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第五章 『アジサイ、揺れる』
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しおりを挟む「今はもう、友達なんですけれどね」
「そう、なんですか」
「そっかぁ、篝君、元気そう。随分、大人っぽくなってる」
双川さんが、篝さんの昔の彼女……。
何をどこまで突っ込んでいいのか分からず、一人脳内で慌てていると、双川さんは微笑んだまま、厨房から出来上がったハンバーグを運んでゆく。
そっか、双川さんが、篝さんの……。
私の知らない篝さんの昔の姿を、双川さんは知っている。
二人は美男美女で、きっと凄くお似合いだったのだろう。
そうしてまもなく、早めのお昼休憩に双川さんと二人で休憩室に向かおうとするタイミングで、奥の部屋からちょうど篝さんと駿ちゃんが出てきて、篝さんは双川さんを目に捉えた瞬間、笑顔で近寄って来たではないか。
「涼香、今日からだったんだ」
「スーツ姿の篝君、久しぶりに見た。元気そうね」
普段から連絡を取る仲なのか、お互いがここにいることに驚いている様子はなく、両者にこやかだ。
私は、前に付き合っていた人や駿ちゃんとは、別れても良好な関係を築くことはできなかった。だから、何だか凄い……と思ってしまう。
「おう、元気だよ。涼香はどう? 幸さん、涼香、迷惑かけてないですか?」
「いや、とんでもない……テキパキ動かれてて、凄いなって……」
「篝君、顔を合わせるのは久しぶりだし、近いうちご飯行こうよ。色々話したいし」
元カノと元カレって、こんな風にフレンドリーに接せるんだ。私は高校の時にトラウマを作った彼とも、愛を誓って結婚した駿ちゃんとも、もう笑顔では話せない。
「そうだね、暫く会ってないもんな。予定見て、また連絡するわ」
見ているだけで、二人の親しさはじわじわ感じられる。
そう、そうなんだ。篝さんは、元々私なんか暗い奴と一緒にいるんじゃなくて、双川さんのような、可愛くて、明るい子と一緒にいるべきなのに。
その方が絶対シックリくるのに、ここ最近私と二人で会っていることが、とても、申し訳なく、心苦しくなってくる……。
……っと、思いつめ、駿ちゃんからも目を逸らしたくて足元を見つめていると、ふと“幸さん”と、自分の名前を呼ばれ、顔を上げると篝さんがこちらを見ている。
「大丈夫ですか? ぼーっとしてるから」
「えっ、あっ……だ、大丈夫です」
「そっか。じゃあ、幸さんも涼香もまた。お疲れ様でした」
二人の去り際に駿ちゃんと一瞬目が合ったが、すぐに逸らして平静を装って休憩室に入ると、何となく一気に疲れを感じてしまった。
梅雨に入ったらしく、外は小雨が降っており、窓にぶつかる微かな雨音が響く。
「篝君とは、定期的に連絡は取っていたんですけれど、会ったのは四年ぶりなんです」
「……そうだったんですね」
「会ったのは、別れ話をしたっきりですね。やっぱり今見ても、カッコ良かった」
別れて惜しいことをしたな、と言う双川さんはクスッと笑って、私の向かい側に腰掛ける。
「そういえば、幸さんは彼氏いないんですか?」
「彼氏なんて……いないです」
「私も今フリーなんです。お互い素敵な彼氏ができるといいですね」
可愛らしく微笑む双川さんは、彼氏なんてすぐにできちゃうと思う。
私は……私の未来は、一体何なのだろう。
一生一人? 死ぬまで一人? 両親がいなくなってしまったら、どうしよう。私は一人娘だし、兄妹もいない。
このまま一人だったら……うぁ、ちゃんと考えると怖いな……。
でも、もし、もし……一緒に時を過ごすことのできるパートナーを再び見つけることができたら、凄いな……。
でも、うん……検討、つかないや。
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