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〈ヒーロー〉と〈悪役令嬢〉編
【64】娼妓は −1− 兄の友人に✕✕され、☆
しおりを挟む『――しばらく距離を置こうか、シシリー』
(そう言われて当然ね。私が導いたんだもの)
完全に自業自得だった。下手を打った。
「こんばんは、シエラ」
兄の友人である魔法士が、彼女の夜を買った。
「……こんばんは、カルノ様」
追加項目の玩具や媚薬をたっぷりと付けて。
***
「ユースタス、まだあいつと喧嘩しているのか?」
「殿下のせいなんですが。それに数日程度では解決しません。会ってもいないし」
「九対一で僕が九悪いとしても、残りの一はそっちだろ。――痛っ、アリシア、顔はやめて……ごめんって……」
またもや三人きり、王城の密室で。
今度はフィリップが亀甲縛りにされ、アリシアにぺちぺちと鞭で打たれていた。
「駄目ですよ、フィリップ様。あんな卑猥な魔法を勝手にかけては」
「妃殿下、もっと強く叩いてさしあげてください」
で、シシリーとの仲は深まったか? と阿呆面で言うフィリップを先ほどユースタスが殴ろうとしたら、あっさりと避けられてしまい。
ユースタスがフィリップに手を上げようとした異常事態にアリシアからの尋問が始まり、かくかくしかじかで、今フィリップはお仕置きをされている。
「アリシアに叩かれるのは、痛っ、ご褒美だけど……ユウ兄に見られるのは気に食わないな……」
「俺だって貴方の前で縛られたし、貴方に監視されていた。どうにかしてください、その盗聴・盗撮癖」
アリシアが海辺の花街に居た頃、様子を見にいったユースタスに盗聴術を仕掛けていたように。
フィリップは先日のシシリーとユースタスの絡みを盗撮して、魔法石に保存していた。他の女の淫らな姿を見るんですね? 私に隠して? へえ? とアリシアはお冠だ。無理もない。
愛しいアリシアのためにと幸福や快楽の追求には余念がない、ただし、どこかズレている王子様である。
「……シシリーは、ほら、昔から、ユースタスが好きじゃないか。ツンデレだけど。濃厚いちゃらぶをしたら素直になるかと思っていたのだが……逆効果だったみたいだな……」
「…………本当に、あいつは、俺のことが好きなんでしょうか」
「珍しく弱気だな、あぅ痛っ」
「フィリップ様、私との行為が抑えめで欲求不満だからって、他の方で遊んではいけません。きちんと反省しておりますか?」
「欲求不満ではない、と思うが。ん、反省してるよ……ごめんね……」
「――ユースタス様」
「はい」
アリシアとユースタスは目配せしあい、昔のように――オトメゲームの呪いと戦っていた時のように頷きあう。
彼女はベチベチとフィリップを鞭打つのを止め、ユースタスの正面に向かった。フィリップは縛ったまま放置だ。「アリシアぁ」などと鳴いているのも無視しておく。
「すみません、うちの夫が。ずっと浮かれているのです。浮かれぽんちなのです」
「いえ、御子様がお元気なのは何よりですよ」
「……無事に生まれてくれるといいのですが」
アリシアは曖昧に微笑み、自らの腹を撫でる。
懐妊がわかってから、数カ月。今の調子は安定していると、ユースタスもフィリップから聞いている。
ただ、初めてのこと、特にアリシアは不安も大きいのだろう。当時の犯人はわかっているが、幼い頃に毒を盛られたこともある彼女だ。
無責任に慰めるのも違う気がして、ユースタスは口を噤んだ。
しばらくの沈黙の後、「彼女のことですが……」とアリシアは話を始める。
「はい、妃殿下」
「花街での労役は、なにも、遊女となることを義務とするものではありません。貴方もご存知かと思いますが、彼女と共に花街行きになった母君は、平民向けの薬や魔術をつくって働いております」
「そうですね。王侯貴族として生きてきた者らしい働き方だと。我が母らしくもなく、ありきたりな選択をしているようです」
なんというか、自由奔放な母親だった。今のおとなしさには正直びっくりしている。
王女に公爵夫人にと窮屈な立場で生きてきた母にとって――その立場にある時でも好き勝手にしていたが――花街での生活は新鮮で楽しいのかもしれない。よくわからない。
追放後も満喫するなんて、この悪役令嬢の母らしいわねとシシリーは笑っていた。落ちぶれた母のことを話す時のシシリーも可愛かったものだ。
「ですが、シシリーさんは……彼女の世界の〝続編ゲーム〟が〝そう〟だとしても、彼女が娼妓になる必要はないのに、そうしていますよね」
アリシアが何を言わんとしているのか、ユースタスにもすぐにわかった。
「オトメゲームの呪いが起こるのは、数十年から数百年おきのこと。すなわち、異世界の〝続編シナリオ〟は、この世界に影響を及ぼさない。俺らは、続編のようには操られない。
だからこそ、あいつは死の道を回避するために尽力しなければならなかった。生存した道の〝悪役令嬢〟のその後を描く物語は、この世界の〝筋書き〟とは関係ないから」
「そのとおりです。けれど、シシリーさんは、続編のことを言い訳にしているようではありませんか? どうせ体を売る運命だからと、諦めているみたいに」
「……そう、ですね」
「言い方を改めましょうか。――彼女は、何かを無理やり諦めようとしているように私は感じます」
アリシアの碧色の瞳は、ユースタスを真っ直ぐに見据える。
子どもの頃から知る女の子は、今も並の大人よりは小さいが、それでも力強く成長していた。
「私たちは、シシリーさんの前世について、ユースタス様ほど知っているわけではありません。ですが、彼女の心の傷が深いであろうことは、察しております。
先の呪いの物語のヒロインだったくせに、ヒロインの能力をもっていない私だけれど。それでも、シシリーさんがユースタス様を想っていることくらい、わかります。好感度が見えなくても。
シシリーさんは、ユースタス様の好感度が見えますね。貴方が彼女を愛していることは、そういう意味では、彼女に伝わっている。でも、おふたりは実の兄妹で……――すみません、こんな立場から、お節介して」
「いえ」
ユースタスは、なぜか泣きそうになっていた。
年下の幼馴染に心配されて、仲睦まじいフィリップとアリシアが羨ましくて。自分から距離を置こうと言ったくせに早くシシリーに会いたくて。
感情がぐちゃぐちゃだった。
「ユースタス様。私は、おふたりにも、幸せになってほしい」
「はい」
「あなたたちを応援しているのは、私たちだけではないこと、貴方も知っているでしょう」
「花街の者たちや、他の攻略対象のことですか」
「私の攻略対象であって、彼女の攻略対象ではない彼らでも、シシリーさんのことは心配しています。フィリップ様に捕らわれたりなどしていた時に、貴方やシシリーさんの様子も見聞きしていたからでしょうね。好意的に見ているようです。花街の方々は、言わずもがな」
「……シシリーは、本当に、俺のこと……」
「彼女も大人ですもの、その意思は、大切にしたいですよね。私もそうです。ただ、おかしな後悔は、してほしくない。これも私のワガママです」
アリシアはニコッと花が咲くように笑み、「お耳をお貸しくださいな」と愛らしく言った。
ユースタスは唯々諾々と身を屈め、彼女に近づく。フィリップが何やら喚いているが、まあ大丈夫だろう。
「今夜、貴方の愛しいひとの夜は、とある魔法士に買われております。ずるだけど、伝えておきますね」
「……ありがとうございます。妃殿下」
「悪役王子の妻ですから」
その響きは悪戯っぽく、悪魔というより小悪魔らしかった。
「フィリップ様のお仕置きは、私にお任せを。今日はもう下がって構いません」
「では、失礼いたします。王太子殿下、王太子妃殿下」
ニヤリと不敵な笑みを交わして、アリシアとユースタスは会話を終える。
ひらひらと彼女に手を振られ、ユースタスは部屋を後にした。
フィリップお得意の防音魔法により、中の音声は、もう聞こえない。
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