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第五章 『ゆらり揺れるタチアオイ』
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しおりを挟む寸前にお腹が痛いと言ってた千歳先輩も、特にミスはせず、しっかりと演奏できているではないか。二人息を合わせ、最終メロディーを吹いていく。
前を向くと、笑顔の顧問がノリノリで指揮をしている。
あぁ、今、部の皆も、俺と同じような気持ちなのだろうか。
すげー楽しい。世界が、キラキラして見えた。
そのまま最後のフレーズに入り、シ、シ、シ。シ、レッシー。
音を伸ばしながら、指揮の合図でスパンッと切ると、数秒の沈黙後、わぁっと会場が拍手に包まれた。
──ひとまず、終わった……。
額にはじんわり汗をかいており、立ち上がると、皆で礼をする。
ぞろぞろステージ裏まで戻ってくると、三年生の先輩達が涙を零した。
「ほら、まだあと一曲残ってるんだからね」
顧問の優しい口調に、部長も頷きながら、ニッコリ笑顔。
「本当に良い演奏だった。皆、ありがとう」
「私も、楽しかったよ」
先輩達は皆満足そうで、俺もホッとした気持ちになり、ステージ裏でペットボトルのお茶を飲む。
この後、県大会優勝レベルの学校の演奏が終わると、次は三校合同のインヴィクタの演奏になる。
さっきので緊張は解け、体もいい感じに解れている。
「嶌君、ありがとう。嶌君がいたから、私何とか頑張れたよ」
「いえ、千歳先輩、完璧だったじゃないですか」
「そ、そうかな。良かったぁ」
間もなくしてステージから音楽が聞こえてくると、リラックスしながら耳を澄ませる。
「梓君」
しかし、次に声をかけてきたのは、珍しく環菜先輩だった。
「一旦、お疲れ様です」
「無事に終わってよかったね」
演奏が始まる前は同じく緊張の面持ちだったが、環菜先輩も笑顔の幅が広がっている。
「梓君、フルート、凄く良かったよ」
「ホントですか、嬉しい。環菜先輩もノーミスでしたよね」
「何とかね」
環菜先輩の隣に座り、高い天井を見やる。
「あー、後一曲で終わってしまうのは残念だけど、無事に終わるといいなぁ」
「せっかく皆で練習したもんね」
でも、これで全てが終わるわけではない。
環菜先輩とは、後一年一緒に過ごせるし、環菜先輩を抜きにしても、俺はまだ二年吹奏楽部に所属する。もっとレベルアップしていけたらいいな、と思っている。
「環菜先輩、この後楽しみでしょ」
「え?」
「椎川先輩との花火」
「あぁ……うん……まぁ」
今の沈黙、何なの?
気になったが、突っ込む前に再び出番が来てしまった。
三校の吹奏楽部員達が、ステージいっぱいに集まって、指揮者に注目する。今日のこの文化発表会での、メインイベントだ。
最初はスローテンポから、徐々にテンポアップして、まずはクラリネットがメロディーを奏でる。一定のリズムを崩さず、テンポよく進んでいく。
そしてパートBではどっしりとした低音楽器を生かして、音を繋げる。
シンバルとドラム、ティンパニーの音が響き、再びテンポアップのAパート。
徐々に楽器を増やし、クレシェンドで段々力強く。
最後は全楽器が同じリズムでファの音を出すと、会場中に響き渡った。
指揮の合図で音を伸ばし切ると、一気に沈黙に包まれ、すぐに喝采された。
鳴りやまぬ拍手の中、全員で頭を下げる。
やはり、桁違いの人数での演奏の迫力は凄い。俺はこの状況を楽しみつつ、ドキドキしながら、ステージを後にした。
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