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第五章 『ゆらり揺れるタチアオイ』

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~雅環菜~

 七月に入ると、徐々に雨の降る頻度が減ってきて、青空を見せることが多くなってきていた。

「じゃあ、一から合わせまーす」

 部長の合図に、楽器を構え、演奏に入る。

 まずはインヴィクタから。柔らかく伸びやかに吹く所と、強く切って吹く所、記号に気を付けながら演奏する。

 最後は全楽器が同じリズムで音を出す所はダイナミックで、これを他校の生徒と一緒に演奏するとなると、凄い迫力になるんだろうな。

 次はこの吹奏楽部だけで演奏をするサンバ・テンペラード。

 インヴィクタとは違い、最初からテンポの速い曲で、打楽器のリズムを刻む音が目立つ、カッコ良い感じ。

 フルートがメインでメロディーを吹くサンバ・テンペラードだが、フルートの休みの間に、梓君は隣に置いてあるトランペットを持ち上げる。

 人数不足だから、と二つの楽器をかけ持つことになった梓君は、部内で一目置かれている。

 二人きりで合わせた時、思い付きでサックスのソロパートを演奏した時は、思わず目を白黒させた。

 これは、絶対音感、いうやつかもしれない。凄いなぁ、とただただ感心するばかりである。

 ──そんな梓君から、好きだと言われてしまった。

 断った上で、もう一度男として見てほしい、と真剣な顔をして言われては、ドキドキせずにはいられない。

 部活では彼のとてもカッコ良い一面を毎日見せられ、正直、ちょっと苦しい。

 でも、少し強引でも、優しくて、頼りがいのありそうな梓君。

 そんな梓君と、これから部長と副部長として部活をやっていくことには、不思議と不安はなかった。






 今日は久々に椎川君と一緒に帰ることになっていて、いつものように駐輪場で待ち合わせる。

 すると、自分が先だったようで、暫く待っているとバスケ部の人達がゾロゾロやって来た。

 練習終わりだからか、皆スッキリした顔つきをしている。

「環菜、お待たせ。さて、帰ろっかぁ」

 六月の頃に比べると、日が昇っている時間も長くなった。

「吹奏楽部の演奏、体育館まで響いて聞こえてくるよ」

「そうなんだ」

「環菜は一番低いベースの音を吹いてるって言ってたね。何となく分かるような、分からないような」

 何気ない話をしながら、笑い合う。これが、ずっと私達の当たり前なのに、最近私はふとした拍子に他のことを考えてしまう。

 さっきのあの演奏、一番最初の入りが……。

 しかし、音のことを考えていると、強制的に梓君に結びついて、彼のことを考えてしまう。

 いかんいかん、と首を振るのに、ポンポン梓君の顔が浮かび、ブンブン首を振る。

「どした?」

「う、ううん。何でもない」

「嶌のこと、考えてた?」

「……え?」

 椎川君がピンポイントで梓君の名前を口にした時、ちょうど家の前まで来てしまった。

「あ、いや……」

「そういえばあいつ、環菜に告った?」

「えっ」

「もしかして、当たってる?」

 梓君のことは何も話していないはずなのに、どうして分かるのだろう。

「嶌がさ、体育祭の時に、環菜のこと気になってるって、言ってたから」

「……そう、なんだ」

「二人毎日部活で一緒だし、告られたのかなって」

「それは……」

 言葉に困っていると、椎川君の顔が近付いてきて、私達の唇は重なる。

「でも、告白されても、環菜は振るから、大丈夫」

 至近距離で独り言のように呟くと、椎川君はもう一度私にキスをして、自転車のサドルに跨った。

「じゃあ、また明日ね」

「うん……気を付けて帰ってね」

 こんな風に、いつも私に優しくしてくれる椎川君を、簡単には裏切れないな……。





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