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〈ヒーロー〉と〈悪役令嬢〉編

【55】シシリー・セルナサスと初夜 −2− ★

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(どうしたのかしら、私、すごくドキドキしているわ)

 ユースタスの裸の胸に体重をかけ、シシリーは密かに首を傾げた。自分の胸の高鳴りの理由がよくわからなかった。

 単に性交を前にしたがゆえの心の動きとはちょっと違う気がして、でも、そこから先へは進めない。考えようとしても、頭に靄が掛かったようになってしまう。変な話だ。

(まあ、べつに、なんでもいいわ)

 ドキドキを掻き消してもらえるように、ふたつの膨らみをぎゅっと向こうに押しつけて。
 男の武人らしい厚みと張りを感じる彼の背中にそわそわと触れながら、シシリーは彼がどのように動くのかを待つ。待つ。待つ。しかしユースタスはなかなか動かない。

 裸の彼とドレスの彼女と、ただのハグが続く。

(ん……兄様の匂い……いい匂い……)

 ふと強く感じた。青楼らしい甘い香の匂いのなかに、嗅ぎ慣れた彼の匂いが心地よく交わっている。

 そういえば、小さい頃も、大人になってからも、彼の匂いを嫌だと感じたことはなかった。ふざけて『汗臭いから離れてよっ!』なんて言うことはあっても、実は本気で嫌だったことは一度もなかった。

 やはり彼も攻略対象、いつ何時もヒーロー様が臭うなんてあり得ない、ということか。
 ヒロインのアリシアも、常にいい匂いだった。悪役令嬢シシリーにはそこまでの優遇はない。
 そう思うと、ちょっとだけ、唇を尖らせたい気分になってくる。が、それよりも。

(なんか……兄様の匂い、好き……かも、しれない)

 色欲を煽る香や媚薬酒のつくった雰囲気に惑わされてか、そんなことまで思いだす。
 シシリーは彼の首筋に唇を寄せ、ちゅっと音をたてて口づけてから、すんすんと匂いを嗅いでみた。すごくよかった。

(いい匂い)

 恥ずかしいのに止まれない。兄の匂いを喜んで嗅いでしまう。熱い吐息が彼の首筋にこぼれる。ちゅっ、ちゅっと口づけを繰り返す。匂いを嗅ぐ。

「んぅ……ぅ……はぅ……」

 ついつい変な声まで出してしまった。ドレスの布を隔ててお腹あたりに触れていた彼のものが、むくむくとさらに大きくなるのを感じる。

 そこで、ようやく、彼のそこ以外も再び動きはじめた。

「大丈夫、大丈夫……、大丈夫だ、シシリー……」

 妹を励ます兄らしく声を掛けながら、ユースタスはシシリーの背や腰を優しく撫でた。

「ん……」

 なぜかいやらしさを感じさせない手付きに、シシリーの体からはゆるゆると力が抜けていく。

 性的な意味でなく、ただ気持ちいい。ほっとする。

 彼の雄はますます元気になっているのにもかかわらず。彼の手からは、シシリーを傷つける気配が微塵も感じられない。気持ちいい。

「今日も可愛いな、シシリー。ずっと可愛いよ」
「兄様、優しすぎて……、なんか変です」
「怖いか?」
「んーん。こわくない」

 ゆっくりと抱擁の力を解かれて、シシリーの身体は一時、彼から離れた。
 彼の匂いがもう恋しくて、自分の鼻や頬に触れてみる。これまで匂い好きの自覚はなかったので気恥ずかしい。

「ユウ兄様……」

 兄の美しいかんばせを、シシリーは再びそっと見上げる。彼の傍らに浮かぶ好感度の花は、やっぱりと言うべきか――今も黒の上限値カンストと、ずっと変わらない。

 ユースタスに愛されていることを、【バグ】った悪役令嬢シシリーは昔から知っている。この兄の愛を、想いを、優しさを、いつもこの身に浴びてきた。

「また抱っこするぞ、シシリー、ほら」
「うんっ」

 騎士ユースタスは体勢を整え、彼女を抱き、お姫様抱っこのままベッドに腰を落とした姿勢になった。彼は彼女の顔をじっと見る。愛おしげに眦を染める。

「シシリー、平気か」
「ええ……」

 ユースタスの瞳に映るのは、可愛い妹の顔で、誰よりも愛しい女の顔だった。

 左の腕に彼女の頭を載せ、左手で彼女の肩に触れる。右手で触れた妹のドレスの腹部には、彼の透明な体液がじわりと滲み込んでいる。

 彼と彼女の関係は、今日こうしなくても、とうに爛れていた。

 シシリーが兄の男根を見るのは今宵が初めてではないし、ユースタスだって妹のいろいろを見た経験がないわけではない。

 ただ、それでも、男と女として寝るのは今夜が初めてだ。

「なあ、シシリー。俺は、この世界のおまえの兄だが。あいつとは、まるきり違う男なんだ」
「はい、知っております」

 兄騎士の力強い瞳に射抜かれて、妹娼妓はふにゃりとやわらかく笑んだ。兄は妹の華奢な肩をぐっと胸に抱き寄せ、首筋に口づける。彼女の首元で言葉を続ける。

「嫌なら、殴ってくれていい。肌をつねったっていい。髪を引っぱって、むしったっていい。噛んでもいい。俺は騎士で、やわじゃないから。可愛いおまえに何をされても許せるんだ」
「はい」
「だから、――本気で嫌なら、怖くなったら、伝えてくれ。絶対に止める。無理やりはしない」
「はい、ユウ兄様」

 ユースタスは身を起こし、シシリーの頬に口づけた。そして視線を絡ませ、はっきりと言う。

「こういうことになったから、俺は客で、おまえは買われた娼妓だが。俺は、おまえを愛してる。シシリー」

 シシリーはこくりと頷き、なんとなく目を瞑った。するとユースタスからキスが降ってきて、ぬるりと口内に舌を挿れられる。

「あ、ぁ……」
「可愛いな、おまえ」

 ユースタスはくすりと笑って、すぐにキスをやめてしまった。シシリーはもどかしくて、とろんと瞼を開ける。また目が合う。

 彼との行為は、とてもゆっくり、もたもたと優しく進んでいる気がする。

「にいさま」
「キスしながら、触るぞ」
「はい……っ、あ」

 そろそろとお腹から下へと動いていった手が、股の間でぴたりと止まる。これは、もう性的なやつだ。シシリーはドキリとする。
 ドレスの生地を内腿に噛ませるように服の上から触られ、股を擦られる。すりすりという優しい愛撫に、じわじわと芯が熱くなる。

「ん……っ、ふぁ、あ」
「このままイけそうか」
「わ、わかんな、あぁっ」

 次いだキスはさらに深くなり、口元でくちゅくちゅといやらしい音がたった。
 キスをして、離して、話して、またキスをして。彼の唇は言葉を掛けたり責めたりを繰り返す。

「に、ぃ、さま……」
「じゃあ、ちょっと強くするな」
「あっ、んんっ」

 爪先でかりかりと一点を引っ掻かれ、腰が跳ねる。シシリーは衝撃で彼の舌を軽く噛んでしまった。
 絡む味に鉄の香りが混ざる。ユースタスはまた様子を窺うように顔を上げ、唇を離した。

「……ん、嫌?」
「め、ごめんなさい、あ……噛んじゃった……や、嫌じゃない、やじゃない……続けて……?」
「ああ、謝らなくていい、俺が驚かせたんだ……。もうちょっと弱く、そっと……」
「っ! あぁ! んむっ」

 またも唇を奪われ、布に包まれた花芽をすりすりと擦られる。指の腹で触れられ、ときどき爪先で掻かれ、気持ちよくなってしまう。

「好きだ、シシリー……」
「はぁっん、あぁ!」

 透明な糸をひいた彼女の唇は、今度、淫らな声を乗せてひらいた。

「そこっ、っく」
「ん、女の子の敏感なところだな」
「うぅ、あぅ」
「痛くはないか」
「んっ、……やぁっ、あ」
「こんなにも可愛い声を出すんだな、シシリーは」

 兄は意地悪げに笑って言って、彼女の唇をぺろりと舐めた。かりかりとまた敏感な芽を掻きながら、色気にまみれた声で言う。

「俺にキスされてイけ、体で覚えろ」
「~~っ!」

 また唇を塞がれて、舌を絡められ、ドレスを着たままに花芽を弄られる。鋭い快楽が芽の先から体の中へと走り、全身に伝播する。

(やだ、気持ちいい、きもちいい……っ)

 酸素不足のせいか快楽のせいか頭がクラクラとして、シシリーは今にも果てそうだった。

「っ、うぁ――」

 可愛くない低い声が唇の隙間から漏れ、腰が大きく跳ね上がる。びくびくっと情けないくらいに身体が震えた。
 じゅわっと股の間が熱くなり、濡れてしまったことが恥ずかしい。恥ずかしくてたまらない。

「あっ、あぁ」
「ちゃんとイけたな、偉い偉い。キスも上手だ」
「ば、馬鹿に、しないでよ……!」
「今度は下着の上からしてみようか」

 休む間もなくスカートの中に手を入れられて、また淫芽を愛でられる。
 今度は優しく擦ったり爪先で引っ掻いたりするだけでなく、指先できゅっと摘まんだり、ぐりぐりと押し潰したりもされた。

「――に、さま、にーさま、いく、イくっ」
「ん、イって、俺に気持ちよくされるの、覚えて」
「あぁ、はぁん――っ!」

 だらしなく大きな声を上げ、シシリーはまた果ててしまった。

「もう汗でべたべたして、気持ち悪いか……? なあ、脱がしてい?」
「っ、勝手にしてっ! 馬鹿! 馬鹿兄様!」
「はいはい、んじゃあ、力抜いて? よいしょっと」
「ふざけて、妹扱いするのもやめてよっ、……妹だけど、落ち着かないの……。もっと、いっそ酷く、して」
「んー、酷くは、しないな」

 ユースタスはにこにこと楽しそうにシシリーのドレスの留め具や紐に手をかけて、てきぱきと脱がせた。

 ぷるんっと晒された膨らみに、彼の手がそっと触れる。
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