上 下
171 / 184
ー悪ー 第一章 アタラヨ鬼神

第二十二話 幸せ

しおりを挟む
 鬼神王様は湯船に浸かりながら目を閉じていた。
ピンク色の薔薇が浮かんでいる。薔薇風呂だ。息を吸う度、バラの甘くて爽やかな香りがする。

 先程まで髪を洗ってもらっていたため、髪の毛が濡れて重い。


「今日の鬼神王様は本当に素晴らしかったです」
「私達も見ていましたよ」


 髪をある程度吹き、鬼神の力を使って乾かしている鬼神と、髪をしばろうと待っている鬼神が言った。鬼神は「へへ」照れ笑いをする。
 鬼神王たちの戦いが終わったあともずっと盛り上がっていた。あの時の鬼神王様は本当に凄かったと。本神が近くにいると言うのに皆は気づかず、話を続けるため、鬼神王は恥ずかしそうにずっと耳を真っ赤にしていた。


(今日あったこと、"あの神"に教えないとなぁ)




......?
 鬼神王は目を大きく見開いた。


(あの神......?誰だ?)


 自分が思ったことだというのに、意味がわからない。あの神とは......メリーナのことか?シュヴェルツェのことか?しかしピンと来ない。
 鬼使神差が真剣に考えていると、「あの」との側近の声が聞こえた。


「そういえば鬼神王様、ずっと気になっていたのですが、その右腕......どうされたのですか?」


 髪が乾き、髪を団子にまとめ終わった鬼神の一神が鬼神王に聞いた。
 他の鬼神も気になっていたようで頷く。
 鬼神王は考えるのをやめ、右腕を湯船から出し、しっかり見えるようにした。


「昔、神に斬り落とされたんだって。目が覚めたら腕が無くなっていて、適当につくったの」


 鬼神王がそう言うと、鬼神たちの顔色が悪くなった。軽く言いすぎた。こういう話はもう少し声のトーンを落として喋るべきだった。



「痛くないのですか......?」
「あ、全然痛くないよ!左腕と同じぐらい普通に使えてるし、鬼神の力も使えるし、本物の腕だと言ってもおかしくないぐらい」


 今も言われなければ偽物の腕だと思わなかった。最近は慣れてきて、偽物だと忘れてしまっていた。


「許せませんね。鬼神王様にそんなことするとは」

「そうだな」 



 突然、風呂のカーテンの向こう側から声が聞こえた。この声、この影は......シュヴェルツェだ。


「あ、おかえりー。何してたの?」
「片付けですよ」


 シュヴェルツェが片付けをするなんて意外だ。いつもは鬼神たちはや側近たちに任せているというのに。


「片付けありがとう。いや~~今日は本当に楽しかったなぁ」


 鬼神王は腕を伸ばしながら言った。そして


「......幸せ~」


 と小さな声でそう呟きながらピンク色の薔薇を手に取って、顔に近付けた。とても良い匂いがする。


「幸せ......でしたか?」
「うん!幸せ!こーんな楽しいの、毎日続けば良いのに!」
「そうですか。......幸せ......」


「ふふ......」と声が聞こえた。これは微笑んでいるようにも感じるが、何か隠しているようにも感じた。......いや、微笑んでいるのだろう。最近何故かシュヴェルツェが何か隠し事をしているように感じてしまう。


「鬼神王様は本当にお強いですね。やはり鬼神王様には叶いません」
「そう?ヴェルも結構強かったよ?」


 かなり強かった。油断していたら負けてしまうところだった。もう戦いたくない。敵に回してしまったら大変だ。
......ふと、鬼神王はあることを思い出した。


「そういえば僕、なんで剣と扇使えるんだろう」


 そう呟くと、シュヴェルツェの返事は帰ってこなくなった。不思議に思い、鬼神王はカーテンにうつるシュヴェルツェの影を見た。


「何か知ってる?昔の僕が使ってたとか」
「......いえ。...知りません」


 シュヴェルツェの声が少し変わった。鬼神王は違和感を覚えた。


「ほんとに?」
「......」


初めて扇と剣を持った訳では無いだろう。かなり使い慣れていた。自分でもわかるぐらいだ。体が勝手に動いた......動きがまるで脳に刻まれているかのように。


「何故そこまで気になるのですか?」
「モヤモヤするんだよ。僕、自分のことなのに自分について全然知らないし、気になるんだ。昔の自分のこと。自分がどのような鬼神だったのか、自分がどのようなことをしてきたのか」


 シュヴェルツェは本当に知らないと言わなかった。やはり知っているのだろう。シュヴェルツェは黙り込む。カーテン越しで顔がよく見えないため、今どのような顔をしているのかよく分からない。
 シュヴェルツェは何故昔の鬼神王のことを言わないのか、理由は耳にタコができるほど聞いた。けれど最近は知りたくなってきたのだ。例え自分が辛い思いをして記憶を消したとしても、今の自分が知りたいと思っている。この気持ちは日に日に強くなっていく。


「......今は......幸せなのでしょう?」
「......どういうこと?」


 シュヴェルツェが突然謎のことを言い出したため、鬼神王は聞き返した。側近達も首を傾げる。


「幸せなら良いではないですか。......貴方は昔、幸せを手に入れることができなかったのです......今幸せなら、あの苦しみを思い出す必要は無い......」
「苦しみを思い出しても、"この幸せが消えることはない"でしょ?」


 鬼神王がそう聞くと、再びシュヴェルツェの声が聞こえなくなった。なんだろう。この気持ちは。なんだろう。この空気は。
 シュヴェルツェは何故そこまで言わないのだろう。今まで鬼神王の頼みは全て聞いてくれた。しかしこの事だけは教えてくれない。


「ねぇ......どうして教えてくれないの?」
「昔の鬼神王様が」
「それは知ってるよ!」


 鬼神王の声が響く。風呂だと余計に響く。側近たちは鬼神王を落ち着かせようとするが、鬼神王は落ち着こうとはしなかった。手には握りしめてしおれてしまったピンク色の薔薇が包まれている。


「ヴェルはいつもそう言う。じゃあ一生"本当"の自分を知ることが出来ずにずっとモヤモヤして生きていかなきゃいけないの?もちろん、今は幸せだよ?でも......昔の僕のこと、何も知らなかったら今の自分は"偽物"だとしか思えないんだよ」
「......」


 昔の自分のことを何も知らないと、今の自分はどうしても偽物だと思ってしまう。もし昔の自分は笑ったり、神助けをしていなければ、今の自分は本当の自分ではない。二神目......いや偽物と呼ぶのが相応しい。
 しかし自分は自分だ。けれど鬼神王は別神だと思ってしまう。

 ......と、こんなことを思ってしまう自分がめんどくさい。シュヴェルツェは自分のことを思ってずっと教えないでいてくれているのに、シュヴェルツェにあたるなんて情けない。


「ごめん。やっぱりなんでもない」
「大丈夫ですよ。今日は色々あって、疲労が溜まっていると思いますし、ゆっくり休んでくださいね」


 そう言ってカーテンに映るシュヴェルツェの影は
消えた。いつもより低い声で。疲れているように感じる。
 静かになった。側近たちはどうすれば良いのか分からず、そっと鬼神王の肩にお湯を流した。
 鬼神王は先程潰してしまった薔薇を眺める。


「幸せ......か......」


 そう呟くと、しおれた花びらが一枚ヒラヒラとお湯の中へと沈んでいった。


 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【R18】兵士となった幼馴染の夫を待つ機織りの妻

季邑 えり
恋愛
 幼くして両親を亡くした雪乃は、遠縁で幼馴染の清隆と結婚する。だが、貧しさ故に清隆は兵士となって村を出てしまう。  待っていろと言われて三年。ようやく帰って来る彼は、旧藩主の娘に気に入られ、村のために彼女と祝言を挙げることになったという。  雪乃は村長から別れるように説得されるが、諦めきれず機織りをしながら待っていた。ようやく決心して村を出ようとすると村長の息子に襲われかけ―― *和風、ほんわり大正時代をイメージした作品です。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【R18】ロザリアの秘蜜〜最愛の姉が僕だけに見せてくれるもうひとつの顔〜

夏ノ 六花
恋愛
連載中の【奈落に咲いた花】がcomico様主催の『ロマンスファンタジー漫画原作大賞』で奨励賞を受賞しました!! 受賞記念としまして、ヒーローのシリウスが愛読していた【ロザリアの秘蜜】を掲載させていただきます! 是非、【奈落に咲いた花】もよろしくお願いいたします! 〜あらすじ〜 艶やかな水色の髪に澄んだ水色の瞳を持つ美しい娘…ロザリアと、鮮やかな赤髪と輝くような金眼を持つアイバン。 性格も趣味も真逆でありながら、二人は仲の良い姉弟で有名だった。 ロザリアが六歳になった日の夜… プレゼントを持って部屋に訪れていたアイバンからのプロポーズを、ロザリアはおままごとの延長として受け入れてしまう。 お遊びの誓いから始まった二人の秘密… 歳を重ね、二人だけの秘密が増える度に姉弟の関係はより密やかに…より淫らに変化していき…────? 【全15話、完結まで予約済、毎日更新】 ★HOT女性向けで29位にランクイン! ありがとうございます!\( ´ω` )/ ★人気ランキング89位にランクイン!!(´▽`)

処理中です...