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第一章 出会い編
出会い編 9
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9.
土曜日ともなれば人も多いかと思ったが、駅も街中もそれほど混雑しているわけでもなく。柊一郎は然程待つことなく電車に乗り込むとシートにゆったりと座り、未だに今日の会話のネタを考えていた。
おそらく毎日ニャーに会いに行っているという事は分かっているはず。それならやっぱりニャーの話がいいか……しかし本屋だし本が好きなのかもしれないから本の話の方が……と未だ決まらない話のネタを悶々としながら考えているうちに、いつの間にか目的の駅に着いていたようで。柊一郎はハッとして人の間をすり抜けると慌てて電車を降りた。ここで乗り過ごしてしまっては時間が勿体無い。柊一郎はふぅ、と息を吐くと気持ちを落ち着かせるために、よく知る道のりをのんびりと商店街へ向かって歩いた。
仕事の時はなかなか周囲を気にする事はないが、こうしてゆっくり歩いていると贅沢な気持ちになる。仕事に追われ普段は目にしない路地を覗い見れば、意外とオシャレな店が建ち並んでいる。ふむ、帰りに寄ってみようか、と思えるようなカフェを見つけて、店主と仲良くなれたら一緒に、と思いハッとする。まだ言葉すら交わしたこともないのに。いや、しかし夢を見るくらい別にいいだろうと思い直し少し妄想をするが緊張が益々酷くなるばかりで、どうしたもんかとため息を吐いた。
「……まずはニャーと話そう。うん、それがいい」
柊一郎は一人頷いて、とうとう来てしまった商店街の入口の前で立ち止まり、初めて商店街を見つけて立ち寄った時のようにアーチを見上げた。あの日、運命の扉を開いたのだ。そう思い感慨に耽る。
――すずらん通り商店街――
すずらんだなんて、あの可憐な店主が住んでいる場所に相応しい名前だな、そう思いフッと小さく笑う。しかし、いや待てよ、確かすずらんには毒があった気がするな……あの店主に毒は似合わない、でもすずらんの可愛らしい花は合っている……いやいや、今はそんなことはどうでもいいか。アーチの下で忙しなく脳が活動していたが、我に返り小さく首を振ると柊一郎はひとつ息を呑みゆっくりとアーチをくぐった。
いつも通り、真っ直ぐに古書店へ向かう。常に綺麗に清掃されている石畳を踏み締めて、殊更ゆっくりと歩く。初めて来たときのように立ち並ぶ店を見る余裕はない。どんどん緊張が高まってくる。心なしか心音も大きくなっている気がしてギュッと拳を握り、まずはニャーといつも通り話すんだ、と自分に言い聞かせて歩みを進めた。
古書店が見えてくるとドクンドクンと鼓動が少し速くなる。目を向けるとニャーが優雅に店内から出てきて、ぴょんと棚に飛び乗りいつもの定位置に座ったところだった。ニャーは招き猫という仕事をしているのかもしれないな、と思い小さく笑う。
「ニャー……」
そんなニャーの姿を見て名前を呟くと少しだけ落ち着いた気がした。いつもの光景だ。なんとなくホッとして近付いて行くとニャーはすぐに柊一郎に気付き、ニャーっと鳴いた。
「ニャー。昨日ぶり」
「ニャー!」
ニャーは休日の柊一郎の出現に少し驚いているように見える。平日とか休日とか分かるのだろうか、と思ったがニャーは賢いから分かるんだろうと結論付けて側まで行くとニャーを抱き上げた。
「ニャー、俺、来ちゃったよ」
「ニャー?」
首を傾げて見上げてくるニャーを少し照れたように見つめる。
「へへ……今日はさ、店内に入ってみようと思ってるんだ」
緊張は完全には解けないが、ニャーと話すと落ち着いていつもの自分に戻ったような気がした。ニャーは柊一郎の意図を探るようにジッと見つめている。これは誤魔化せないな、と笑ってニャーを見つめ返す。少し照れるが、ニャーには話しておかないといけないよな、と素直に思えた。
「……あのさ、実はさ……お前の家族と話してみたいと思ってさ……」
「ニャニャッ!」
柊一郎の言葉を聞いたニャーは間髪入れずに短く二回鳴くと、柊一郎の腕からにゅるんっと抜け出して華麗に地面に着地する。そして振り返り、着いて来いとでも言うように柊一郎を見上げてひと鳴きした。
「え、まさか……え……? マジで……?」
「ニャー」
ニャーが頷く。やはり言葉を理解している、と柊一郎は思う。いや待て、今はそうじゃない。
「いやいやいや、ちょっと待って……まだ心の準備が……」
柊一郎はオロオロしながらニャーを止めようとするが、ニャーは善は急げと言いた気に柊一郎の後ろに回ると柊一郎のふくらはぎをグイグイと前に押す。
「ちょ、ニャー……俺の言葉理解しすぎ! ちょ、お」
思いの外ニャーの力は強く、油断していた柊一郎はよろけてしまいニャーを踏まないようにと気を逸した瞬間に店内へと足を踏み入れてしまった。マジか、まだ心の準備が、会話のネタが……と思ったが、入ってしまったからには引き返せない。そもそも本来の目的に一歩前進したのだから後には引けない。柊一郎はひとつ深呼吸をして姿勢を正すと気合を入れ一歩、また一歩と足を進めた。
土曜日ともなれば人も多いかと思ったが、駅も街中もそれほど混雑しているわけでもなく。柊一郎は然程待つことなく電車に乗り込むとシートにゆったりと座り、未だに今日の会話のネタを考えていた。
おそらく毎日ニャーに会いに行っているという事は分かっているはず。それならやっぱりニャーの話がいいか……しかし本屋だし本が好きなのかもしれないから本の話の方が……と未だ決まらない話のネタを悶々としながら考えているうちに、いつの間にか目的の駅に着いていたようで。柊一郎はハッとして人の間をすり抜けると慌てて電車を降りた。ここで乗り過ごしてしまっては時間が勿体無い。柊一郎はふぅ、と息を吐くと気持ちを落ち着かせるために、よく知る道のりをのんびりと商店街へ向かって歩いた。
仕事の時はなかなか周囲を気にする事はないが、こうしてゆっくり歩いていると贅沢な気持ちになる。仕事に追われ普段は目にしない路地を覗い見れば、意外とオシャレな店が建ち並んでいる。ふむ、帰りに寄ってみようか、と思えるようなカフェを見つけて、店主と仲良くなれたら一緒に、と思いハッとする。まだ言葉すら交わしたこともないのに。いや、しかし夢を見るくらい別にいいだろうと思い直し少し妄想をするが緊張が益々酷くなるばかりで、どうしたもんかとため息を吐いた。
「……まずはニャーと話そう。うん、それがいい」
柊一郎は一人頷いて、とうとう来てしまった商店街の入口の前で立ち止まり、初めて商店街を見つけて立ち寄った時のようにアーチを見上げた。あの日、運命の扉を開いたのだ。そう思い感慨に耽る。
――すずらん通り商店街――
すずらんだなんて、あの可憐な店主が住んでいる場所に相応しい名前だな、そう思いフッと小さく笑う。しかし、いや待てよ、確かすずらんには毒があった気がするな……あの店主に毒は似合わない、でもすずらんの可愛らしい花は合っている……いやいや、今はそんなことはどうでもいいか。アーチの下で忙しなく脳が活動していたが、我に返り小さく首を振ると柊一郎はひとつ息を呑みゆっくりとアーチをくぐった。
いつも通り、真っ直ぐに古書店へ向かう。常に綺麗に清掃されている石畳を踏み締めて、殊更ゆっくりと歩く。初めて来たときのように立ち並ぶ店を見る余裕はない。どんどん緊張が高まってくる。心なしか心音も大きくなっている気がしてギュッと拳を握り、まずはニャーといつも通り話すんだ、と自分に言い聞かせて歩みを進めた。
古書店が見えてくるとドクンドクンと鼓動が少し速くなる。目を向けるとニャーが優雅に店内から出てきて、ぴょんと棚に飛び乗りいつもの定位置に座ったところだった。ニャーは招き猫という仕事をしているのかもしれないな、と思い小さく笑う。
「ニャー……」
そんなニャーの姿を見て名前を呟くと少しだけ落ち着いた気がした。いつもの光景だ。なんとなくホッとして近付いて行くとニャーはすぐに柊一郎に気付き、ニャーっと鳴いた。
「ニャー。昨日ぶり」
「ニャー!」
ニャーは休日の柊一郎の出現に少し驚いているように見える。平日とか休日とか分かるのだろうか、と思ったがニャーは賢いから分かるんだろうと結論付けて側まで行くとニャーを抱き上げた。
「ニャー、俺、来ちゃったよ」
「ニャー?」
首を傾げて見上げてくるニャーを少し照れたように見つめる。
「へへ……今日はさ、店内に入ってみようと思ってるんだ」
緊張は完全には解けないが、ニャーと話すと落ち着いていつもの自分に戻ったような気がした。ニャーは柊一郎の意図を探るようにジッと見つめている。これは誤魔化せないな、と笑ってニャーを見つめ返す。少し照れるが、ニャーには話しておかないといけないよな、と素直に思えた。
「……あのさ、実はさ……お前の家族と話してみたいと思ってさ……」
「ニャニャッ!」
柊一郎の言葉を聞いたニャーは間髪入れずに短く二回鳴くと、柊一郎の腕からにゅるんっと抜け出して華麗に地面に着地する。そして振り返り、着いて来いとでも言うように柊一郎を見上げてひと鳴きした。
「え、まさか……え……? マジで……?」
「ニャー」
ニャーが頷く。やはり言葉を理解している、と柊一郎は思う。いや待て、今はそうじゃない。
「いやいやいや、ちょっと待って……まだ心の準備が……」
柊一郎はオロオロしながらニャーを止めようとするが、ニャーは善は急げと言いた気に柊一郎の後ろに回ると柊一郎のふくらはぎをグイグイと前に押す。
「ちょ、ニャー……俺の言葉理解しすぎ! ちょ、お」
思いの外ニャーの力は強く、油断していた柊一郎はよろけてしまいニャーを踏まないようにと気を逸した瞬間に店内へと足を踏み入れてしまった。マジか、まだ心の準備が、会話のネタが……と思ったが、入ってしまったからには引き返せない。そもそも本来の目的に一歩前進したのだから後には引けない。柊一郎はひとつ深呼吸をして姿勢を正すと気合を入れ一歩、また一歩と足を進めた。
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