伺っている。
「本の……仕入れ……」
 店主の答えにハーッと大きく息を吐いた柊一郎は安堵してガックリと肩を落とした。
 聞いてしまえば何てことはない、仕事だったのだ。柊一郎は自分の心の狭さを思い知らされた気分だった。今までこんなに感情を動かされることなどなかったのに。店主にはいつも自分の知らなかった自分を引き出されている。それは嬉しいこともあれば情けないと思うこともあり、複雑な気持ちになる。
「あ、あの……どうし、たんですか? 大丈夫、ですか?」
 店主が心配してくれている事が申し訳なくもあるが嬉しくもあり、柊一郎はまた優しく微笑んで店主を見つめる。
「今日、得意先から会社に戻る途中で見かけたもので」
「えっ!? ほ、ほんとですか? は、恥ずかしい……変な顔、してませんでしたか……?」
 柊一郎の話にまたオロオロしている店主は本当に可愛い。先程までの焦燥はきれいサッパリ消え去り、新しい店主の事を知る事ができて嬉しい。我ながら単純だ、と思う。
 新しく知る自分の性質より、店主の色々なことが知りたいのだ。
「後ろ姿にヘルメットだったので顔は見えませんでした。でも、ニャーの顔は見ましたよ」
「ニャニャー!」
「ふふ……ニャーも見られてたかニャって、言ってます」
 小さく笑いながら、店主は柊一郎の腕に抱かれているニャーを優しく撫でる。柊一郎は店主がここまで気を許してくれていることに感動すら覚え、感慨に耽りそうになるが、いやいや勿体無い、と深呼吸した。
「ニャーは皆に写真撮られてましたね」
 思い出し、クスクスと笑う。しかし店主は驚いたように目を瞬かせた。
「えっ? も、もしかしてニャー……顔、出してまし、た……?」
「顔と手を出して愛嬌振りまいてましたよ」
「っ! ニャー! 危ないから顔出さないでねってあれほど言ったのにぃ!」
 ぷうっと頬を含ませてニャーに小言を始めようとする店主に柊一郎は驚いていた。これも初めてみる顔で、胸がキュンとする。頬を膨らませると、小さい口が窄まり更に小さくなっている。可愛さが半端ない……柊一郎は店主の顔を凝視して無意識に目に焼き付けようとしていた。しかしニャーはイタズラがバレてしまって焦っている様子で柊一郎の腕と胸の間に潜り込んでしまう。
「ニャー! 聞いてるの!?」
 ニャーは黙ったまま隠れているつもりで背中だけを見せて丸くなっている。ニャーも可愛いな、と柊一郎はニコニコとしてしまう。
「まぁまぁ。ニャーは賢いですし、ちゃんと体はリュックの中に入っていましたよ」
 バラしてしまった罪悪感もあり、ついニャーを擁護する。それにニャーはピョコンと顔を上げて柊一郎をキラキラした瞳で見つめた。
「しゅ、柊一郎さん……でも……」
「大丈夫ですよ。ちゃんと大人しくしていたし、体もすっぽり収まってましたから」
「しゅ、柊一郎さん、が……そう、言うなら……」
 優しい柊一郎の微笑みに店主は頬を染めてしおしおと小さくなる。こんなにいろいろな表情が見られるようになるなんて、と何度だって嬉しくなってしまう。ニャーは説教を免れてお礼を言うように柊一郎の胸にスリスリを顔を擦り付ける。そのニャーの様子も可愛くてどうしても頬が緩む。
「犬山さんは、本の仕入れ以外にどこに行ったりするんですか?」
 少し唐突かとも思ったが、気になることを放置できない柊一郎はしつこくならないように自然にと思いながら言葉を選ぶ。
「他に……ですか……? い、いえ……行かない、です……実家に、帰るとき、くらいで……それ以外には……」
 ふむ、と柊一郎は思う。興味がないのかそれとも。興味がないのであれば誘い出すことはできない。しかし、店主と出掛けてみたい。デートを、したい。
「ほ、ほんとは……色んなところに、行ってみたいんですけどね……」
 心を読まれたかと思うような、続いた店主の言葉に柊一郎は内心歓喜した。これはさらに仲良くなるチャンス。高揚するのを必死で抑えながら、また言葉を選ぶ。しかし平静を装っていても、ニャーを抱く腕に少し力が篭る。ニャーは気付いたが、柊一郎のおかげで説教を免れたからか大人しく様子を見守っていた。
  
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