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第二章 友達編

友達編 2

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「……あ、あの……しゅ、いちろう……さん?」
 急に黙り込んでしまった柊一郎に店主は不安になったようで恐る恐る声を掛ける。柊一郎はハッとして店主を見遣った。
「あ、すみません。犬山さんがニャーを大事にしてるんだと思うと何だか嬉しくなって考え込んでしまいました」
 柊一郎は嬉しくて考え込むなんてわけの分からない事を言ってしまったと思ったが、出てしまった言葉は取り消せない。
「そ、そうですか……なんか、はしゃいじゃって、ごめん、なさい……」
 店主は柊一郎を不快にさせてしまったと思ったのか、俯いてしまった。せっかく上手く話が盛り上がりそうだったのに、と柊一郎は自分に怒りを覚えながらも肩を落とすが、今は傷つけてしまったかもしれない店主を安心させたいと思い、気を取り直してニャーを撫でる。
「謝るのは俺の方です。話してるのに考え込んでしまって。すみません」
「っ、い、いえ……」
 店主は頬を染めて俯きモジモジとしてしまった。しかし、何かを感じたのか、ニャーがひと鳴きすると店主は顔を上げ、そうだねと言って柊一郎の肩越しに奥の方を見た。
「す、すみません。おすすめの本、でしたね……」
 店主はそう言うと本棚の間を進んでミステリーのコーナーの前で止まった。柊一郎は基本的にはミステリーが好きで、いつも同ジャンルの本を買っていたが今日はミステリーじゃなくても店主の好きな本を読んでみたいと思っていた。しかし店主が気を遣ったのだと思った柊一郎は本棚に体を向けている店主の背中を見つめる。
「犬山さん。ミステリーじゃなくても大丈夫ですよ」
 柊一郎はそう言ったが、店主は少しおどおどしながらも振り返り柊一郎の肩の向こうに視線を向けた。
「み、ミステリーも、すすすきなので……」
 店主はそう言って迷う事なく一冊の本を取り出し柊一郎へ差し出した。
「……これ、おもしろ、かった……ので……」
 店主が差し出した本を手に取りタイトルを見る。
「幻の女……」
「そ、そこまで難しくないです、し……読み、やすいと、思います……」
 そこまで言って、店主はまた少し頬を染めて視線を泳がせた。綺麗な顔をしているのにそれは卑怯だ、と柊一郎は思う。どうしたって可愛いと思ってしまうのだ。柊一郎としては難しい本でも難解な謎解きでも何でも良かったが、店主が面白かったと言うのならこれを読んでみようと思った。
「ありがとうございます。今日はこれを読んでみます」
 にこやかにそう言う柊一郎を見る事なく視線を逸らして虚空を見つめる店主にも、もう慣れた。そういうところも可愛いと思う。
「犬山さんは、他にどんなジャンルの本を読むんですか?」
 店主のことを何でも知りたい柊一郎は一日ひとつ何でもいいから店主に聞いてみようと思っていた。店主は少し驚いたような表情をして三度視線を彷徨わせる。
「お、おれ……あ、ぼ、僕は……何でも、読みます……ここにある、本も……全部、読みまし、た」
「全部ですか……それはすごいですね!」
 柊一郎はお世辞でも何でもなく純粋に凄いと思い、本当に本が好きなんだなと尊敬の念を抱いた。これからは自分もミステリーに拘らず、ここにある本を全部読んでみようと思う。少しでも店主と時間を共有したいと、店主の好きなものに共感したいと思った。
「す、すごく……ない、です。ここは、元々……祖父のお店で……小さい頃から、ずっと遊びに来て、本を読んでたから……」
「そうなんですか。おじいさんも、本が好きなんですね」
「そう、なんです。ニャーも絵本とか、読みます!」
 思わぬ店主の情報に高揚しながらも、最後の店主の言葉に思考が少し混乱する。確かにニャーは賢い。人間の言葉も分かっているだろう。しかし、字も読めるということなのだろうか。
「ニャーは、本も読むんですか?」
 柊一郎の言葉に店主の顔がまた明るくなる。優しく純粋で綺麗な瞳がキラキラと輝きを増し、またキュンと胸が締め付けられる。やはりニャーの話題がいいようだ。
「そうなんです! ニャーは字も読めるんです! 難しい言葉も知っていて最近は絵本以外も読むようにな……っ!」
 どうやら店主はニャーの事になると饒舌になるらしい。興奮気味に話していたが我に返ったのか、途中で言葉を止めてしまった。柊一郎はそれを残念に思う。もっとこうして話したいのに。
 店主は興奮してしまったことが恥ずかしかったのか、頬を染めて視線を泳がせて指を色んな方向に動かしている。癖なのだろうか。いちいち反応が可愛いなぁと、柊一郎は無意識に微笑んだ。
「ご、ごめんな、さい……」
「どうして謝るんです? もっと聞かせてください。犬山さんのことも、ニャーのことも、もっと知りたいです」
 柊一郎の言葉に店主は顔を上げ、柊一郎の肩越しに虚空を見つめた。そうか、これは犬山さん的には俺を見ているんだな、と柊一郎は今更ながら気が付いた。
「……で、でも……」
「……俺のことも、知ってほしいです」
 少し前までと比べれば少しは前進したとは思うが、まだまた店主に心を開いてもらえてないと思う柊一郎は素直な気持ちを伝えたが、虚空を見つめ続ける店主に性急すぎただろうかと後悔する。しかしここでニャーがひと声上げた。
「悠介、にゃにボーッとしてるニャ。柊一郎とにゃかよくにゃるチャンスニャ」
 店主がハッとして我に返ったのが分かり柊一郎はニャーを抱き直し、協力してくれているご褒美とばかりに優しく背中を撫でる。
「あ、あ、すみません……ぼーっとしちゃって……」
「いえ、俺も突然変なこと言ってすみません。でも、本音です」
 性急すぎたかと後悔したばかりだというのに、ついつい余計なことを言ってしまう。しかし、柊一郎としては互いに何も知らない状態をずっと続けていくというのはダメな気がするのだ。店主が美しいのも可愛いのもきっと皆気づいてしまう。
「ニャーは本当に賢いですね。字も読めるなんて」
 柊一郎は気を取り直し、質問ばかりして引かれても困るし、とニャーには悪いがここは話のネタになってもらうことにした。店主にはニャーの話題が一番だと気付いたばかりだが。しかしニャーは柊一郎の言葉に得意気にニャーっと声を上げる。
「そ、そうなんです。ニャーは本当に賢くてぼ、僕の方が窘められたりするんです!」
 やはり店主にはニャーの話題が良さそうだと柊一郎はニコニコと店主の話を引き出しつつ聞きに回る。しかし聞くばかりではまた遠慮されてしまうので相槌も忘れない。
「ニャーにかかれば皆そうなりそうです。俺もニャーの言葉が分かって人同士のように会話ができたらきっと窘められるんだと思います」
 柊一郎がそう言うと、ニャーが驚いたような表情をして柊一郎の顔を凝視した。ニャーは、柊一郎に言葉が通じていて会話できていると思っていたのだ。
「ふふ。ニャーが驚いてますよ。ニャーは柊一郎さんに自分の言葉が通じていると思っていたみたいです」
 小さく笑う店主に柊一郎は出会ってから今までで一番のときめきに襲われた。


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