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第六章 『好きなんだ、きっと』
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しおりを挟む私が引き留めようとするものの、梓君はすぐに連絡を入れて、笑顔を見せた。
「ベランダ、出ませんか」
促され、ガラガラ扉を開くと、二人で外に出る。
三階から見下ろす運動場には、沢山の生徒が集まっていて、ワイワイ声が聞こえてきた。
「楽しそう」
「俺は一緒に行ってもいいんですけど、環菜先輩行きたくないんでしょ?」
「それは……」
「いいよ、こうして二人で見るのも、素敵じゃないですか」
梓君は柵に体重をかけながら、私に笑いかける。
「二人きりで、ラッキー」
隣には、椎川君ではなく、梓君がいる。
一緒にいるだけなのに、ドキドキしてしまって、言葉に詰まってしまう。
まるで二年前、中学三年の時に、梓君に感じていたような気持ちだ。
いや、そのころに比べると、もっと大きい気持ち。
そんな中、そっと手を握られ、思わず指先が震えると、梓君の熱が伝わってくる。隣を見ると、梓君がじっと私の方を見ていた。
梓君の瞳が、遠い火を焚くオレンジ色と、深い闇の藍色が合わさった、不思議な色の瞳になっており、私は吸い込まれてしまいそう。
私はきっと……梓君のことが、好きなんだ。
気付いてしまった感情を隠し切れずに顔を赤くするが、幸い周りの曖昧な色に紛れているよう。
ドク、ドクと脈打つ全身に、迫ってくる梓君を振り払えず、彼は私を抱き締める。
触れる熱が愛おしくて、私も背中に手を慌てた時、核心に迫ることを言われてしまった。
「環菜先輩、もう、遅いですか」
「……梓君」
「俺、環菜先輩のことが好きです」
いつもは中途半端な言い方をしていたのに、今日はぐいぐい来られる。
「俺と、付き合ってくれませんか」
今日の舞台発表よりもずっと緊張しており、硬直していると、梓君は顔を離して、私を見つめる。
「もう遅い?」
「……えっと」
二人の間に、暫く沈黙が落ちる。椎川君とのことを、ハッキリさせてから、梓君の気持ちに応えたい。
だから、今はまだ何も言えない。でも、これは前向きな言葉で……と頭の中で言葉を選んでいると、沈黙が流れた。
でも、それで、あの、私は梓君のこと好きだから……とは、突然言いづらい。
だが、私が答えるよりも前に、更に瞳を近付いてきて、梓君の唇が私の頬に触れた。
「すみません、もういいです」
私が言葉に詰まっていると、梓君は悲しげな笑顔を見せて、音楽室の中に入っていく。
「ごめ……梓く……」
こんなタイミングで、まさかちゃんと告白をされるとは思っておらず、まだ何の準備もできていなかった。
今まだ、さっき、自分の気持ちにハッキリ気が付いたのに、こんなに急に言われても、どうしようもない。
椎川君にもまだ話をしていないから、今、気持ちを受け止めることはできないし……。
「ごめん、梓君、あの……」
「帰りましょうか」
「……うん」
好きだと気付いた梓君の気持ちに、応えられなかった。どうしよう、酷いことした……。
施錠をして職員室に鍵を返しに行くと、顧問がまだいたのか、と驚いた顔をする。
「雅さん、顔色悪いけれど、大丈夫?」
「あ……はい、大丈夫です」
「そう、二人も後夜祭、楽しんでらっしゃいね」
学校を出ると、後夜祭には参加せずに梓君と二人で学校を出る。
でも、いつも話をしてくれる梓君が黙っていて、私も声をかけることができなかった。
家の前まで来ても、いつものハグはなくて、梓君は何でもないように笑ってくれたものの、どこか表情は硬く、私に背を向けペダルを漕ぎ始めてしまった。
ちゃんと椎川君と別れないと。
私は、梓君のことが、好きなんだ。
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