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ー悪ー 第二章 想い

第三十一話 愛し方

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「この子の名前は"光琳"ね」

 
 女性の声が聞こえる。母、天万姫だ。産まれたばかりの天光琳を抱え、笑顔で見つめる。天万姫の右隣ではまだ幼い天麗華が目を輝かせながら飛び跳ねている。
 そして左隣には天宇軒。天光琳を見つめ、この子が将来の王になる。そう思いながら見つめている。

これは天宇軒の記憶だろうか。
天光琳は少し離れたところから皆を見ている。


「目が大きくて綺麗ね~」
「だから光琳なのよ。『琳』には光り輝くような美しい玉という意味があるの。ピッタリじゃない?」
「さらに光をつけて、『光琳』......。ふふ、とても眩しいわ」


 天麗華はわざと目を擦って微笑んだ。


「この名前は宇軒さんが考えたのよ」
「父上が考えたの!?素敵だわ」


 天宇軒は目を逸らした。だが耳が赤い。照れ隠しだ。二神はくすくすと笑った。


(僕の名前は父上が考えたんだ......)


 初めて知った。てっきり天万姫が考えたのかと思っていた。
 

(......?)


 急に目の前が真っ白に、目を閉じた。
そして目を開けると、次は天宇軒と草沐阳がいた。
 ベッドで寝ている幼い天光琳を見つめる二神。


「光琳か。可愛いな。小さい頃のお前とそっくりだ」
「そんなに似ていますか?」


 小さい頃からよく見てきたため、草沐阳は懐かしいと語る。


「この子は立派な神になるぞ」


 天宇軒は頷く。


「俺の大切な息子です。麗華の時は万姫か護衛神に任せっぱなしになってしまったので、せめてこの子だけでも俺が面倒を見たい」
「そうだな。......でも、神王様が仕事を押し付けできたのだから、無理は良くないぞ。......俊杰のようになったら......」
「大丈夫ですよ。俺は父上のようにはならない」


 天宇軒は真剣な眼差しでそういうが、草沐阳は心配でしか無かった。かつて友人だった天俊杰の口癖は『大丈夫』だった。けれど大丈夫ではなかった。草沐阳はもう二度とあんなことは起こらせないと、天宇軒を手伝っている。


「光琳~!......あ、父上、草老師ツァォせんせい!こんにちは!」


 天光琳の面倒を見に来た幼い天麗華。まだ五~六歳だが、礼儀正しく、面倒見が良いため、安心して任せられる。
 
 
「では俺はここで」
「麗華、あとは頼んだぞ」
「はーい!」


 天宇軒は天光琳を数秒見つめ、草沐阳と共に部屋から去っていった。



✿❀✿❀✿  



 (次は......いつぐらいだろう)


「ちちうえー!」
「わっ!」


 幼い頃の"天光琳"が走ってきて、天光琳をすり抜けて行った。やはりこの自分の姿は見えていないのだと確信した。
 幼い頃の天光琳は天宇軒の姿を見つけ、追いかけている。見たところ三~四歳ぐらいだろうか。この時はまだ天宇軒に恐怖を感じていなかった。
 懐かしい。この時のことは今でも覚えている。


「ちちうえ!」
「光琳。歩けるようになったのか」
「うん!」


 幼い頃の天光琳が笑顔で頷くと、隣にいた草沐阳と側近の波浪は拍手をした。草沐阳は姿勢を低くし、撫でる。


「えへへ、すごいでしょ。ぼくがんばったんだぁ」
「よく頑張ったな、ほら、宇軒も撫でてあげるんだぞ」
「......」


 幼い天光琳は撫でて貰いたくてソワソワしているが、天宇軒は右手を出して戸惑っている。
 草沐阳はどうした?と言うと、天宇軒は右手を下ろした。
 撫でて貰えないと分かった幼い天光琳はしゅんと落ち込み、泣き出しそうになった。すると天宇軒はさらに戸惑いの様子を見せた。


「あーもう、ここにいたのね!」


 ドタバタと天麗華が走ってきた。そして天宇軒たちの前まで来ると、会釈をしてから姿勢を低くし、幼い天光琳に言った。


「貴方、また俊熙に嫌いって言ったでしょう。ちゃんと謝りなさい」
「やー。だって、じゅんしー、ぼくのことじーっとにらんでくるんだもん!」
「睨んでるつもりはないって言ってたわよ。あの子は貴方と仲良くしたいんだって言ってたわ」
「やー!!」


 優しく言う天麗華の言葉を幼い天光琳は聞かなかった。そういえばこの時、天俊熙のことを嫌っていた。元々つり目で目つきが悪い天俊熙は、睨んでいるつもりはなく、天光琳のことをただ見ているだけだったのだが、天光琳は睨んでくると勘違いし、よく逃げ出していた。そして城の中で迷子になって、泣き叫ぶ。とても手のかかる子供だった。


「光琳。きちんと謝りなさい」
「やーだー!!」


 天宇軒が言っても幼い天光琳は首を横に振る。これは過去のことだが、今の天光琳はヒヤヒヤした。よく嫌と言えるな......と。


「謝りなさい!」


 天宇軒が大きな声で言うと、幼い天光琳は大声で泣き出した。今の天光琳は怒られるのは当然と思った。
 ......が、草沐阳は頭に手を当ててため息をついた。

 天麗華は大声で泣き叫ぶ天光琳を背負い、ペコペコと謝りながら戻って行った。


「......」


 天宇軒はやってしまったとため息をつく。泣かせるつもりはなかった。自分は天俊杰によく怒鳴られていた。自分は泣かなかった。だから同じことをしたのだが......天光琳は泣いてしまった。
 自分と他神は違う。どうして同じだと思ってしまうのだろう。

 結局、天光琳の面倒も見れていないし、本当にダメな親だ。


「あそこで怒るのは良くなかったな......。あと、なんで光琳に撫でてあげなかったんだ?」


 天宇軒は視線を下に逸らし、小さな声で言った。


「分からないんだ。どうやったらあの子が喜ぶのか、俺が撫でても良いのか」


 そして再びため息をついた。


「俺は父上に愛されていなかった。だから分からない。どうすれば良いのか全く分からない」


 天俊杰に撫でてもらったり、褒めてもらったことは一度もなかった。天俊杰は仕事を優先していたため、面倒を見てもらったことは一ミリもない。そしていつの間にかこの世から消えた。あの日のことが頭に蘇る。

 

(ここは数年前の城か......?)


 気づいたら先程とは違う所にいた。天宇軒の幼い頃の記憶だ。


『父上!父上!!』


 幼い天宇軒はドンドンと扉を叩いている。
 ここは天宇軒の部屋......と言うより王の部屋。この時は天俊杰の部屋だろう。
 天俊杰に会いたくて扉を叩いているのか?......いや違う。何かを止めようと必死に泣き叫んでいる。


『宇軒......ごめんな......』
『父上!!』


 天俊杰の弱々しい声が聞こえたと思ったら、ドサッと倒れる音が聞こえた。天光琳はこの状況を理解した。これは天俊杰が自ら命を絶った時のことだ。まさか息子である天宇軒はその場にいたのか?こんな幼いのにこんな事になるなんて。......トラウマになってしまうだろう。


『父上開けて!!』
『宇軒!』


 大声で叫んでいると、若い頃の草沐阳が走ってきた。天宇軒の様子を見るや否や、この状況を瞬時に察した。


『俊杰......?俊杰!!』


 草沐阳は神の力を使って扉を壊した。そして部屋の中を見て息を飲んだ。部屋は血で染っている。天宇軒は目を大きく見開き、全身が震えている。


『しまった!宇軒、見るなっ!』


 草沐阳は急いで天宇軒の目を隠そうとしたが、天宇軒は草沐阳を押しのけて血で染まった部屋の中へ入っていった。


『宇軒!!行ってはダメだ!』
『父上!』


 天宇軒は倒れている天俊杰を見つけ、天俊杰のそばでしゃがみ、肩を揺らした。


『父上起きてください!』


 神の力を使い、無数の刃物を自分の体に突き刺したのだろう。そこら中に刃物が落ちている。天宇軒はしゃがんだ際、右手を落ちていた刃物で切ってしまったが、気にせず天俊杰を起こそうとする。


『宇軒、離れなさい!』
『父上、父上!!』


 天俊杰の体には刃物が刺さっていて、草沐阳が危ないからと引き離そうとするが、天宇軒は離れようとはしない。諦めた草沐阳は眉をひそめ、天俊杰を見つめた。


『......大丈夫って言ったじゃないか......』


 草沐阳がこのように悲しんだ顔を見せるのは初めてだ。天光琳もつられて泣きそうになってしまった。


(父上は小さい頃にこんな辛い思いをしていたなんて......)


 あとから駆けつけてきた護衛神によって天宇軒は引き離され、天俊杰の死が確認された。どんなに辛かったのだろう。恐らく少し前まで、天宇軒はこの部屋にいたのだろう。けれど天俊杰に追い出され、鍵をかけられた。そして天俊杰は自ら命を絶った。そばに居るのに止めることが出来なかった。天宇軒は追い出された時、必死に抵抗して部屋の中に残れば良かったと思っている。
 天俊杰は最後に息子の顔が見たかったのだろう。本当は息子のことを愛していた。

 しかし愛せなかった。仕事のせいで。しかし幼い天宇軒はよく分かっていない。愛されていないとしか思わないのだ。


 天光琳は瞬きをすると、血だらけの部屋にいたはずなのだが、目の前には草沐阳と天宇軒、波浪がいた。過去から戻ってきたのだろう。

 成長した天宇軒は、本当は父に愛されていたことを知っているはずだ。しかし実感が湧かない。 

 よく怒鳴られていたのも、愛されていないからではなく、仕事でのストレスが溜まり、天宇軒に当たってしまっていたのだろう。

 幼い天光琳を見ると自分は父のようにならないと思うが、父の手で愛されて育っていないため、愛し方が分からない。
 
そのため、天麗華の面倒は護衛神に丸投げをしていた。しかし賢い天麗華は『なぜ父上は遊んでくれないの?』と天宇軒とよく一緒にいる草沐阳に聞いた。そして草沐阳は天麗華に全てを話した。天麗華は天宇軒が不器用な神なのだと気づき、時には手助けをするようになった。そういえば天光琳が天宇軒のことが苦手と言った時も、何度か『本当は良い神なのよ』と教えてくれていた。


(父上......本当は僕のこと、大切に思ってくれてたんだ)






 


 

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