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〈悪役王子〉と〈ヒロイン〉花街編
【13】三日目、開幕
しおりを挟む十歳の頃――アリシアは、死にかけたことがある。王宮での茶会で、何者かに毒を盛られて。生死の境を彷徨ったことがある。
『アリシア。ねえ、アリシア。お願いだから、死なないで……』
深い、深い、眠りの中で。
まだ幼かった同い年の婚約者に、必死に声をかけてもらっていたこと。ぎゅっと手を握ってもらっていたこと。それを、なんとなくだけれど覚えている。
彼の真っ直ぐな強さが、途絶えてしまいそうな命を励まして引き上げてくれた。
あの日の事件から、ふたりの関係性はどこか変わった。
アリシアは毒による後遺症を抱え、これまでのように順調には発育できない体となった。成長期を迎えたフィリップとの体格差は、みるみるうちに開いていった。
線が細く可愛らしい少年から逞しい大人の男性へと育っていく彼の姿をそばで見守れたことはアリシアの幸福で、けれど自分の体の未熟さや釣り合わなさを思うといつも切なくなった。後ろめたかった。
虚弱になったアリシアの体では、未来の王妃の座は務まらない、と。反対派の声が大きくなってきたのもその頃からだ。
フィリップはそんな彼女を守るように、日に日に力をつけていった。人を操る言葉を覚え、人と戦う剣を覚えた。アリシアを守るためにと行動することが多くなった。
得意の魔法の腕をさらに磨いて、彼女を害そうとした者を自動的に罰する魔法もつくった。アリシアの胸や腹、首や唇といった大事なところに触れようとした男を阻んで傷つけるような魔法もつくった。
頑張りすぎる彼の姿には胸が痛んだけれど、自分のためにここまでしてくれるのは、確かに嬉しかった。自分も彼のために頑張ろうとも思えた。
それから、ふたりは日常的にキスする仲となった。
『アリシア。大好きだよ』
『……私も。好きです』
ただ唇と唇を触れ合わすだけの幼い触れ合い。それがふたりの想いを繋ぐ何かになった。
十一歳、十二歳、十三歳、ふたりは一緒に成長していく。十三の春には、共に魔法魔術学院に入学した。アリシアは魔術学科の生徒で、フィリップは魔法学科の生徒。
この頃のアリシアを王太子婚約者の座から降ろそうとする反対派の運動は、なんとも酷いものだった。アリシアになかなか月の物が来ないことを理由に、彼らは彼女の居場所を徹底的に奪おうとしていた。精神を病んでしまえとでも期待したのか、彼女の心を壊すように蔑みもした。
フィリップは、彼女を侮辱する輩を潰そうと躍起になった。アリシアは〝もっと成長しよう〟〝強くなろう〟と必死だった。どうしても彼と一緒にいたかった。もう絶対に離れたくないくらい大好きだった。
十四歳、十五歳頃、アリシアが未だにその座を譲らないことに我慢ならなくなったのか、暗殺未遂事件がいくつか起きた。危ない目に何度も遭って、それでも、すべてを彼に救われた。
そして迎えた――十六歳の春。
『僕の名前を、呼んでくれ』
ようやく、初めて、無事に月の物が来た日のことを。まだ彼の隣にいてもいいのだと思えた日のことを、初めて彼の名を呼べた日のことを、アリシアは一生忘れないと思う。
『フィリップさま――』
決して忘れまいと――心から、思っていた。
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