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第三章

ちっぽけな勇気

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 群集が口々に、騒ぎ出す。人の流れが動き出し、止まっている二人の横をすりぬけて移動し始めた。

 覇王はとっさに、これでシズクとの会話も終わりかな、と思った。彼女はこれから、花火を見に行くだろう。自分はそれを見送る。それで、おしまいだ。短い会話だったな、と覇王は勝手に頭の中で考えていた。

 「覇王さん。」

 シズクは、動いている人波の中で、じっと立ち止まっていた。少し微笑んだ。

 「……良かったら、私を弟子にしてもらえませんか? 覇王さんの強さの秘密を、もう少し知りたいです。」

 また花火が上がった。群衆から歓声が上がる。

 覇王は、自分の心臓の鼓動が、かつてないほどの大きさで鳴り響くのを聞いていた。

 「……いや、……」

 さあ、言え、相手に向かって言うんだ。覇王はいま、自分の心の奥底にわずかに存在するちっぽけな勇気を、渾身の力をこめて引き出そうとしていた。

 「……もだちに……」

 そのとき、夜空にひときわ大きな花火が上がった。瞬間的に、あたりがぱっと明るくなり、人々の幸せそうな笑顔を照らす。大きな音に声をかき消された覇王は、もう一度、声を強めて言った。

 「それよりも、友達になってほしい。……弟子なんかじゃなくて……友達に。」

 嫌なら、と言おうとした覇王は、シズクがくすくすと笑い出したのを見て動揺した。バカにされたのだろうか。しかし、すぐにシズクは、困ったような笑顔を見せて言った。

 「私なんかで、いいんですか?」

 覇王は内心、快哉を叫んでいた。「あなたでいい」のじゃない。あなたが、いい。もちろん、そんな軽いセリフは、間違っても言うことはできない。

 「覇王さんと友達になれるなんて、嬉しいです。……でも私、足手まといにならないか、心配だなあ。」

 「……大丈夫さ。俺が守る。」

 覇王の周りには、気がつくと人が随分少なくなっていた。皆、向こうの広場に集まって花火を見物しているのだ。覇王はシズクの顔をじっと見つめると、なるべく自然な声を出そうと心がけながら、会話を続けた。

 「シズク、向こうに行って一緒に花火を見ないか。」

 「……もちろん、いいですよ。」

 二人はそっと近づくと、一緒に広場の人ごみの方に向かっていった。覇王は先ほどから、この夏祭りの花火が全部で何発、夜空に打ち上げられるのだろうかと考えていた。きっと、たくさんの数が用意されている。それでも、無限ではない。

 ――永遠に続くといいのにな。

 少し目を細めて、光り輝く空を見上げながら、心の中でつぶやいた。
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