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第六章 『好きなんだ、きっと』
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しおりを挟む通り過ぎる教室教室から、楽器の音が漏れてくる。今はバラバラの音が、やがては一つの音楽になる瞬間が、楽しみだ。
「何買うんですか?」
「水かお茶かなぁ」
売店前の自販機で小さな水のペットボトルを買うと、環菜先輩は近くのベンチに腰掛ける。ちゃっかり自分も隣に座ると、俺はあー、と天井を見た。
「キャンディード序曲のメロディーが、頭から離れない」
「捉えようない音楽だけれど、耳に残るよね」
「一口貰ってもいいですか」
手を伸ばすと、環菜先輩は一瞬渋ったが、ボトルを手渡してきた。
「んー、暑いから、美味しい」
「真夏日が続いてるもんね」
「でも、夕立のきそうな入道雲」
「嫌だなぁ、傘持って来ていないから」
もしそうなった時は止むまで一緒にいよう、と淡い想像をしていると、音楽室に帰る頃、空がゴロゴロ言い始めたではないか。
やがてまもなく練習を終える頃、パラパラの雨がバラバラに変わってしまった。
俺は八重樫と長谷部と一緒に下駄箱まで来たものの、そこで別れを告げようとしていると、長谷部が首を傾げた。
「何で? 嶌君、帰らないの?」
「もう少し残るから」
「何で? カッパ持って来ていないの?」
「カッパはあるけど。まぁ。ほら、八重樫先に行ってるよ」
何か言いたげな長谷部だが、俺に手を振っている八重樫を見て、気にしながら場を離れた。
そして数分後、下駄箱まで来て、雨の降る空を見上げる環菜先輩を見つけて、俺は近寄る。
「雨が止むまで、待ってますよ」
「あれ、梓君もう帰ったんじゃ……」
「環菜先輩、雨なら帰れないかなと思って」
食堂で待っていよう、と言う俺に、環菜先輩は申し訳なさそうに謝ると、食堂へ足を進める。
「いいのに」
「大きなお世話?」
「……とまでは、いかないけれど」
下校時間から時間の経った食堂に人はまばらで、俺達は出来上がりのパックを眺める。
「梓君、何か食べる?」
「俺は大福かなぁ」
「本当に甘い物好きだね。花火大会の時も、リンゴ飴食べてたよね」
「覚えてたんだ」
何気ない瞬間でも記憶に残してもらえていることが、嬉しい。
俺は大福を、環菜先輩はチョコレートでコーティングされている、甘いドーナツを齧る。
「雨、酷いね」
「でも、夕立だろうから、すぐ止みますよ」
環菜先輩は、俺とは違って、早く帰りたいのかも。
「ついてますよ」
俺は鞄からティッシュを取ると、環菜先輩の口元についたチョコを拭う。
「子供みたい」
「……子供じゃないもん」
可愛いな、愛しいな。俺のこと、好きになっちゃえばいいのに。
もしこのまま、環菜先輩にこっぴどく振られたら、俺はどうなるのだろう。
次へ進めるのだろうか。全く見当がつかない……。
「梓くんも、口に粉ついてるよ」
マジか、と思いティッシュを出そうとしていると、目から伸びてきたハンカチが、俺の口に触れる。
前を見ると、環菜先輩が手を伸ばしていた。
思いもよらぬ行動に、ドキドキして、俺はじっと動かない。
「子供みたいって、梓君も同じだよ」
「確かに」
しかし、嬉しい気持ちで、環菜先輩を見つめている時だった。
「環菜」
食堂の入り口から声が聞こえて、顔を向けると、椎川先輩が立っている。
「……椎川君」
パッとハンカチを引っ込めた環菜先輩が、小さな声で名前を呼ぶ。
「二人で何してんの」
珍しく険しい顔の椎川先輩が中に入ってくると、俺と環菜先輩を交互に見る。
「雨降ってたから、止むの一緒に待ってたんです」
「何か、イチャイチャしてるように、俺には見えたんだけど?」
「ち、ちがっ……」
環菜先輩が言うと、彼女はドーナッツの残りのかけらを口に押し込んで、席を立つ。
「梓君、ごめん……帰るね」
椎川先輩は一緒に帰ろうと言っていないのに、環菜先輩はせかせか先を歩く。
「ちょっと一緒にいるからって、いい気になるなよ」
いつもは余裕そうだった椎川先輩が、珍しくイライラしながら呟くと、環菜先輩を追った。
いい気になるな……調子に乗るなってか。
確かに、彼氏がいる人にこんな風に近付いて、俺って本当に、邪魔で鬱陶しい存在なのかも……。
好きで好きで、この気持ちに全力投球の自分が大きい反面、諦めろと言っている自分も、少なからずいはした。
あと一回告白してダメだったら、二人のためを思って、気持ちを断ち切ることが本当なのかもしれない。
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