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ー悪ー 第一章 アタラヨ鬼神

第二話 鬼神たち

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 シュヴェルツェについて行き、湖があった森を抜けると、目の前には立派な城が現れた。
 その建物は雲まで届くほど高く出来ている。

 そして城の中に入り、長い階段を上がっていくと大きなガラス張りの扉があり、そこを開けるように言われた。

 そして開けたら、外の景色がよく見えた。


「わぁ......!」


 立派な街だ。
 薄暗い空を真っ赤な提灯や灯篭、街灯などが照らしている。
 記憶を消したからだろうか。この光景は初めて見るような気がする。

 すると、下の方から声がした。
 鬼神王は声がする方に目を向ける。
 そこにいるのはシュヴェルツェのように角が生えているものたちだった。
 皆は黒色の洋服や和服......色は統一されているが、ファッションまでは統一されていないようで、服装は様々だ。


「え?ねぇ、あそこにいるの鬼神王様じゃない?!」

「鬼神王様!?どこだ!」

「あそこだよ!」

「あの方が鬼神王様なの!?」


 鬼神王は自分のことを言われていることに気づき、訳が分からずシュヴェルツェの方を見た。


「あの者たちも私たちと同じ鬼神です。貴方のおかげで生まれることが出来たのですよ」

「僕のおかげ......?」


 鬼神王は首を傾げた。自分が何をしたのか思い出せない。


「そうです。詳しく話すと長くなってしまうので、また今度説明しますね。まずは皆さんに挨拶をしてあげてください」


 挨拶......と言われても、何を話せば良いのか分からない。
 鬼神王は「うん」と頷いたものの、戸惑った。
 自分のことなのに自分のことが分からない。話のネタが一つも思いつかないのだ。
 鬼神王は一歩前に立った。多くの鬼神たちがこちらを見ている。


「えっと......」


 鬼神王が戸惑っていると、シュヴェルツェがさっと鬼神王の前に立った。
 シュヴェルツェは「申し訳ありません。突然挨拶しろなんて難しいですよね」
 と言い、鬼神王たちに目を向けた。


「皆、鬼神王様が目覚めたぞ」


 すると鬼神たちは歓声を上げ、飛び跳ねたり拍手をしたりして喜んだ。
 鬼神王はその光景を見て目を丸くした。何故皆がこんなに喜んでいるのか分からなかった。しかし、こんなに喜ばれるとなんだか嬉しい気持ちになる。


「はやく鬼神王様と話したい!」

「鬼神王様の顔ってどんな感じだった?」

「よく見えなかったなぁ」

「見たい!」


 鬼神王はあることに気づいた。
 自分の記憶が消えているから、鬼神たちの記憶も綺麗に消えてしまったのかと思ったが、会話を聞く限り一度も会ったことがないのだろうか。


「鬼神王様、前に出てきてください」


 シュヴェルツェは鬼神王の方へ向き、ニコッと微笑みながら言った。
 鬼神王はゆっくり前へ歩いていき、皆が見える位置へと移動した。
 月の光が眩しい。まるで太陽のようだ。
 そして風が吹く。葉や花がついていない木々は風に揺れている。

 前を見ると、先程より鬼神の数は増えていて、前にいる鬼神たちはキツそうにしている。
 それでも鬼神王を見たいと必死に堪えている。


「鬼神王様の顔よく見えるー!」

「えぇ~可愛い~!」

「もっと怖いの想像してたよ」


 鬼神王は恥ずかしくなり、両手で顔を隠した。
 その姿を見て鬼神たちは笑う。


「鬼神王様は前の記憶がないのです。くれぐれも過去のことを聞いて困らせないように」


 そうだ。どれだけ過去の事を聞かれても分からないのだから言えない。

 鬼神王は前を見渡した。
 すると、右下の方からある会話が聞こえてきた。


「鬼神王様って強いんでしょ!?」

「どれぐらい強いんだろう!」


 王は強いものだと誰もが認識している。
 鬼神王は自分の黒い右手を眺めた。
 自分が強いのかよく分からない。強いとはどれぐらいだろう。
 自分は昔の戦いで眠りについた。
 そして多くの傷が体に残っている。
 ということは負けた......ということなのだろうか。
 そんな自分が本当に強いのか不安になった。


「僕って強いのかな」

「強いですよ、とても」


 シュヴェルツェは微笑みながら言った。
 けれど鬼神王は納得していないようで、視線を下に向けた。自信が無い。


「心配なら試してみればよいではないですか」

「どうやって?」


 鬼神王が首を傾げて言うと、シュヴェルツェは両手を合わせた。そして両手を離すと、手には黒い光が現れた。
 そしてその光を上へと投げる。
 光は煙のように広がり、人型へと変化した。
 人型の光の胸元には「神」と書かれている。 


「これは?」


 神とはなんだろうか。よく分からないが、今は関係ないだろう。この人型の光は一体......。


「的ですよ。これに攻撃をぶつけてみてください」


 なるほど。そういう事か。
 神と書かれた光は素早く動き回る。
 鬼神たちの上も容赦なく動き回り、鬼神たちの中には驚いて泣き出してしまう者もいた。


 (攻撃しろって言われてもな......)


 どうすれば良いのか分からない。
 鬼神王は仁王立ちをしているカワウソのような姿勢をした。


「右手と同じようにやってみてください」


 右手を作り出した時と同じように......鬼神王は手に力を入れてみた。
 あの時は左手だったが、利き手は右手だ。
 黒くなった右手からは黒い美しい光が現れた。


「そうです。それをあの的にぶつけてください」


 鬼神王は目を細め、遠くで素早く動いている的を見つめた。
 この距離からだと、狙いを定めて光を放ったとしても、的に届く前に的が動いてしまうだろう。
 普通に投げたら間違いなく外す。

 光を投げるだけではなく、光が的を追うことは出来ないだろうか。
 それか、的を動けなくさせることは出来ないだろうか。
 そう思いながら左手に力を入れると、左手からは太い鎖が現れた。

  
 (あ...!)

 鬼神王はあることに気づき、首だけをシュヴェルツェに向けた。
 どうやら的はシュヴェルツェが動かしている。


「ふふ、さすが鬼神王様。ですが今回はその方法はなし......ということでお願いします」


 シュヴェルツェは鬼神王が何をしようとしているのか理解したようだ。
 鬼神王はシュヴェルツェの腕を鎖で固定し、動かなくなった的を狙う。
 敵との戦いではその方法は良いと思うが......今回は鬼神王の力を確かめるためにやっているのだ。こんな手を使っても意味が無い。

 しかしこの距離から的に鎖をかけることは難しい。
 的は遠くにいる。見えるのは手のひらサイズぐらいだ。

 ならばあの方法しかない。放った光が的を追う方法だ。
 鬼神王はそう思いながら光の玉を投げた。

 光の玉は素早く飛んでいき、的を追う。
 思ったより素早く、シュヴェルツェは驚き一瞬的の動きが止まったが、またすぐに動き出した。
 先程よりも速い。しかし鬼神王が放った光の方が遥かに速かった。

 鬼神たちは瞬きを忘れるほど、二神の光を見つめている。

 そして鬼神王が放った光は炎のように燃え上がり、シュヴェルツェが動かしている光の的を包み込んだ。
 当てるのではなく、包み込む。そして炎は握りこぶしに変わり、ぎゅっと握りしめた。
 光の的は雪解けのように消えていき、少ししてから鬼神王の光の炎も消えた。

 鬼神たちは「おぉ!」と歓声を上げ、大きな拍手の音が聞こえた。


「すげぇ!何年も眠っていたのにこれかよ!」

「ヴェルさん強いのに簡単に勝っちゃうなんて!」


 鬼神王は自分のためにあえて手加減して負けたのではないかと思い、シュヴェルツェを見た。
 シュヴェルツェは悔しそうな表情を浮かべることも恥ずかしそうな表情も浮かべることもなく、「さすが鬼神王様」と言わんばかりに微笑んでいる。


「これだけではないですよ」


 シュヴェルツェは再び光の玉を出した。
 今度は二つだ。
 先程と同じように人型に変わり、『神』と書かれたものと......『鬼神』と書かれたものがいた。


「鬼神を守りつつ、神を倒してください」


『神』と書かれた的は先程と同じように素早い。
 しかし『鬼神』と書かれた的は動きが遅い。
『神』は『鬼神』を狙って追っている。
 そして『神』は『鬼神』に攻撃をする。
 鬼神たちの中には本物ではないというのに、怖くて目を閉じたものがいる。

 鬼神王はすぐさま左手で光の炎を出し、『鬼神』を結界で守った。そして反対の右手で『神』に攻撃する。
『神』はあっという間に消えた。


「これはどうですか」


 消えたと思ったら、今度は十体......いや三十体、五十体と増えて行った。そして『鬼神』は三体に増えた。
「さすがに鬼神王様でもこの量は無理だろ」などと不安そうに言う鬼神もいれば「ヴェルさんひどい」とシュヴェルツェを批判する鬼神もいる。
 鬼神王自身も不安だった。こんなの自分ができるのだろうか。

 鬼神王は集中した。
『神』『鬼神』は固まっている訳ではなく、様々な場所に広がっている。
 三体守れる程の大きな結界を張ることは可能だが、三体とも近くにいないためその方法はできない。
 一つ一つ結界を張らなければいけないのだ。

 もたもたしてはいられない。『神』は容赦なく『鬼神』を狙う。
 鬼神王は左手で素早く結界を張った。左手は力を入れて集中しながら、今度は右手を動かし、光の炎をたくさん出ていく。
 光はまるで星々のように数え切れないほど現れ、辺りを明るく照らしている。
 そして『神』を目掛けて一体一体確実に仕留めていく。
『神』が散っていく姿はまるで花火のようだった。 
 最後の一体を倒し終わると、静かになった。
 そしてしばらくすると鬼神たちは再び大きな拍手を上げると共に、鬼神王は本当に凄いのだと心から尊敬した。


「すごすぎる!!」

「鬼神王様かっこいいーっ!!」


 シュヴェルツェは手をぽんぽんと払い、鬼神王のそばまで来た。


「鬼神王様なら出来ると思いました。すごいです。......おや、疲れてしまいましたか?」 


 鬼神王はしおれた花のようにくしゃりと地面にしゃがみ込んだ。


「いや......大丈夫......」


 疲れたと言うより、緊張が解けて体の力が抜けたのだ。
 王であるのに失敗したら大問題だ。


「自分がどれぐらい強いか分かりましたか?」

「うん、こんなことできるんだね......」


 自分がどれぐらい強いか分かったが、それより休ませてくれ......と思った。
 いきなりあんな挑戦をさせられて、もう気力がない。


「すいません。ではそろそろ行きましょうか」


 シュヴェルツェはそう言って扉を開けた。
 どこへ行くのか分からないが、とりあえず鬼神たちにお辞儀をして、シュヴェルツェについて行くことにした。


「鬼神王様凄かったね!」

  「いつか話してみたいな!」


 鬼神たちは映画を見終わって感想を言っている時かのように、言葉が止まらなかった。

 また、鬼神王の行動について笑うものもいた。


「鬼神王様、明らかに僕たちより上の立場なのに、最後頭下げたよ」

「可愛いよね」

「少し天然なのかな」


 皆は鬼神王はもう少し怖い神だと思っており、こんな自信が無いようなおどおどとした性格だとは思っていなかった。けれどとても強かった。このキャップはたまらない。
 そのため皆は安心し、いつか話してみたいと思うようになった。

 鬼神たちはしばらく城の前で鬼神王のことについて話ていた。





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