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32話「冒険者ギルド」(1)
しおりを挟む「──マーシュに会ったのか……?」
クラレンス邸へ帰宅すると、所用で私より先に戻っていたルタ様へ本日の出来事を話した。
「はい。彼はクラリスの街一番の治癒魔法の使い手という事を伺いました。彼に食事の誘いを受け、本日はお断りさせて頂きましたが彼に聞いてみたい事があるのです」
「……そうか、分かった。アイツは俺の旧友でとても優秀な男だ。確かに治癒魔法について聞くのであればマーシュが一番だろう」
「ありがとうございます」
「……だが」
「はっ、はい!」
「抜け目の無い男だ。アンだけではなく俺も付いて行こう。どんな理由があろうと絶対に一人では付いていく事はしないように」
ルタ様もアンもマーシュについて褒めはするが警戒はしている。まだ彼の事を深く知らないので、ここは彼の友人知人の彼らの言葉を聞き入れ、注意しなければいけない。
仮に彼らがマーシュの女癖の悪さを心配しているのであれば、それは要らぬ用心だとは思うのだけれど……。
***
──2日後、マーシュとの食事会が実現する事になった。
場所は冒険者ギルドの食事処の個室(特別客間)。
ルタ様は魔法学校を卒業し騎士団に所属する前は、クラリスの冒険者ギルドで訓練を兼ねたちょっとした仕事をしていたそうで、冒険者ギルドはルタ様にとっても馴染みのある場所らしい。
ルタ様曰く、豪快な料理が自慢らしく、貴族がフラッと立ち寄るような場所ではないし私の口に合うかが不安であるとの事であるが、食べた事のない料理は食べてみたいし、クラリスの街や冒険者ギルドがどのような世界なのか純粋に知りたかったので食事の場所は私から望んで冒険者ギルドにした。
「ケイ様。そうしましたら、本日のお召し物はこちらで如何でしょう」
アンが用意したドレスは、街中でも煌びやかすぎない深い緑色のシンプルな物だ。それに合わせて焦げ茶のミドルブーツをチョイスし、街中でも目立ち過ぎずかといって貴族令嬢である事を全く無くす訳では無い絶妙なバランスでコーディネートしてくれた。
アンは「もっと華やかにしたいのが本音でございます。ケイ様は美しいのでやりがいがありますので!」と言っていたが、食事の場と言っても社交界の様に派手に着飾る必要は無いし、この方が街中でもギルド内でも目立たなくていい。
それにしてもアンは私を「美人」だとか「髪はサラサラでスタイルも抜群」だなんてよく褒めてくれる。クラレンス家に仕える者として贔屓目でルタ様の婚約者である私を見てくれているのはあるのだろうけど、彼女は私に地味だと思っていた自分の事を魅せ方によっては綺麗になれると教えてくれた人物だ。
「今日はこれで大丈夫よ。ありがとう。いつも素敵なコーディネートをしてくれて嬉しい」
「そう言って頂けるととても嬉しく幸せに思います。私はケイ様の為ならいくらでも頑張れます!!」
「ふふ、ありがとう。アンがいてくれて本当によかった」
「……とても嬉しいです。さあ、さて!!ルタ様が1階でお待ちですので向かいましょうか!」
***
「──おはようございます」
自室を出て、1階へと繋がる開けた階段を降りていく。
降りた先には既に準備を終えて私を待っていたと思われるルタ様が立っていた。
ルタ様の服装は上品さも醸し出しつつ、街へ行くには適切な着飾りすぎない動きやすそうな衣服で腰には1本の細めの剣が掛けられていた。漆黒の髪はさらりと靡かせ、少し長い前髪から見える真っ赤な瞳は今日も美しい。
「……おはようケイ。今日も素敵だよ」
「──るっルタ様…」
ルタ様は2階から降りてくる私を見るや否や、私に近寄り手の甲に優しく口付けをする。
ちらりと後ろにいたアンに横目をやると、彼女まで頬を赤く染めていた。
当事者の私は彼のスキンシップに慣れたつもりではあったが、アンの恥ずかしそうな表情を見てコチラまでどんどん顔が火照っていくのが分かった。
「……なんていうか、その。今日もとても綺麗だ」
「あっ…ありがとうございます。ルタ様もその……なんていうか、動きやすそうな服装で……その………」
「ふ。ケイ、他に無かったのかい?」
「ちっ、違うんです!い、いつも!ルタ様は、とても素敵です!!!」
他に言うことがなかった訳ではなく、ルタ様に見とれてしまい言葉が出なかったのだが、その様子を見て彼は私を揶揄う。
こうやって軽い冗談で笑い合うだなんて今まで家族間でも無かった。
全てを否定され続け、自己肯定感は地に着くほど低かった私が褒められて素直に喜べる。新しい環境と優しい人々に囲われて私は少しずつ自分に自信と笑顔を取り戻していく。
「さて、クラリスの街へいこうか。俺もギルドへ行くのは久しい」
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