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〈悪役王子〉と〈ヒロイン〉花街編
【28】七日目、開幕 ☆
しおりを挟むいつか――彼と一緒に読んだ、あの物語のように。
魔法が得意な平民の青年に愛され、美しい魔法のドレスを贈られた平民の娘が、舞踏会にて出会った王子様に見初められ、かの青年の手に届かない存在になってしまう物語のあの場面のように。
魔力の光に包まれてドレスアップした姫君が、また光の中で田舎娘に戻るように。切ない時間切れを迎えるように。
ふたりの魔王様は光り輝いて、どちらが残るでも消えるでもなく、ひとりのフィリップに戻った。
『ふぃ、フィリップさま……っ』
数日ぶりにその顔を見たアリシアは、嬉しくなって彼に抱きつき、さらにじっくりと見つめようとする。しかし彼は『おはよう、アリシア』と言うや否や、彼女の目元を手のひらで覆い隠してしまった。
『きゃ!?』
『今は、見ないで』
『……なんでですか…………?』
しょんぼりと落ち込んだ声を出した彼女に、彼は『ごめんね』と優しく、しかし有無を言わせぬ調子で言う。
アリシアの唇をそっと撫でた彼のもう片方の手の指先を、彼女は歯の先で捕まえた。甘えるように、逃さないように、やわらかく彼を噛む。
『もうちょっとで、きみを迎えにこられるから。今夜また会いにくるから。一旦ばいばいできる?』
やだやだ。とアリシアは小さく首を横に振る。完全に甘えていた。ワガママをしていた。
『じゃあ……これは、ばいばいじゃなくて〝いってきます〟ってことにしよう。〝いってらっしゃい〟のちゅー、してくれる?』
『……貴方様は、ずるいです』
『ん。ごめんね』
唇から頬へと触れられ、彼の顔が近づく気配を感じる。もう一方の手につくられた闇の中で、アリシアは目を瞑った。
唇から熱が離れると、彼女は寝言のように呟く。
『ねえ、殿下……』
『うん? なぁに?』
『私は……このシナリオの主人公だったのですか。どうして、私にだけ、いつも……オトメゲームのことを、ご存知のことを、隠されるのですか』
『…………今、僕ときみが会ってしまったのも、【バグ】のようなものだから、言ってしまうけど。きみは、きみたちは――』
ばぐっているんだ。……と。
フィリップは、アリシアの知らない言葉をこぼした。
『また、今夜のイベントで、ね。……いってきます』
そうして彼の手は、ふっと一瞬で離れていった。転移魔法で王都に帰ってしまったのだ。アリシアはベッドの上にひとりぼっちになって、すんと洟をすすった。自らの目元に触れた。
これが――七日目の朝のこと。
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