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ー光ー 第三章 旅の後

第四十話 恐怖

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『天光琳様......天光琳様......』

 (!?)


 暗闇の中悪神の声が聞こえた。
 周りには誰もいない。
 暗すぎて自分の足元すらぼんやりとしか見えない。


『聞こえてるのか?聞こえてるなら返事してくれよ、天光琳様』

 (...なぜ悪神の声が...!?)


 天光琳は驚き、暗闇の中どこから悪神が来ても良いように警戒した。


『天光琳様に怪我をさせてしまった...それなのに助けられなかった......謝りたいんだ、だから返事をしてくれないか?』

 (......っ)


 心臓の音がドクンドクンと大きく鳴る。


 ――あの悪神、光琳に何がするつもりなのかしら...


 天麗華が言っていたことを思い出した。


 (......ここから早く逃げなきゃ)


 何をされるか分からない。殺す気はないと言っているとはいえ、安心できない。


『天光琳様、無視しないでくれ』


 声がだんだん大きくなってきた。

 (怖い...怖い......)


 走ろうとしても真っ暗で何も見えないし、...上手く走れない......


 (...そうか。これは夢だ。)


 天光琳はまた悪夢を見ているのだと理解した。
 通りで上手く走れないわけだ。

 夢にまで悪神が出てくるとは......と思った。
 天光琳は安心しため息をついた。




『夢じゃないよ』




「っ!?」


 天光琳は驚き、目を開け、勢いよく起き上がった。


「はぁ......はぁ......」


 汗だくだ。驚きすぎて気持ち悪くなってきた。しかしまだ心臓の音は治まらない。


 (...夢じゃないってどういうこと!?)


 辺りをキョロキョロと見渡した。
 部屋は暗くあまり見えないため余計に怖くなってきた。
 天光琳は掛け布団にくるまった。


 (夢だ...夢だ......絶対に夢......)


 しかし全身の震えが治まらない。


 (落ち着け...僕......落ち着け......)


 心の中でそう言い聞かせ、落ち着こうとした。......とその時。


『驚かせてしまったな』

「ひぃっ!」


 掛け布団にくるまっているはずだが、耳元で悪神の声が聞こえた。

 天光琳は驚き、掛け布団を投げ捨てベッドから降り、部屋の明かりを付けた。
 ...しかし悪神の姿は見えなかった。


 (あれ...?)


 全身が震え、汗も止まらない。息を切らせながら壁にもたれ部屋の中をじっと見つめた。


『天光琳様...?』

「っ!?」


 後ろは壁のはずだが、また耳元で声がして振り返った。しかし悪神の姿は見えない。


「...どうなってるの......!?」

『天光琳様、落ち着いて...』

「いやぁっ!!!」


 天光琳は怖くなって部屋の扉を勢いよく開け、部屋から逃げ出した。
 夜中だが、扉はバンッと大きな音をたて壁にぶつかり跳ね返った。

 天光琳は振り返らず、そのまま廊下を真っ直ぐ走っていく。
 傷が走る度ジンジンと痛む。何度も刃物で刺されているような痛みがはしり、死ぬほど痛い。

 傷口が開いてしまうかもしれないが今はそれどころでは無い。


『逃げないでくれ』

「...っ!!......来ないで!」


 どれだけ走っても、耳元でずっと聞こえてくる。
 走りながら耳を手で塞いだ。


『傷が痛むだろう?走っても意味が無いんだから止まってくれないか?話をしよう』

「......いや......!!」


 天光琳は走るスピードを落とさず、頭を横に振った。
 耳を塞いでいても聞こえてくる。


 (逃げなきゃ...逃げなきゃ...!!!)


 ドンッ


「うっ!!」


 天光琳は前を見ていなかったため、壁にぶつかってしまった。全力で走っていたため、壁にぶつかり、そのまま勢いよく跳ね返って後ろ向きに転んでしまった。

 そして地面に叩きつけられた瞬間、傷から強烈な痛みがはしった。

 それは自然と涙が流れてくるほどの痛みだった。
 天光琳は息を切らせながらヨロヨロと体を起こし、体を丸め、耳を塞いだ。


「助けて...」

『助けて...?...殺さないから大丈夫だ』

「......っ!」


 耳を強く塞いだ。頭が潰れてしまうのではないかと思うほど力を入れている。


『そんなに怖がらなくても良い』

『うぅ......やだ......』


 だんだん声が大きくなる。


『天光琳様...』

「助けて......誰か...!!」




「光琳!!」


 突然後ろから声がして、誰かが天光琳の体を抱きしめた。


「...大丈夫......大丈夫......」


 ...この声は天万姫だ。
 天万姫は声を震わせながら天光琳を強く抱きしめる。


「怖い...怖い......」


 しかし天光琳は震えが止まらなかった。
 パニック状態になっている。


「深呼吸して......」


 天光琳は息を深く吸い、吐いた。
 天万姫が来てから、悪神の声は聞こえなくなった。
 何度も深呼吸をして、天光琳は呼吸を整えた。


「落ち着いた...?大丈夫......?」

「......はい...」


 天万姫は天光琳の背中を優しく撫でながら言った。


「何があったの...?」

「えっと......悪神の声が...聞こえて......」


 天光琳がそう言うと、天万姫は驚き顔色が悪くなった。


「もう一神でいない方が良いわね...」


 天光琳は頷いた。
 悪神を封印するまで......天光琳は一神でいると危険だ。

 悪神はどこまでできるのか分からない。城にはたくさんの護衛神がいるとはいえ、あの悪神の強さからして安心はできない。


「声が聞こえて......それだけだった?他になにかされていない?」

「大丈夫です......」


 落ち着いてきたが、まだ手足の震えは止まらない。
 震える両手を強く握りしめ胸に当てた。
 心臓もまだドクンドクンと大きく鳴っている。


「大丈夫ですかっ!?」


 ...と、突然声が聞こえ、振り返ると一神の護衛神が走ってきた。この神は夜大広間付近で護衛を担当している男神だ。


「今は一応大丈夫よ」


 天万姫は天光琳の様子を伺いながら言った。


 (......あ...)


 天光琳は夜中にも関わらず、扉を勢いよく開け、大きな音を出してしまった。

 そのため、この護衛神は心配して来てくれたのだろう。


「あっ......あぁぁ......」

「どうしたの?」


 天光琳は突然頭を抱えた。
 その様子を見て、天万姫はまたなにかあったのではないかと心配した。

 ...しかしそうではなかった。


「僕......母上を起こしてしまいましたよね......」


 天万姫はポカン...と一瞬かたまり、天光琳が顔を上げた瞬間ふふっと微笑んだ。


「大丈夫よ。元々起きていたから」


 ...とは言っても今は午前二時ぐらいだろう。
 天光琳は時間的に本当は起きていなかった、起こしてしまったのだと分かっているので、申し訳ない気持ちになった。


「何かあったら直ぐに言ってください!直ぐに駆けつけますからね!」


 この護衛神は二十代ぐらいの若い男神だ。
 夜中だと言うのに元気があって、笑顔が輝いている。自然とこちらまで笑顔になるぐらいだ。


「ありがとう」


 天万姫がお礼を言うと、天光琳も「ありがとうございます」とお礼を言い、ぺこりと小さくお辞儀をした。
 護衛神もお辞儀をし、大広間の方へ戻っていった。



 震えが治まってきた。
 安心したのか急に眠たくなってきた天光琳はあくびをした。


「疲れているわよね......今日は私の部屋で寝る?」

「えっ......あー......うーんと......は...はい」


 天光琳が曖昧な返事をすると、天万姫は微笑んだ。
 この年齢で母親と一緒に寝るなんてあまりにも恥ずかしすぎる。

 しかし一神で寝ることは危険すぎるのだ...。
 天光琳は『はい』としか言わざるを得なかった。
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