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第六章 『好きなんだ、きっと』
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しおりを挟む~雅環菜~
猛暑のお盆休みが過ぎると、文化祭もじわじわ近付いてきて、猛練習に励む。
COSMOS、キャンディード序曲、サマータイム。
三つの楽譜と毎日睨めっこして、完璧に吹けるように地道に頑張る。
「環菜先輩、合わせましょう」
久しぶりに八重樫君が部活を休んだその日、一人でチューバを吹いている所にやってきたのは、梓君。
「キャンディード序曲以外はいけます」
「じゃあ、サマータイムにしようか」
メトロノームをつけて、いち、に、さん、し。
MINIMIの曲を選曲したのは唯ちゃんだが、聞いていて元気の出るようなパワーのある歌で、素敵。
ラミーラ、ラミーラ。
梓君と目を合わせながらリズムに乗る。
私は、梓君の奏でる、軽やかで、爽やかな風のような演奏が好きだった。梓君はいつも、とにかく楽しそうにフルートを吹くんだ。
ラ、シ、ドーレド……。ドーレド……。
自然と体が揺れる梓君を見ると、目が合って、細められる。
何だろう、少し前から、私はおかしいのだ。心も体も、変なのだ。
あんなに避けていた梓君にドキドキすることが多くなり、自分で自分に驚いている。
花火大会の日に綺麗だ、と梓君が言ってくれた時、心が苦しかった。
いつもの短なハグが名残惜しくて、自ら彼の背中に手を合わせてしまったこともある。
粉の付いた口をハンカチで拭ってしまったり……完全に、意識してしまっているではないか。
こんな風に、自分から動くことは初めてで、正直、頭がついていかない。
シラシラ、シドシラ。
でも、早まる鼓動にはついていけなくても、私は梓君との演奏を楽しんでいる。最終小節で音を短く刻むと、マウスピースから口を話してふぅ、と息をつく。
「多分、本番は今よりもっと早いペースだよね」
「頑張らないとなぁ。でも、俺この曲好きです」
「私も好き」
「じゃあ、俺のことは好き?」
──ん……?
今、サラッと違うことを聞かれた気がする。じっと梓君を見ると、笑って首を振られた。
梓君はずっと優しい。でも、梓君と二人で食堂で雨宿りをしていた後、私は椎川君に初めてきついことを言われてしまったのだ。
『あいつに近付かないで』
いつもは梓君とのこと、特に気に留めている様子のなかった、椎川君からの言葉。
梓君に対する気持ちが、もっともっと大きくなってしまったら、どうしよう。大事にしてくれている椎川君に、別れは言い出せない。
でも、この曖昧な気持ちのまま付き合うのも、きっとよくない。
「あー、キャンディード序曲も練習しなきゃ」
「唯ちゃんも、去年手こずってたよ」
「でも、千歳先輩は去年一人で吹いてたんですよね? ホント凄いよなぁ」
いつも本番ガチガチになってしまう唯ちゃんだが、いざ本番が来ると流麗に演奏をする。
「梓君なら、きっとできるよ」
「プレッシャー」
「あっ、ごめん……」
「ううん、良い意味に捉えときます」
やがて沈黙が訪れると、梓君からベランダに出よう、と言われて二人で運動場を眺める。
「うちの中学って、文化祭なかったじゃないですか」
「うん、なかったね」
「だから、文化祭ホント楽しみなんです」
「結構、盛り上がるんだよ。後夜祭もあるし」
九月の上旬にあるから、出し物をするクラスは夏休み中から練習をしなくちゃいけないのはあれだが、文化祭は盛り上がる。
文化祭、私は去年みたいに、椎川君と一緒に回るのかな。何だろう、ちょっと複雑な気持ち……。
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