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〈悪役王子〉と〈ヒロイン〉王都編

【47】悪役王子とヒロインの結婚 −前夜− ☆

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 王弟が仕掛けた魔術の炎で燃やされた記憶の保管庫は、フィリップらが帰ってくる前に、魔王の魔法で密かに修復されたらしい――アリシアは、またまたフィリップから、そう聞かされた。
 そういえば、貴方様と〝体〟が魔界に飛んでくる前は燃えていましたね。と彼女が頷くと、フィリップはちょっと驚いた顔をした。

『わかる、のか? 覚えているのか?』
『ええ。私の心が魔界へと逃げていた時に、体の私が過ごしていた王都でのことは。すべて覚えております。――私の心をすくうために、とても頑張ってくださったのですね。ありがとうございます。殿下』
『ああ』
『あんなにも求められていたのに、逃げてごめんなさい。貴方様の想いを汲めずに、ひとりで拗ねて、諦めて……』
『いいよ。今、伝わっているなら。隣にいてくれるなら、それでいい――あっ、これは、アリシア・テリフィルアという名の人間がいればいいという話ではなくて。きみの心も、記憶も、欲しいからな。きみの心の一欠片でも、また逃げたら魔界に乗り込むぞ』
『はいっ! その時は受けて立ちます……って、もう逃げませんよ、うふふ』

 体と心が分かれていた頃のふたつの記憶は、魔界で彼に黒魔術を壊された時に、ひとつになって馴染んでいた。
 彼に見せられた〝知らない記憶〟も、劇場で観る物語のような形ではあるけれど覚えている。
 もっとたくさんある、彼の優しさに消された記憶も、ゆっくりと。

「――大丈夫か、アリシア。つらくはない?」
「ええ、平気です。ありがとうございます、フィリップ様」

 今宵も、離宮の寝室のベッドの上で。
 フィリップは魔法石に向けて〝記憶・再生〟の詠唱をし、アリシアにその中身を見せてくれた。
 演劇を鑑賞するように、ふたりは過去の記憶を覗く。記憶を見たり、魔術を見たり、話したり。知らなかったことを共有する。重ねていく。
 アリシアとフィリップは、あれから、いろいろな話をした。
 人生最大のすれ違いを乗り越えたからだろうか、ふたりの愛は、よりいっそう深まったようだった。

『きみの魅了の黒魔術を、ちょっと僕にかけてみてくれない? それでいちゃいちゃしよ?』
『えっ、え?』
『黒魔術のことも、もっと知りたいから。ね? お願いアリシア』

 そう、ねだるフィリップにアリシアが応え、魅了の魔術を纏った彼といちゃいちゃしたこともあった。
 とろけるように甘やかされ、いつもより〝好き〟をいっぱい言われた……気がする。

(あの時も、フィリップ様は、フィリップ様だったわね。その芯は、お変わりなかったわ)

 あの夜の後のほうのことは、実はよく覚えていない。ぐちゅぐちゅにされて、ほわほわとして、ただひたすらに甘くて幸せだった。
 ふたりとも気づいたら眠っていて、起きた時には一緒にくすくすと笑った。
 ――黒魔術。
 それは、人を操ったり、傷つけたりする魔術。
 惚れてほしい、愛してほしい、と。人の恋心にはたらきかける魔術も黒魔術。アリシアはそれが得意だった。
 きみはバグったヒロインだから、その才能があったのかもな。とフィリップは寝室で言っていた。
 アリシアは、このオトメゲームのシナリオのヒロインで。けれど、なぜか生じた【バグ】により、彼女には〝やり直す〟力も〝好感度を見る〟力もなかった。その力は、悪役令嬢のシシリーが代わりにもっていた。
 だから、やり直せないアリシアのために、フィリップやシシリー、ユースタスは、彼女を守ろうとしたのだ。
 演技や魔法をもって、アリシアが生き延びる道をつくってくれた。
 そしてアリシアは、きっと好感度を見られないからこそ、黒魔術を学んでフィリップの愛を勝手に育てたり、彼からの愛を試すような真似をしたりした。
 みんなから大事なことを教えてもらえず、ひとりだけ隠され、守られてばかりだという疎外感や不安感は、アリシアの心をいくらか捻くれさせてしまったけれど。
 愛するフィリップを守り、より愛されたいという願いから身につけた黒魔術は、アリシアに悪女らしい力をも抱えさせてしまったけれど。
 フィリップが、彼女を肯定する言葉をくれたから、

『――きみの黒魔術は、何度も僕を助けてくれたよ。きみが密かにくれたメモの数々は、王弟と闘う武器になってくれた。
 悪いやつらも使う黒魔術だからこそ、きみの知識はやつらを裁く武器になる。アリシアの才能と努力は、決して悪いものじゃないんだよ。
 僕を殺そうとした王弟を止めてくれたのも、アリシアなんだろう? きみは、その力を後ろめたく思わなくていいんだ。誇っていいんだ』

 もう、アリシアは、王妃の道から逃げることはないと思う。
 この生き方をフィリップが許してくれるなら、道を外れることはないと思う。

『僕らが求めあうことも、悪いことじゃない。たとえ子づくりの時じゃなくても、好きだから、触れあいたい。触れたら嬉しい、気持ちいい。普通のことだよ。もう我慢しなくていいんだよ。いっぱい仲良くしよう、アリシア。そして、さ』

 幸せだ――と思った。
 愛するひとに、こんなにも想われて。
 愛されて。許されて。求められて。
 来世まで隣にいてくれと願われて。
 また妃になってくれ――と。

『僕が魔王位を継ぐときには、きみに妃になってほしい。きみと一緒に、世界を変えたい。オトメゲームの呪いを根源から破壊したい。
 もう、誰も、理不尽に操られないようにしたいんだ。神に遊ばれるのを、縛られるのを止めたい。
 あのね、オトメゲームの呪いを動かす基盤は、魔王城の奥にあるんだって。僕の魔法と、きみの魔術なら、きっと』

 ある夜に告げられた彼の願いに、アリシアは、力強く頷いた。
 彼が魔王になる時も、自分が妃として隣にいよう。そう、やわらかなキスとともに誓いを交わした。


 ***


「――アリシア様。お綺麗ですよ。なんて麗しいのでしょう」
「ありがとう、ヘレン」
「殿下も、きっと惚れ惚れなさることでしょう」
「ふふ、そうね」

 純白のウエディングドレスを纏ったアリシアは、親愛なる侍女に向けてふわりと笑った。
 フィリップ王太子と、アリシア・テリフィルア侯爵令嬢。
 今日は、ふたりの結婚式の日である。
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