すずらん通り商店街の日常 〜悠介と柊一郎〜

ドラマチカ

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第一章 出会い編

出会い編 10

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10.


 柊一郎の姿を捉え土曜日に来るなんて珍しいな、と思い条件反射でスッと本棚の間に身を隠した矢先のこの状況で一番驚き狼狽したのは、折角だしいつものようにこっそりと様子を覗って目の保養をしようと考えていた悠介だった。
「(ええええええ!? 入ってきたぁあ! なんで!? ニャーなにしてんのおおおお!?)」
 これまでとは違い休みであろう日に来た事にも驚いていたのに、不測の行動をした柊一郎に、悠介はパニックに陥った。しかしコミュ障故に得意となったステルス機能を発揮してススス、と更に奥まった本棚の裏に隠れ息を潜める。そして本棚の陰から少しだけ顔を出し、覗いてみる。
「あぁぁぁ……やっぱり超絶イケメンんんんん!」
 窮地に陥っている状況でもイケメン好きは健在で、小声ではあるがついつい思っている事が口に出てしまった。そしてその悠介の声にいち早く反応したのは当然ニャーで、キラリと目を光らせると再び柊一郎の脚を押して悠介へと誘導する。
「おわ! こらっ! ニャー、危ないから。ちゃんと着いていくから前に来て」
 店内に押し込まれた時点で覚悟を決めた柊一郎はこれまでとは打って変わって潔かった。それに安心したニャーはしゅたたっと柊一郎の前に躍り出ると柊一郎を見つめてから悠介のいる場所まで歩いていく。
 その姿は堂々としていてやはり優雅だった。
「(ひぇえ……こっちに来るよう……っ)」
 奥まっているとはいえ、そう広くない店内で隠れる場所などたかが知れている。悠介はその場で右往左往しながら必死に隠れられる場所を探す。しかし時すでに遅し。足元にニャーの存在を確認したと同時に背後から声をかけられた。
「あの……」
「ひゃわあ!」
 大袈裟なほど肩をビクッと跳ね上げて驚いた悠介は素っ頓狂な声を上げて、固まった。
「あ、すみません。驚かせてしまって……」
 悠介の驚き様になんだか申し訳なくなってしまった柊一郎は困った表情で悠介の後頭部を見つめ、固まっている悠介にどうしたもんかと考える。
「…………」
「…………」
 暫しの無言。しかしその静かな空気を散らしたのはニャーだった。
「悠介、いい加減に現実逃避はやめるニャ」
 柊一郎にはニャニャーッとしか聞こえないが、悠介にはニャーの言葉は伝わっている。悠介はハッとして我に返るとギギギ、と音がしそうなほどぎこちなく振り返った。
「……だ、大丈夫ですか……?」
「(ああ……なんていい声! イケメンは声も完璧なんだ……)」
「……あの」
「っ! は、はいぃ……ななななんでしょう!?」
 明らかに動揺している店主が可愛くて柊一郎の胸がドクンッと高鳴る。心なしか頬も朱に染まり、見つめてくる瞳は……柊一郎は首を傾げた。   
「(……見つめて……ないな。完全に泳いでるな……)」
 柊一郎は視線を合わせようと見つめてみるが、店主と目は合っていない。これまでこういう経験はない。人は皆、無遠慮と言っても過言ではないほど見つめてきたし、可愛いでしょ、と言いたげに目を大きく開けてアピールするかのように視線を絡ませてきた。こんなにも視線が合わない人は初めてだった。
 しかしそれが柊一郎にとって新鮮で可愛く見えてしまった。人を可愛いと思うのは人生でほとんど経験したことがなく、胸がドキドキする。やっぱり俺はこの人に好意を抱いているんだ、と確信した。
「あの、いつも猫ちゃんにお世話になっています」
 柊一郎はとりあえず挨拶が先だろうと判断してペコリと頭を軽く下げる。実際ニャーにはいつも癒やされて穏やかな気持ちにさせてもらっているのだ。世話になりっぱなしだな、と思いながら顔を上げると店主は顔を真っ赤にして視線を柊一郎……ではなく、柊一郎の肩の上の方に向けていた。
 虫か何かがいるのだろうかと店主の視線の先を振り返るが何もいない。何かがいる気配もない。柊一郎は再び首を傾げる。そして店主を見ると今度は反対側に視線を向けていて、柊一郎はまたその視点の先に目を遣る。しかしやはり何もいない。
「……あの」
「っ! ひゃい!」
 声を掛けると店主から変な声が上がった。するとさらに店主の顔が赤く染まる。柊一郎はだんだんと申し訳なくなってきて、できるだけ怖がらせないように努めて優しい声で話す事にした。
「……ミステリーのコーナーは、どの辺ですか?」
 本屋だし、これが一番妥当な会話だろうと思いほとんど反射的に尋ねれば、店主はぎこちない動きで案内してくれた。後からついて歩きながら店主の後ろ姿を見つめて観察する。細いな、でも俺より若干背が高いか。項、真っ白だな……店主の顔だけでなく全身を見ることができ、観察して、柊一郎は味わったことのない嬉しくて幸せな気持ちになった。そして店主の後ろを歩く柊一郎の後ろからニャーが着いていく。
「……ここ、です……」
 蚊の鳴くような小さく微かな声。しかし低くて儚げだ。
「ありがとうございます」
 できるだけ良い印象を持ってほしいと柊一郎は笑顔で礼を伝えると、店主は真っ赤になって小さくペコリと頭を下げ奥へと引っ込んでしまった。
「……やばいな……めっちゃ可愛い……」
 柊一郎は店主の消えていった奥の方へ視線を向けながら小さく呟く。姿が見えなくなってしまったことは寂しいが、次はレジで見られるだろうと本を物色し始める。ニャーは店主に着いて行ったようで、それにも少し寂しさを覚えた。
 柊一郎は気を取り直し、本棚に作者ごとに綺麗に並ぶ本に目を遣る。メジャーな作者からマイナーな作者まで取り揃っていてなかなか興味深い。柊一郎は好むタイトルがたくさんあって目移りしてしまう。なかなか選べずに何冊か手に取り数冊買おうかと思ったが、いや待てよ……一冊ずつ買えばまた次の本を買うためにここに来る口実もできるな、と思い直し、手に取った数冊を何度も見比べ、あらすじを読み厳選してようやく一冊だけを残し他を本棚に戻した。

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