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〈悪役王子〉と〈ヒロイン〉王都編
【33】オトメゲームと悪役王子 −side 王子−
しおりを挟むミラフーユ王国、王都、王太子の離宮にて。
アリシアの隣で朝を迎えたフィリップは、この一週間のことを思う。
(僕は、間違えずに進めただろうか)
彼の最愛の婚約者アリシアは、昨日まで、国の南方にある花街で暮らしていた。
他の男に彼女を奪われないようにと無理をしたフィリップは、なんとか彼女の貞操と命を守ることには成功したものの、その心までをうまく守れたかについては自信がなかった。
穏やかな顔ですやすやと眠る彼女の頬を撫でながら、青楼での彼女の表情や声を思い出し、ズキリと胸を痛める。
(か弱い彼女に、連日、激しい行為を強いてしまったな。他の男の代わりに僕が場面を演じて、精霊や神々に見せつけることで乗り切ろうとしたわけだが……。
変身してあの場にいると、精霊たちは僕を本物の〝攻略対象〟だと認識したのだろう。そこまで騙せたのは幸いだが、覚悟していた僕さえも呪いに惑わされた時があったことは、否めない。……やりすぎた)
この大陸には――古来より〝オトメゲーム〟と呼ばれる呪いが存在する。
これは神の思し召しに応えた精霊によって起こされるものであって、人間の手で始められるものでもなければ終わらせられるものでもない。
フィリップやアリシアは、その呪いに巻き込まれる国と時代に生まれた人間だった。
(魔王と契約して得た力があっても、神を相手には苦戦するというわけだな。またアリシアに無理をさせて……。もっと鍛えて、強くならなければ。己を律することができるように、ならなければ)
王宮に残された資料と転生令嬢シシリーの言葉によれば、オトメゲームの呪いは、異世界にある物語どおりに事が進むようにこの世界を操る。人間の心や記憶までをも操作する。
シシリーの元いた世界にあるオトメゲームなるものは、ひとりの令嬢を主人公とし、彼女が美麗な男子たちと愛を紡ぐ様を楽しむ絵物語だった。読者の前には時に選択肢が提示され、その選択によって、彼女の恋の相手や物語の展開が変化するという。
(その物語において、僕は〝悪役〟。ヒロインの恋の邪魔者。当て馬。執着して愛して。病んで愛して。間違いの選択肢を選んだ彼女を、愛を盾に殺してしまう。
〝やり直し〟が存在するゲームだからこその物語だとシシリーは言っていたっけ。これは〝恋愛シミュレーションゲーム〟でありながら、一種の〝ヤンデレホラーゲーム〟なのだと。
さらに彼女の言葉を借りるなら〝束縛メンヘラ王子〟と上手に別れて〝新しい恋人様〟と幸せになりましょう――というのが、この物語の〝王道攻略〟らしい。……ただ)
昨晩、眠りにつく前にキスしたアリシアの唇を指先でそっと撫で、彼は癒やしを求めてふにふにと触る。「ん……」と小さく可愛らしい声が漏れた。フィリップはひとり微笑んだ。
(彼女いわく、ヒロインを他の男に奪われた〝悪役王子フィリップ〟は自殺するうえ、〝悪役令嬢シシリー〟はヒロインを害する悪事の数々を理由に処罰される。一部の結末では、彼女まで僕に殺される。全員が生き残れるのは、今、僕らが進もうとしている道――〝隠しエンディング〟だけなんだ)
彼がアリシアと共にシシリーの協力者になったのは、学院入学時の十三歳の頃のこと。
この時からフィリップたちはオトメゲームの呪いと戦う覚悟を決め、国を揺るがす大事件を起こさせぬようにと、最悪の結末は回避せねばと、過去の資料も頼りにオトメゲームの研究を進めた。
精霊たちを騙す場面を作るとともに、起きてしまった事件を無事に解決して生き残れるよう、魔法や魔術の訓練に励んだ。呪いに記憶を操作されても真実を思い出せるようにと、自分たちで記憶を保存・復元させる魔法や魔術を作った。
この時のフィリップらは、まだ、今ほどにはオトメゲームのことを理解できていなかったのだ。
(目の前に現れた問題を、みんなで解決して。頭脳と魔法で戦うって感じで。あの頃は、楽しかったなぁ)
アリシアが仲間にいない――彼女に隠した協力関係を結んだのは、フィリップが十六歳の頃のこと。その時から、フィリップとアリシアの記憶はすれ違いはじめた。
(きみが覚えていない時のきみのことも、僕はすべて、愛していたよ)
彼はアリシアに口づけ、薄紅の髪を撫でる。しばらくすると彼女はぱちりと瞳を露わにし、澄んだ碧色でフィリップを捉えた。
「おはよう……ございます。殿下……」
「ん。おはよ、アリシア。よく眠れた?」
「まだ眠たい……です」
「じゃあ、まだ寝てていいよ。ゆっくり休んでね」
フィリップは努めて優しい口調で言って、もぞもぞと近づいてきたアリシアを抱きとめる。大好きな髪に頬を寄せる。魔王との契約を思って心を縛り、これ以上は欲情せぬようにと我慢した。
(結婚するまでは、しない。本当に、しないよ。まだ頑張る。頑張れる。あの日までは、キスまでで)
この時――
フィリップが最後まで彼女を抱かない理由を知らないアリシアは、また夢の中で彼に愛されている。彼女の心は、彼の想像をあっさりと上回る。
この〝キスまでしかしない〟という彼の選択こそが、彼の恐れる〝間違い〟だと、彼はその時が来るまで気付けない。
(――ああ、でも、この事件をなくしては)
数日後、眠るアリシアを胸に抱いて彼は思う。
(僕は、アリシアを永遠に知れなかったのかもしれない――……)
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