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37話・花園のプロポーズ
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翌朝、アシュリーは目が覚めた時、花園に行こうと思った。フェアリーに戻れないと気付いて大泣きしてから今日まで、どうしても足が向かなかった。誰もいない静かな花園を見るのが怖かった。
でも今日は、自分の行動の結果に、自分の運命かもしれないものに、ちゃんと向き合ってみたくなったのだ。
思い立ったら朝食の時間を待つのもまどろっこしく、着替えるとすぐに外に出た。まだ、日は低く少し霧がかかっていて肌寒い。
「アシュリー!」
花壇の広場へ続く階段を降りかけたとき、呼びかけられて振り向くとディーンだった。
「朝早くからまたそんなに薄着で……君は懲りていないのか?」
「あ、ディーン、おはよ……」
「おはよう」
言葉では怒っているが、そっとショールを肩にかけかけてくれる。どうやら、出かけるアシュリーに気づいて、これを持って追いかけてきてくれたらしい。
「ありがと……」
「今日は天気は良さそうだけど……元気なつもりでも病み上がりで身体は弱ってるから、無理しないで欲しい」
「わかった」
「ん」
「待って!」
ディーンが戻っていこうとしたのを呼び止める。
「あたし、ディーンのこと大好きだよ」
「……うん。ありがとう」
その言葉を聞いて微笑んでくれたディーンは屈託なく吹っ切れている様子だった。
「食事を取り損ねたときは僕に言ってよ。何か用意するから」
「うん」
「じゃあ。僕は仕事に戻る」
軽やかに走って戻るディーンの背中を見送って、アシュリーは花園に向かった。
久しぶりに来る花園は最後に見たときと同じ、静けさに包まれていた。
「……」
(シンシア、どこかで見ているのかな……)
一回りしたあと、石造りのベンチに座りじっと周りの様子を見てみるが、何も変わった気配はなかった。
「シンシア、みんな、いるの?」
……。
「あたしの声、聞こえてる?」
……。
アシュリーの耳に聞こえるのは風が揺らす草花の音、遠くの鳥の鳴き声、虫の羽音……。フェアリーの囁き声を拾うことはできなかった。
「……」
アシュリーは構わずに姿の見えないフェアリーに向かって話し始めた。
「あのね、ずっと昔にも人間になったフェアリーがいたんだって。フューシャっていうの。みんな知らないよね。それでね、屋敷のおぼっちゃまと結婚したの。あたしにいろいろ教えてくれたアーネスト先生の曾祖父さんよ。」
……。
「だけどね、結婚する前に庭師のジムさんとも男女の絆を結んでたの。ジムさんは緑の護り手の力を得て、この花園や庭を立派に世話してくれたのよ。」
……。
「フェアリーと男女の絆を結ぶとね、その人間に加護が与えられるんだって。だからアーネスト先生の曾祖父さんも事業に成功したんじゃないかっていうの。でもね、フェアリーは人間になっても寿命が変わらなくて年を取らないみたいなの。」
……。
「それで、曾祖父さんは年老いてから嫉妬深くなってしまったの。フューシャとジムさんが昔絆を結んでいたことを知って、怒って追い出してしまったの。庭は荒れて、フェアリーはいなくなって……」
そこまで話してアシュリーは少し悲しくなってうつむいた。目に熱いものがこみ上げてきたけどぐっとこらえた。
「フューシャは消えちゃったの。加護はなくなってアーネスト先生の曽祖父さんも、ジムさんも苦労することになったの。」
……。
「ねえ、どう思う? あたしも同じようになってしまうのかな……。加護を与えておいて、結局取りあげて不幸にしちゃうのかな?」
……。
「アドラスの長老が言った『あるがままにあれ』ってどういう意味? フューシャもあたしも、自分たちのために人を利用しているの? あたしがみんなを大好きって思ってるのに、これは本当の気持ちじゃないの? わかんない……」
その時、うつむいたアシュリーの上に影が差した。
「グレン……!!」
「ただいま」
両手を差し出されアシュリーは立ち上がるとその中に飛び込む。グレンはアシュリーをぎゅっと抱きしめると、頭のてっぺんにキスを落とした。
「ひとりで悩んでたの?」
「……聞いてたの?」
「ごめんね、ちょうど家に帰ってきたところに、出かけていく君が見えたから追いかけてきたんだ。」
「どこから?」
「ん? ……どこから聞いてたってことなら、昔も人間になったフェアリーがいたってところかな」
「……」
……全部だ。
「うう……」
グレンの胸におでこを擦り付けるようにすると、くっくと笑っている声が聞こえてくる。
「どう思った……?」
「んーー」
アシュリーがこわごわ聞くと、グレンは軽い感じの返事で返してくる。
「いろいろわかったみたいでよかったな」
「……それだけ?」
「俺はアシュリーが好きだ」
「……うん」
「それだけ」
「もし不幸になったら?」
「ならないよ」
きっぱりとした返事に驚いて、アシュリーが顔を上げる。
「俺は二度と家族を失わない。これだけはずっと決めている。ランディスの家族もだし、アシュリーのことも。それ以外のことはどうでもいい。加護は関係ない」
「……」
「前も言ったけど。アシュリーに恋人が何人いても気にしない。ライバルがいるほど燃えるタチなんだ。ジャンを追い出すなんてこともしない」
「グレン……」
「俺がアシュリーの大切なものを壊すことはない。恋人もフェアリーも。全部守るよ」
グレンはアシュリーの目を覗き込みながら言った。
「だから、結婚しよう。俺にアシュリーを守らせて。その資格を俺にくれ」
でも今日は、自分の行動の結果に、自分の運命かもしれないものに、ちゃんと向き合ってみたくなったのだ。
思い立ったら朝食の時間を待つのもまどろっこしく、着替えるとすぐに外に出た。まだ、日は低く少し霧がかかっていて肌寒い。
「アシュリー!」
花壇の広場へ続く階段を降りかけたとき、呼びかけられて振り向くとディーンだった。
「朝早くからまたそんなに薄着で……君は懲りていないのか?」
「あ、ディーン、おはよ……」
「おはよう」
言葉では怒っているが、そっとショールを肩にかけかけてくれる。どうやら、出かけるアシュリーに気づいて、これを持って追いかけてきてくれたらしい。
「ありがと……」
「今日は天気は良さそうだけど……元気なつもりでも病み上がりで身体は弱ってるから、無理しないで欲しい」
「わかった」
「ん」
「待って!」
ディーンが戻っていこうとしたのを呼び止める。
「あたし、ディーンのこと大好きだよ」
「……うん。ありがとう」
その言葉を聞いて微笑んでくれたディーンは屈託なく吹っ切れている様子だった。
「食事を取り損ねたときは僕に言ってよ。何か用意するから」
「うん」
「じゃあ。僕は仕事に戻る」
軽やかに走って戻るディーンの背中を見送って、アシュリーは花園に向かった。
久しぶりに来る花園は最後に見たときと同じ、静けさに包まれていた。
「……」
(シンシア、どこかで見ているのかな……)
一回りしたあと、石造りのベンチに座りじっと周りの様子を見てみるが、何も変わった気配はなかった。
「シンシア、みんな、いるの?」
……。
「あたしの声、聞こえてる?」
……。
アシュリーの耳に聞こえるのは風が揺らす草花の音、遠くの鳥の鳴き声、虫の羽音……。フェアリーの囁き声を拾うことはできなかった。
「……」
アシュリーは構わずに姿の見えないフェアリーに向かって話し始めた。
「あのね、ずっと昔にも人間になったフェアリーがいたんだって。フューシャっていうの。みんな知らないよね。それでね、屋敷のおぼっちゃまと結婚したの。あたしにいろいろ教えてくれたアーネスト先生の曾祖父さんよ。」
……。
「だけどね、結婚する前に庭師のジムさんとも男女の絆を結んでたの。ジムさんは緑の護り手の力を得て、この花園や庭を立派に世話してくれたのよ。」
……。
「フェアリーと男女の絆を結ぶとね、その人間に加護が与えられるんだって。だからアーネスト先生の曾祖父さんも事業に成功したんじゃないかっていうの。でもね、フェアリーは人間になっても寿命が変わらなくて年を取らないみたいなの。」
……。
「それで、曾祖父さんは年老いてから嫉妬深くなってしまったの。フューシャとジムさんが昔絆を結んでいたことを知って、怒って追い出してしまったの。庭は荒れて、フェアリーはいなくなって……」
そこまで話してアシュリーは少し悲しくなってうつむいた。目に熱いものがこみ上げてきたけどぐっとこらえた。
「フューシャは消えちゃったの。加護はなくなってアーネスト先生の曽祖父さんも、ジムさんも苦労することになったの。」
……。
「ねえ、どう思う? あたしも同じようになってしまうのかな……。加護を与えておいて、結局取りあげて不幸にしちゃうのかな?」
……。
「アドラスの長老が言った『あるがままにあれ』ってどういう意味? フューシャもあたしも、自分たちのために人を利用しているの? あたしがみんなを大好きって思ってるのに、これは本当の気持ちじゃないの? わかんない……」
その時、うつむいたアシュリーの上に影が差した。
「グレン……!!」
「ただいま」
両手を差し出されアシュリーは立ち上がるとその中に飛び込む。グレンはアシュリーをぎゅっと抱きしめると、頭のてっぺんにキスを落とした。
「ひとりで悩んでたの?」
「……聞いてたの?」
「ごめんね、ちょうど家に帰ってきたところに、出かけていく君が見えたから追いかけてきたんだ。」
「どこから?」
「ん? ……どこから聞いてたってことなら、昔も人間になったフェアリーがいたってところかな」
「……」
……全部だ。
「うう……」
グレンの胸におでこを擦り付けるようにすると、くっくと笑っている声が聞こえてくる。
「どう思った……?」
「んーー」
アシュリーがこわごわ聞くと、グレンは軽い感じの返事で返してくる。
「いろいろわかったみたいでよかったな」
「……それだけ?」
「俺はアシュリーが好きだ」
「……うん」
「それだけ」
「もし不幸になったら?」
「ならないよ」
きっぱりとした返事に驚いて、アシュリーが顔を上げる。
「俺は二度と家族を失わない。これだけはずっと決めている。ランディスの家族もだし、アシュリーのことも。それ以外のことはどうでもいい。加護は関係ない」
「……」
「前も言ったけど。アシュリーに恋人が何人いても気にしない。ライバルがいるほど燃えるタチなんだ。ジャンを追い出すなんてこともしない」
「グレン……」
「俺がアシュリーの大切なものを壊すことはない。恋人もフェアリーも。全部守るよ」
グレンはアシュリーの目を覗き込みながら言った。
「だから、結婚しよう。俺にアシュリーを守らせて。その資格を俺にくれ」
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