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第一章 出会い編

出会い編 3

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 ニャーと遊んでくれる男が来るようになって1ヶ月も過ぎた頃。その日、男は夕方のいつもの時間に現れず、悠介はあの良い声が聞けずに残念だなぁと思いながら――いつの間にか男の声を聞く事が日課になっていた――店じまいの準備を始めた。
 何故か筋肉がつきにくく極端に腕力のない悠介は時間をかけて店内の片付けを終えると、表に出ているワゴンをしまうため店の外に足を向けながらニャーに声を掛ける。
「ニャー、そろそろお店閉めるよ」
 そう言いながら表に出ると、つい今しがた来たのだろうか、息を切らした男がニャーを抱きながら悠介の声に振り返った。
 必死に片付けをしていて、男が来ていたことに全く気が付かなかった悠介は振り返った男の顔を見た瞬間、全身に電撃が走ったような衝撃を覚え、固まった。そしてまた振り返った男も悠介を見て固まっている。いつもより遅く来た男の腕に収まっていたニャーだけが今の状況を冷静に見ていた。そして動かない二人に呆れた表情で溜め息を吐き、声を出すために可愛い小さな口を開けようとすると、それより先にハッとして我に返った柊一郎が悠介から視線をニャーに移してソッと下に降ろした。
「ニャー、じゃあまた明日な」
 男はそれだけ言うと、来たばかりだというのに踵を返し駅の方へ歩いて行ってしまった。しかし悠介は男が去ったあとも動けず、ニャーに声を掛けられるまで呼吸すら忘れたように固まっていた。
「……悠介、いい加減動くニャ」
 また呆れた表情になり、そう言ったニャーの声でようやく我に返った悠介の顔は一気に赤く染まる。そして汗を吹き出しながら目を大きく開けてガバッと勢い良くニャーに抱き着いた。傍から見ればニャーを抱き上げてムギュッと力を入れて包み込んでいるようにしか見えないだろうが、悠介的には抱き着いているのだ。
「急ににゃんニャ!? びっくりするニャ」
「……ニャー……さっきのイケメン、誰……!? ニャーの知り合い!?」
 悠介は興奮を隠しもせずに、ニャーに顔を近付ける。少し個性的なオタク気質を発揮し、ふんすふんすと鼻息荒く普段よりも幾分か口早になっている。そしてその興奮の度合いが伝わり、ニャーは少し引き気味に言葉を返した。
「……毎日来るニャ。ニャーに会いに昼と夕方に来るニャ」
「あの声の良い人!?」
「そうニャ。柊一郎の声は心地いいニャ。いつもニャーが遊んであげてるニャ。柊一郎はニャーの事が大好きニャ」
 ドヤ顔で言うニャーに気分を害することもなく、悠介は興奮を隠せない様子で、というよりも、むしろこの興奮を分かって欲しいとでもいうようにぎゅうっとニャーを抱き締める。
「ホントに!? あんなにイケメンだなんて聞いてないよう……っ!」
「……聞かれてにゃいから言ってにゃいニャ」
「しかも名前まで!」
「にゃまえは教えてくれたニャ。ニャーもにゃのったニャ。柊一郎はニャーの名前を正しく理解した賢い男ニャ」
 偶然にもニャーの名前がニャーであっただけで、実際には柊一郎はニャーの言葉を理解したわけではなかったが、ニャーは柊一郎が理解したと認識して自分の事のように得意気に言った。しかし悠介はニャーの得意気な言葉にツッコむ余裕もない。
「うぅ……柊一郎さん……かぁ……」
 実のところ悠介はイケメン写真集を収集するほど無類のイケメン好きで、さらにはゲイである。ニャーはその事を知っているが、これまでの悠介の恋愛事情も知っているだけに安易に話す事ができずにいた。そう、あえて言わなかったのだ。しかしバレてしまっては仕方がない――ちなみに悠介は猫と話す事ができ、ニャーも人間の言葉を理解している――そう思ったニャーは悠介からにゅるんと抜け出すと、その細い体にぴょんっと飛び乗り襟巻のように悠介の首に巻き付いた。
「……イケメンって名前もイケメンなんだね……」
 ほぅ、と短く息を吐き、悠介は頬を染めて無意識に呟く。
「好みかニャ」
「超好み! だけど……ニャーが心配することは何もないよ。俺はもう恋愛しないって決めてるしね……見てるだけでいいんだから」
「……」
 ニャーの問い掛けに即座に答えた悠介だったが、すぐに諦めたような表情で小さく微笑む。そんな悠介の言葉と表情にニャーは黙り込んでしまう。悠介には幸せになって欲しいと思うが、いかんせん悠介は男を見る目がない、というか流されやすい。そして優しすぎる心を持っているせいか、あまり人を疑うということを知らない。ピュアと言えば聞こえはいいが、お人好しで断るということができずに騙されたり利用されたりすることが何度もあった。ニャーは大切な悠介が傷付くことは許せないのだ。だから悠介が傷付かないように柊一郎がどんな男か見極める必要がある。毎日会話をして接して悪い男ではないだろうと思ってはいるが、まだ確実なことは分からない。情報がまだ不足している状況で判断はできない。ニャーはそう思いながら悠介から飛び降りて華麗に地面に着地すると、悠介を見上げて少しだけしんみりとしてしまった空気を一蹴するかのように声を上げた。
「悠介! 早く店じまいするニャ!」
「ああっ! そうだった!!」
 悠介はハッとして時計を見ると慌てて、しかしのそのそと時間をかけてワゴンを店内へとしまいこんだのだった。

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