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ー悪ー 第二章 想い

第三十三話 思いの思い

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次は夜だった。天宇軒は暗い廊下を一神出歩いていた。


(どこに行くんだろう)


 天宇軒は立ち止まった。ここは......自分の部屋の前では無いか。天宇軒はノックをする。


(こんな夜中に父上が来たことあったっけ?)


 しかし数分経っても"天光琳"は出てこなかった。
天宇軒は扉をゆっくりと開けた。鍵がかかっていない。いつも寝る時は鍵をかけていたはずなのだが......。

 天宇軒の後ろで天光琳は部屋の中を除く。
部屋には"天光琳"はいなかった。
 夜中に抜け出したことなど......いや、ある。
あの時だ。天俊熙と遊びに行ったその日の夜のこと。明日人間の願いを叶えてこいと言われた時だ。『今日はもう寝ろ』と言われたのにも関わらず、こっそり抜け出し、天桜山に行った。
 それで抜け出したことがバレ、怒られたことがあった。


(やっぱりか)


 天宇軒は外へ出た。天光琳も後ろからついて行く。て


(力を奪われた以上、光琳は一生神の力を使うことが出来ない。いくら修行と稽古を詰め込んだところで、意味が無い。だから今朝詰め込みすぎるなと言ったのだが......。やはりあの子は真面目な子だ。あんなことを言っただけで簡単に辞めたりはしないだろう。今日は俊熙と遊んだと言っていた。それでよいのだ。......できるならもう無理に修行をしなくて良い......。......本当のことを言うべきか...?しかし力を奪われたなんて言っても良いのだろうか。事実を話したところであの子は楽になるのかどうか......)


 夕食の時、天俊熙と遊んだと言ったら、天宇軒がため息をついたことがあった。天光琳はてっきり『なぜ遊んでるんだ』と呆れられているのかと思っていたのだが、どうやらそれで良いと、ほっとため息をついたのだろう。

 しかし、奪われた。そして一生神の力が使えません。なんて言ったら天光琳はどうなってしまうのだろうか......と思っていた。最悪なのが、天光琳が自ら命を絶つこと。神の力を使うことが出来なければ、それはもう神ではない。

 天光琳はいつか使えると信じて日々生きている。
それがもう使えませんと言われたら天光琳は落ち込むレベルではないだろう。
 また、天麗華は自分のせいだと責める可能性がある。天麗華も天麗華で苦しむかもしれない。

 そして天万姫だ。天万姫は自分の失敗を隠している。天宇軒はそれが許せなかった。しかし天万姫のことを愛している。

 その事を考えると、言わない方が良いのかもしれないと思ってしまう。


(今の僕からすると、言ってくれた方が楽だったかもしれないって思うけど......この時の僕は、周りから笑われて苦しい思いをしていたから、父上の思っている通り、耐えられなくて自ら命を絶っていたか、悪くない姉上や母上に酷いことを言っていたかもしれない)


 ......となると、天宇軒の判断は正しかったということになる。もし事実を伝えられていたら......と考えると、頭に浮かぶのは天麗華や天万姫に泣きながら怒る自分。これからどう生きていけば良いのか聞いても二神は黙り込む。そんなことが起きていたかもしれない。

 そう考えていると、天桜山に着いた。

 目の前には舞の練習をしている自分。
 

「......女神か......?」


 天宇軒は目を丸くして立ち止まった。天宇軒は舞の練習をしている"天光琳"を見ている。
 
 月明かりに照らされて、美しく舞う姿は実に女神のようだ。

 自分の舞をこんなに真剣に見たことは無かったため、天光琳は自分でも美しいと思った。

 天宇軒は下唇を噛んだ。そして手を強く握る。夜に抜け出して舞の練習をしているため、苛立っているのか?いや違う。天光琳の舞を見ていると苦しくなるのだ。見ていられない。ずっと見ていると涙が込み上げてくる。
 
ここまで美しくて完璧な舞が出来るようになるほど、詰め込んでいたのか......と。それなのに力を奪われてしまい、一生無能神様として生き続ける。本神はその事を知らずにこれからも一生修行と稽古を諦めずに続けていくのだ。
 
 許せない。天光琳は将来立派な王になるはずだった。それなのに神の力が使えないという欠点のせいで天光琳の人生はめちゃくちゃだ。


「光琳......」


 舞の練習をしている"天光琳"は汗だくになりしゃがみ込んだ。そして涙を流している。
 天宇軒はこれ以上無理をさせないように止めに行くことにした。


「光琳」
「ち...父上!?」
「お前......俺の言うことを聞いていなかったのか?」
「...ごめんなさい」


(違う)


「今日は稽古をするなと言ったはずだ。...なぜ言ったことを守らない」
「それは......その...」


(違う違う)


 言い方が悪かった。違うのだ。別に謝らせるつもりはなかった。
 天光琳と目が合わない。そういえばここ最近、ずっと目を合わせてくれなくなった。そんなに怖いか。そんなに怖がらせてしまっているのか。そんなつもりは全くない。しかしいつも自分の言い方が悪く、天光琳を怖がらせてしまっている。 今回もそうだ。
 
 "天光琳"は何か言いたそうにしている。天光琳は思っていることすぐに言わず、ずっと一神で抱え込む性格だ。


「......はぁ」


 このように育ててしまったのは自分だ。親である自分に気軽に相談し、気軽に話して欲しいものなのだが、嫌われるようなことをしたのは自分だ。


「思っていることをはっきり言え」


 もうめちゃくちゃだ。もっと良い言い方があるだろうと自分でも思う。考えすぎて頭が痛くなってきた。天宇軒は眉間を押さえた。


(この時......父上は僕に怒っていなかったんだ......そうだったんだ......僕...この後父上に酷いこと言っちゃった気がする)


「......父上は......なぜここにいるのですか...」
「どういうことだ?」


 そういえばそうだった。この後、天宇軒に反抗した気がする。
天光琳は耳を塞ぎたくなった。


「僕が...稽古をしていないか見に来たんでしょう......そんなの僕の自由じゃないですか」


 (違う!!父上は心配して、わざわざこんな夜中に来てくれたんだよ!!)


 今どんなにそう思っても、この時の自分には届かない。だって知らないのだから。天宇軒は自分のことを嫌っているとしか思っていない。


「父上は僕が人間の願いを叶えられなかったら怒るのに、なぜ修行と稽古をするなって言うんですか!?」
「光琳!」


 天宇軒は『それは違う!』と言おうとしたが、天光琳が続けて話し始めたため、口を閉じた。


「じゃあ僕はどうすればいいのですか!?ここからいなくなれば良いのですか!?」


(あぁ~っ!!)


今の天光琳は頭を抱えてしゃがみ込んだ。できるのであればこの言葉を消してしまいたい。
 この時の自分を殴りたい。


「なぜ僕は......」


 (あっ)


今の天光琳が顔を上げたのと同時に、記憶の"天光琳"は足を滑らせ湖に落ちた。冷たくて自分を湖の底へと流れていく水。この時の感覚は今でも覚えている。

 流されていく天光琳。必死に泳ぎ、岩に捕まろうとした。死ぬつもりでは無いのだと天宇軒は思い、黙って手を差し伸べたが、差し伸べるのと同時に天光琳は滑り、岩で手を深く切ってしまった。そして湖の底へと沈んでいく。


(まずい)


 記憶の中の天光琳の動きが徐々に小さくなっていくことに気づいた。最初は必死に上がろうとバタバタともがいていたのだが、今はもう上がろうとしていないように見える。生きることを諦め死を選んだか。
 天宇軒の心臓はどくんと大きくなる。
 実際そうだった。このまま流されれば皆が喜ぶと思っていた。


 (死なせない。絶対に!)

「光琳!捕まれ!」


 死なせたくない。生きることを諦めないで欲しい。天宇軒は必死に手を伸ばした。果たして手を取ってくれるのだろうか。手を取ってくれなくても、飛び込んで助け出す。絶対に死なせない。

天光琳は切れた右手を必死に伸ばした。そして天宇軒と天光琳の手が触れる。


(良かった......)


 天光琳手を握り、そのまま持ち上げた。完全に生きるのを諦めた訳では無かった。天宇軒はほっと安心した。
 しかし、水浸しになり、咳き込む天光琳を見つめ、胸が痛くなった。


「大丈夫か...?」


 気持ち悪いだろうか。でももう嫌われているのだから、気持ち悪いと思われても良い。
 しかし天光琳は何も言わなかった。今の天光琳はこの時自分がどのような気持ちだったのか覚えていない。とにかく危機一髪だったため、気持ちを落ち着かせるので精一杯だったような気がする。

そして天光琳の肩が揺れる。涙と雫がぽたぽたと零れている。


「...なぜ僕は...こんなにもダメな神なのでしょうか......」


 目は涙で溢れているため、目を合わせてくれているのかどうか分からない。この時、天宇軒の胸は強く傷んだ。大切な息子がこのような姿になっているのだ。大きな美しい瞳は真っ赤になり、クマのできた目元。そしてずぶ濡れで髪も乱れ、右手には深い傷。じわじわと血が流れ、服に染み込んでいる。そして自分の手には大切な息子の血がついている。

 こんなつもりではなかった。いつもそうだ。天光琳を助けようとするといつも『こんなつもりではなかった』と思う。どうするのが正しいのだろう。
 天宇軒は思わず涙が溢れてきた。もういい。強がらなくても良い。息子の前で涙を流す父親は情けないが、助けられない父親の方がもっと情けない。


「光琳......ごめんな......」


 ......と言った瞬間、目の前で天光琳が倒れた。
今の声は果たして聞こえていたのだろうか。いや聞こえていない。今の天光琳が驚いて目を丸くしているのだから。まさかこの時、天宇軒は泣きながら謝ってくれていたのだと初めて知った。


「光琳!」


 天宇軒は天光琳の方を揺らす。息はしている。どうやら眠っているだけようだ。しかしずっとここにいる訳にはいかない。こんなにずぶ濡れだと風邪をひいてしまうかもしれない。こんなに血が流れていると貧血になってしまうかもしれない。
 天宇軒は天光琳を背負い、城へ戻って行った。

今の天光琳は天宇軒を追わず立ち止まっている。
先程まで自分が座っていたところを眺めている。地面には血がついていて、何も知らないものがここを通ると、何があったのか驚いてしまうだろう。


(知らなかった......こんなの......酷いよ......僕......)


 なぜ今まで天宇軒のことを知ろうとしなかったのだろう。怖いから。嫌われているから。それは全て自分の決めつけであって、本当は良い神だった。その事を天麗華は散々教えてくれていた。それなのに自分は天宇軒から避けていた。
 今知ったところでもう遅い。殺してしまったのだから。しかも自分の手で......。


「父上ごめんなさい......」


 天光琳は天宇軒の後を追った。もっと知りたい。天宇軒のことを。もう遅いが、このまま知らずに生きていくのは良くない。せめて天宇軒がしてくれたことを全て目に焼き付けたい。そして謝りたい。もう謝れないのは知っている。けれど、天宇軒に届くことを祈って、きちんと謝りたいのだ。
 









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