すずらん通り商店街の日常 〜悠介と柊一郎〜

ドラマチカ

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第一章 出会い編

出会い編 5

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 帝国がネロワドラムと開戦しておよそ一か月半。その間頻繁に戦況が伝えられ、一時は本隊が壊滅的な打撃を受けた情報が飛んでくるなど紆余曲折あったものの、最終的には敵の騎馬軍団を見事撃ち破り、降伏させたという勝利宣言がもたらされた。
 前線で戦うシヒスムンドには、戦況の悪化は即座に命取りになるはず。悲観的な知らせを聞くたびメルセデスは眠れない夜を過ごしたが、それも終わった。

 帝国軍は都に凱旋し、昨日ネロワドラムからの愛妾が後宮へ入った。有名な料理人だそうで、彼女が使うための調理場の建設も同時に始まっている。

 今朝、その愛妾と皇帝の顔合わせの先触れがあり、後宮内は準備に追われる侍女や女官で慌ただしい。

 皇帝と新たな愛妾の顔合わせのこの日は、メルセデスにとって、ただシヒスムンドの姿を久しぶりに見られるだけの日ではない。
 息を潜めているはずの刺客が、皇帝に襲い掛かるかもしれない、運命の日でもある。

 皇帝とシヒスムンドは襲撃の危険を覚悟しているが、護衛をあまり増やせない制約があるため万全には備えられない。
 刺客が皇帝を狙っているならば、今日動く可能性は高い。しかし、前回の交流会では現れなかった。その謎は結局解明できていない。

 メルセデスは朝食後、侍女たちの手を借りて居室の外へ出るための身支度を進めながら、現在の推測を改めて整理することにした。




 事の起こりは、メルセデスが後宮へ来て一か月後。祖国マリエルヴィとの戦いの祝勝会のあった、王城で小火の起きた夜。火事が起きる前にシュザンヌは、会場を後にして後宮へ戻っていた。彼女に付いて帰った侍女の一人が、この夜を境に失踪する。
 三日後、後宮内に隠れていると考えられた侍女を捜索すべく、兵士たちが後宮へ投入される。対外的にはそこで侍女は見つかり、実家へ帰されたことになっているが、小庭園の茂みの中で見つかったのは、死体だった。侍女は火事の夜に殺害されていた。

 彼女は抵抗した形跡もなく、刃物で心臓を一突きされて絶命していた。普通は多少なりとも抵抗による傷ができるのにそれがなかったことや、正確に心臓を貫いた手腕から、相当の手練れ、それも暗殺に特化した人間による犯行と目された。
 メルセデスが聞く限りは、恨まれることなどない真面目な女性だったというので、怨恨の線は薄い。仮に彼女が狙いだったとすれば、わざわざ侵入困難な後宮へ刺客を送り込まずとも、外へ出てきた時に殺せばいい。

 刺客の本来の目的は、想像がついている。それは、後宮の主である皇帝の暗殺だ。
 刺客を送り込む労を厭わないほどの存在は、皇帝を置いてほかない。間近で厳重な警備をする城内に対し、後宮は中に兵士を置かず、皇帝が後宮を訪れる際に少ない護衛を伴うのみ。後宮は、入りさえすれば、刺客にとって絶好の環境だ。後宮には他に高貴な女性たちもいるが、彼女たちが狙いなら現在まで誰も殺されていない説明がつかないため、標的ではない。

 刺客が侍女を殺害した理由は、何か見てはいけないものを見たか、知ったかしてしまったからだろう。その秘密は何なのかはわからない。

 刺客は一体何者なのか。それは後宮の女ではなく、非正規の手段で侵入した、外部の人間と考えられた。
 後宮はしばらく人員の異動がなく、侍女殺害の時に在籍していた女は、メルセデス以外、全員かなり前から後宮にいた。彼女たちが刺客なら、事件までに皇帝を殺害する機会は複数あったのに動かなかった。その事実は、事件より前には刺客が後宮にいなかったと示している。後宮の女たちではこの条件に合わないので、刺客は外部の第三者ということになる。

 第三者が後宮への侵入を成し遂げるには、城壁の結界と、後宮の厳重な警備を突破しなくてはならない。不可能に思えたが、シヒスムンドがメルセデスの居室を訪問するのに使ったような、皇帝に受け継がれる秘密の通路があれば可能だ。城壁の外と後宮をつなぐ通路が存在すれば、結界にもかからず、警備もものともせず侵入できる。

 このまだ見ぬ秘密の通路については、侍女の遺体の状態からわかることがある。
 何らかの理由で殺してしまった侍女の遺体は、皇帝の警戒を招くのだから、できることなら完全に消してしまいたかったはずだ。しかし現実には簡単に隠すしかしていない。秘密の通路が自由な出入り口なら、そこから運び出せた。そうしていないのは、その通路が、入ることしかできない構造であるためと推測される。
 その一方通行の通路ならば、出ていくには壁越えを強行しなければならない。中から出てきた思わぬ不審者を、衛兵が捕まえられるかはともかく気づきはする。城壁も越えるなら結界にかかる。それらはまだ起きていない。だから刺客は、今なお後宮のどこかに潜伏している。

 刺客が後宮に侵入して侍女を殺害してから、皇帝はそれに気づかず、一度だけ交流会のために後宮へ足を踏み入れている。にもかかわらず、その時刺客は動かなかった。
 何か、皇帝の来訪以外の、他の条件がそろうのを待っているのではないか。外からもたらされる、まだ気づいていない条件が。
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