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〈ヒーロー〉と〈悪役令嬢〉編

【70】ヒーローと悪役令嬢は――

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 あれからシシリーは、ユースタスといっぱい会話した。


 ***


「兄様が、お兄ちゃんじゃないことは、わかってるの。でも、怖かったの。怖かった時があったの。兄様と仲良くしてると、お兄ちゃんのことを思い出して、前世と比べて、それが嫌で。なにが嫌って、兄様は素敵なひとなのに、あんなクズ兄のことが、頭にまだ居て……」
 
 ――前世のママがつくった呪いだから、自分に責任がある気がしたの。私が転生してきたことがキッカケで、ママのシナリオとこの世界は結びついてしまったし。
 お兄ちゃんは私にとって最悪のやつだったし、ママもこの世界にとっては嫌なやつなんだと思う。でもね、それでも、家族だから――全部を恨めなくって。

「兄様との初めては、気持ちよくて。血が出て痛いのに、それよりもっと気持ちよくて。逆に怖かった。心を乱されたくない、怖い、兄様のことを想うとぐちゃぐちゃになる。変になる。また悪役令嬢めいたことをしてしまう。――ねえ、ユウ兄様」


 これが、恋ですか。


「私は、兄様に、恋してしまったのですか」
「……その感情に名前をつけるのは、俺ではなく、他の誰かでもなく、おまえだ。恋ならば、恋でいい。恋でなくともいい。俺も……わかっていないしな。ただ、俺は、シシリーが大好きだ――」


 ――なあ、シエラ。……おまえという娼妓に、身請けが許されないのは、わかっているんだが。
 ――ええ。


「時が来たら、また、俺の家族になってくれるか」
「……はい、もちろん。喜んで」


 ***


 お腹を撫でていた手を、そっと持ち上げて。彼女は薬指の輪を見つめる。ふう、と息を吐く。

 淫紋の日から三ヶ月ほど後の夜、ユースタスは、シシリーに指輪を贈ってくれた。


「……シシリー」
「うん?」
「愛してるよ」
「ええ、私も。どうか無事に帰ってきてね」
「ああ」

 オトメゲームか何かの後処理で、まだ、フィリップは、しなければならないことがあったらしい。

 アリシアの子も生まれて落ち着いたということで、フィリップとユースタスはどこかに出かけた。

「浮気旅行じゃないからな」
「わかってるわよ。――いってらっしゃい」

 シシリーの唇にキスをして、お腹にもキスをして、ユースタスは彼女に手を振った。


 それから、しばらくして。
 フィリップの父王は、王位を息子に譲った。

 フィリップは王に、アリシアは王妃になった。


 ***


 きらびやかな衣装を纏い、ひとりの女が馬車に乗る。その女は、もう、青楼の娼妓ではなかった。労役を背負う罪人でもなかった。

 時は、――とうに明けた。

 身請けとは違う、結婚ともまた違う、ふたりの形で彼らは一緒になった。この関係性に、これと定まる名前はまだない。

 されど、まるで人気娼妓の身請けのように、貴族の結婚のように、彼らは祝福されている。ぽん、ぽーん、と花を投げられている。たくさんの笑顔を向けられている。

 きらきらのシシリーの胸には、おめかしした娘も抱かれていた。今日は元気でごきげんだったからと、ユースタスが馬車に乗せて連れてきてくれていたのだ。

 おリボンがついた淡い金のくるくる髪。ふりふりの服。ぱっちりした青紫の瞳は、辺りを興味深げに見回していた。


 青楼では、ときどき――子どもを生む娼妓がいる。

 避妊薬を飲まずに客の子を孕むのは、その娼妓の独断だったり、客との企みだったり。それで青楼から追い出される女もいる。立場の下がる女もいる。稼ぎ頭の女だと、特別に、子を生み育てることを許されたりもする。


 花街の青楼で無事に子を産んだ娼妓シエラは、みんなから、意味わからないくらい盛大に祝われた。
 生まれたてほやほやの娘は彼に託して労役を続け、働きに働いた。いっぱい働いた。自分の責務は、全力で果たしたかった。

 そうして、ついに解放された後――

 シシリーは納得できるところまで花街の事業を行い、引き継ぎをし、自分に付いていた見習いの教育を済ませてから、城下の花街を出ることに決めた。

 新たな家族三人、一緒のお屋敷で暮らすことにした。

(幸せね。私。縁に恵まれているわ)




「おかえり、シシリー」
「ただいま、ユウ兄様」

 結婚式ではないけれど。

 絢爛豪華なドレスを着て、彼女は大好きなひととキスをする。

「ユウ兄様。目、瞑って」
「ん?」
「私からも、したいの」
「シシリーも俺のキス顔が見てみたい?」
「うん」
「じゃあ、いいよ」

 ふにゃっと笑って、彼女とそっくりの青紫の瞳を輝かせて。ユースタスは、愛する女の望みどおりに目を瞑った。淡い金の睫毛は長く、唇は紅く艶めいて――

「兄様のキス顔も、可愛いわ」
「ん」
「――愛してる」

 ふたりは何度かキスをして。何度もキスをして……。

 魔王城と青楼ばかりで重なってきた彼らは、その日に初めて、自分たちのお家でいちゃいちゃした。
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