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ー光ー 第十章 鬼使神差

第百四十一話 どうすれば

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「ふぅん。じゃあ、千秋チェンチウ。なんでずっと扇子に手を当ててるの?」

「...っ......それは......」


 天光琳は千秋の手から目を離さなかった。
 ずっと手を当てているということは、天光琳が油断したすきに攻撃するつもりなのだろうか。それとも万が一天光琳が攻撃してきた時のために、構えているのだろうか。
 どちらにせよ、信用されていない。

 天光琳は右手に扇を持った。
 千秋は一歩下がり、寝たきりの京極庵を守る姿勢を取った。


「光琳!やめて!」

「やめないよ。どうせ僕を殺す気なんでしょ?それに、もしここで悪神をやめたら、僕はどうなると思う?......間違えなく封印されるよね。だからやめない。神は全員僕の敵だ。僕は力を奪われて苦しい神生じんせいを送っていた被害者なのに、なんで僕が殺されなきゃいけないの?」


 二神は何も言えなくなった。
 確かにここで天光琳が殺しをやめたら......間違えなく封印されるだろう。
 小さな頃からずっと苦しみ続けてきた天光琳は幸せを味わったことがない。

 修行や稽古を続け、神々からバカにされ、舞には失敗し......これで神生じんせいが終わってしまうと思うと......とても胸が苦しくなる。

 しかし、天光琳をこのままにしておくわけにはいかない。
 どうするのが正解なのだろう。

 そう思っていると、天光琳はふわりと舞を始めた。
 舞を始めたら......もう最後だ。
 今まで助かったものはいない。

 千秋は扇子を両手に持ち、天光琳に攻撃を始めた。
 得意な麻痺させる能力は......聞かなかった。
 そのため、たくさんの火の玉をだし、天光琳へ放った。

 しかし天光琳は片手でその火を全て消し、今度は千秋に火の玉を放った。
 天光琳は少し前に相手の能力をコピーする能力と、火をだす能力を手に入れた。そのため、本来なら不可能なのだが、鬼神の力が恐ろしいほど高い天光琳は二つの能力を組み合わせた。そのため、威力は倍だ。

 千秋は急いで防御結界を張った。
 しかし、天光琳の攻撃を受けて壊れなかった防御結界は一度もない。当然、結界は壊されてしまった......が、なんと、二神は無傷だった。実はもう一つ結界が張られていたのだ。

 千秋は奇跡の神天麗華よりはないが、王一族並ぐらい神の力はあるだろう。
 この四そういえば天光琳を毒針で刺した振りをした時、本来ならば素早く別の能力を使うことが出来ないのだが、千秋は天光琳を麻痺させる能力と地面に叩きつけられそうになった時、浮かせる能力を瞬時に使った。
 神の力が高くないとできない事だ。低いものは最低でも十秒はかかってしまう。

 話を戻すと、防御結界を二重にするのはかなり神の力を消費する。王一族並の神の力の高さだと、一、二回使えるか使えないかぐらいた。
 そのため防御結界が得意な天俊熙ですら、使うことは無かった。
 ......ということは、千秋はもうほとんど神の力が残っていない。

 千秋は今来る攻撃を防ぐことしか頭になかった。
 その後のことなど......考える余裕すらなかったのだ。

 天光琳は奥義を持って再びまい始めた。
 火の玉がたくさん飛んでくる。
 千秋は最後の力を振り絞り、飛んでくる火の玉に自分の攻撃を重ね、消していく。
 しかし天光琳の方が圧倒的に強い。


「......っ!!」

「千秋(ちあき)!!」


 千秋は吹き飛ばされ、病室の壁にぶつかった。
 強く頭を打ち付けたせいで、視界がぼやけている。
 天光琳はゆっくり歩いていき、千秋の傍でしゃがんだ。

 千秋の目には涙が流れていた。


「どうすれば......よかったの.........?」

「素直に死んでくれればよかったんだ。何をしても無駄だよ」


 天光琳は小刀を作り、千秋の顔の真横を通って壁に突き刺した。
 もう殺される......そう悟った千秋は目を閉じた。


「もっと......僕が......器用な神だったら...よかったのに」

「......」










『い...庵......』

『...千秋(ちあき)......?』


 これは少し前のこと。
 千秋は病室の少し開いた扉の隙間からそっと顔を出した。


『や......やっほー......』

『お前......なんで戻ってきた?』


 千秋はそっと扉開け、病室に入り、京極庵が寝転がっているベッドの横に立った。
 京極庵はこんな姿を千秋に見られるのは初めてでは無い。天光琳たちが桜雲天国に帰ってきて二、三日後にお見舞いにきてくれたからだ。
 それにしてもなぜ今ここにいるのだろう。


『僕さ......もう天国には帰らないよ』

『え...?なんで?』


 京極庵は目を丸くした。
 何があったのだろうか。


『ある神に殺されかけた。だからもう帰りたくないんだ』

『殺されかけた......』


 神にとって、"神に殺されかけた"と言う言葉は聞きなれていない。
 神は殺しなどしないからだ。


『もう光琳には会えなくなっちゃうけど......』

『仲直り......したのか?』


 京極庵がそう言うと、千秋は頷いた。
 この前お見舞いに言った時、天光琳のことも話した。
 京極庵が『天光琳って神、知ってるか?』と聞いたら千秋は目を大きく見開いて、頷いた。
 そして、今は距離感が遠いことを伝えた。
 なんなら、いつもいる仲間が天光琳を殺そうとしていることもだ。

 しかし千秋は殺そうなど一切思っておらず、むしろ昔みたいに戻りたいと思っていた。そのため、京極庵は安心したのだ。


 仲直りしたものの、直ぐに天光琳と離れてしまうことになった。
 桜雲天国にいれば間違えなく睿たちに殺されるだろう。


『来たのはお前だけか?』

『うん。勝手に逃げてきたからね。父上たちはまだ残ってるよ』


 いわゆる家出だ。今頃千秋がいないと焦ってい可能性がある。
 しかし千秋はそんなのどうだって良かった。
 昔は良い父だと思っていたのだが、天光琳をいじめ、王である天宇軒に追放されている。そんな神が父親だと思いたくないのだろう。


『......寝るとこどうすんだよ』

『...決めてない......』


 そういうことは全く考えていなかった。
 とにかく早めに燦爛鳳条国へ逃げたかった。でないと殺されてしまうからだ。


『じゃ、ここで待っとけよ。父さんたち、もう少しで来るから、俺ん家に住みなよ。俺の父さん母さんはお前のこと大好きだからさ。絶対可愛がってくれるよ』

『......そうかな。......ありがとう』


 千秋は照れ笑いした。
 京極庵は"俺ん家"と言っているものの、一生城の病室で過ごすことになるだろう。
 そのため、間違えなく千秋を息子のように可愛がるだろう。そう思ったのだ。

 そして心のどこかで......京極庵は千秋を羨ましく思った。


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