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第二章 友達編
友達編 1
しおりを挟む柊一郎は仕事を素早く終わらせると、いつものように定時で会社を後にして帰宅する人混みを掻き分けながら古書店へと急いだ。約束しているわけではないが、店主とニャーに逢いたくて無意識に早足になってしまう。
商店街のアーチを抜けるとさらに歩みは速くなり、しかし古書店が見えてくると平静を装い速度を落とす。なんとなく、急いで逢いに来たと思われるのが恥ずかしかった。ゆっくりと古書店に近付けば定位置にいたニャーがすぐに柊一郎に気付き、ジッと見ながら尻尾をゆらゆらと揺らしている。待ってくれているのだろうか、そう思うと嬉しいと言う気持ちが湧き上がって早く抱き上げて撫でたくなってしまう。しかし急いでいる事がバレるのやっぱり少し恥ずかしくて、いつも通りのフリをしてゆっくりと近づいていく。そして声を張らなくても聞こえる距離まで来ると柊一郎は笑顔で挨拶をして、いつもどおりにニャーから返事を貰い、そしていつもどおりに優しくニャーを抱き上げた。
柊一郎はニャーを抱いたまま店内に入ってキョロキョロと辺りを見回す。
キレイな毛並みのニャーの頭を撫でながら、本が隙間なくきれいに並べられた棚の間を抜けて倉庫の前に視線を遣ると、目的の人物が視界に入り優しい微笑みを浮かべ足を向けた。今しがた倉庫から出してきたのであろう事が分かる数冊の本を抱えた店主を見つけ、柊一郎は笑みを浮かべたまま声を掛けた。
「こんにちは」
初めて店内へ入ったあの日から更にしばらく経ち、店主と自己紹介をし合って今は犬山さんと呼ぶようになった。
店主と客という関係から考えると名前を呼び合い会話をするそれだけでもまずまずの進歩だろう、と恋愛初心者の柊一郎は思っている。
「あ、あ、柊一郎さん……こ、こんにちは……」
言葉を交わせるようになったとはいえ、店主はニャーと喋るときのようにスラスラと言葉が出ないようで、いつも吃っている。まだまだ心を開いてもらえていないなと少し寂しく思う思う反面、そういう店主も可愛いとも思う。頬を染めて視線を泳がせ、それでも挨拶を返してくれる店主に柊一郎の胸は高鳴り、これが幸せというものなのだろうかと今まで生きてきて考えたこともないような事を考えた。
「昨日買った本も、面白かったです」
にこやかに言った柊一郎に店主は頬を染めたまま小さく、よかったですと言った。柊一郎は店主と顔を合わせるたび、言葉を交わすたび、可愛いなぁと頬を緩ませる。すぐに赤くなるところも泳ぐ視線も可愛く見え、毎日毎秒好きになり、店主のことをもっと知りたいと思い、そして自分を知ってほしいとも思う。
「今日は犬山さんがオススメの本を買おうと思うんですけど……」
「えっ……あ、あ」
柊一郎の突然の提案に店主はしどろもどろになるが、そこですかさず柊一郎の腕の中のニャーが声を上げる。
「悠介、選んであげるといいニャ。柊一郎は悠介の好きにゃ本が読みたいニャ」
柊一郎にはニャーニャーと鳴いているようにしか聞こえないが、店主には伝わっているようで。
「ええ? な、なんで? ええ?」
「いいからオススメ教えるニャ。柊一郎と好きにゃ本を共有できてさらに売上にもにゃって一石二鳥ニャ」
「……どこでそんな言葉覚えてきたの……」
柊一郎は二人(?)の会話を聞きながらふむふむ、と思う。やはり犬山さんにはニャーの言葉が分かるんだ。不思議だけれど、きっとそういう人もいたりするのかもしれないな、と普通なら信じられないような事だが相手が店主と賢いニャーだと思うとすんなり受け入れられた。
「ニャーは元々賢いニャ。そんにゃ分かりきった事より早く好きにゃ本を教えてあげるニャ」
ニャーはニャーニャー言いながら店主を促しているようで。柊一郎は、やっぱりニャーは協力してくれているに違いないと思うと無意識に口の端を上げて笑った。
「ニャーはとても賢いですね。猫とは思えないくらい」
柊一郎がにこやかにそう言うと、店主はパアッと表情を明るくして柊一郎に視線を向け……はしないが、ニャーを褒められた事が嬉しいようで小さく艶のある口をむにゅむにゅと動かしている。何だこの表情は……ヤバいめっちゃ可愛い、柊一郎は視線が合わないのをいい事に店主の初めて見る新たな表情にデレっと笑ってしまった。しかしそれをニャーに見られ慌てて表情を元に戻す。なんとなくニャーがニヤニヤしているように見える。柊一郎はコホン、とわざとらしく小さい咳をした。
「そうなんです! ニャーはとても賢くて優しくてイケメンなんです!」
今までで一番明るい表情で吃らずに声が出ているのではないかと思うほどの勢いに、柊一郎の胸が愛しさにきゅうっと締め付けられる。賢く美しいニャーの飼い主は、この世の者とは思えない程――柊一郎にとっては――に美しくて優しくて愛くるしい。しかし柊一郎はふと、もしかすると既に相手がいるのではないかと思った。こんなに美しくて可愛いのに、相手がいないはずはない。いくら何でも不自然だ。なぜ今まででその事に思い至らなかったのか。もし相手がいるのであれば、この恋は隠さなければならない。今更そんなことができるのだろうか。柊一郎はそう思うと自分の店主への想いが日に日に大きくなっている事に改めて気付いたのだった。
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