22 / 49
21話・恋か欲望か
しおりを挟む
気がつくと朝だった。アシュリーは屋根裏部屋のソファで、グレンに抱えられ胸にもたれかかるように眠っていた。
むくりと起き上がって、グレンの顔をまじまじと見つめる。肘置きを枕にして彼もよく眠っているようだ。 起き上がって離れてしまったのが惜しく感じ始めたが、もう一度もたれかかる勇気がなぜか出なかった。
(眉のラインが素敵だわ……)
代わりにじっくり観察してみる。綺麗に整えられたまっすぐな眉毛がアシュリーは気に入った。
(それに……)
出会った時も思ったが、さっぱりした顔立ちの中でくちびるだけが少し厚みがあってアンバランスに主張している。
(キスしたい)
そっと指で撫でてみる。ジワリと指から快感が走り、背中がぞくぞくする。
「はぁっ……」
身体が引き寄せられるように感じたが、実際はあごを少し突き出しただけで動けなくなる。欲望と抵抗がアシュリーの中で引き合っており、動けなかった。
(どうして……)
じっと見ているとグレンのまぶたがピクリと動き、アシュリーの心臓が飛び上がりそうになる。激しい動悸に驚いてアシュリーは立ち上がった。名残惜しいがこの緊張に耐えられそうにない。そろりとグレンから離れ、部屋を出た。
扉が閉まる少し前、グレンが目を開けたことはアシュリーは気づかなかった。
◆◆◆
今朝はなんだか様子が変だ、とエルナンは思った。あまり朝食を取らない兄が食堂におりてきたと思ったら、アシュリーは挙動不審だ。チラチラと兄の顔を盗み見ては微笑みかけられて、フォークを落としたり、カップをソーサーのふちに置いてひっくり返したり。
「はぁ……」
思わずため息をつくと、今度はこちらを見て不敵な笑みを浮かべている兄が気になるし、母親はエイプリルと目を見合わせて意味ありげに微笑みあっている。
(なんだよ……)
朝食が終わったらアシュリーは今度は廊下をウロウロしている。さっきは角で出くわして「うわっ」と声をあげたら、向こうも飛び上がるようにしていた。こちらから何も訊かないうちから「なんでもない!」と走って逃げたが、またトテトテと足音が行ったり来たり。勉強しようと思っても気になって仕方ない。
足音が止んだから様子を見に出てみると、なぜか三階から降りてきてそのまま階段に座ってぼんやりしている。
エルナンはなんとなく声をかけられず、部屋に戻るとノートや筆記具を手にして書庫に行くことにした。自分の部屋ではどうにも集中できない。
(昨日は来なかったな……)
一昨日、アシュリーとなし崩し的に体を繋いでしまってから、エルナンはずっと混乱し頭を悩ませていた。考えをまとめられないまま、昨夜またアシュリーが来てしまったら、理性を保てる自信もなく部屋の鍵をかけて寝たが、それはそれで気になってなかなか眠れなかったのだった。
本来なら純潔を奪ってしまったなら責任を取るべきだと思う。でも、自分はまだ自立もできていない学生でしかない。あんなことをするべきではなかった。第一、アシュリーはそんなことを望んでいるわけではないと思う。人間になってエルナンと結婚して生きる、なんて考えてもいない気がする。アシュリーは人の倫理観や道徳心のようなものは知らないし、ただ無邪気にしたいことをしているんだろう……。
「はぁ……」
(でも、オレは何も知らないアシュリーに付け込んだようなものだよな……)
「最低だ……」
そんな風に堂々巡りで悩んでいたところに今朝のアシュリーの態度だ。アシュリーは兄に恋したのだろうか……。書庫で兄に出会った日、アシュリーは兄の話をとても聞きたがったし舞い上がっているように見えた。あの時から好きだったのだろうか。だったらどうして自分とあんなことを……。
(いや、だからさ、アシュリーはそういう感覚ないんだって……!)
愛する人と結ばれる、純潔をその人のために捧げる、貞操を守る、なんて発想はないのだろう。結婚の概念があるかどうかもあやしい気がしてきた。そもそも……
(オレだってアシュリーのこと……)
恋しているのか? 愛しているのか? そう訊かれたら答えられない。もちろん大好きだし、大切な友人だ。でも……ディーンと自分だけに見える不思議な世界の友だちだった。人間になったアシュリーと一緒にいたら恋したかもしれない。でも、そんな時間を過ごす前に体の関係になってしまった。
今アシュリーに抱いている気持ちは恋なのか? ただの欲望なのか? エルナンは自分でもわからなかった。
むくりと起き上がって、グレンの顔をまじまじと見つめる。肘置きを枕にして彼もよく眠っているようだ。 起き上がって離れてしまったのが惜しく感じ始めたが、もう一度もたれかかる勇気がなぜか出なかった。
(眉のラインが素敵だわ……)
代わりにじっくり観察してみる。綺麗に整えられたまっすぐな眉毛がアシュリーは気に入った。
(それに……)
出会った時も思ったが、さっぱりした顔立ちの中でくちびるだけが少し厚みがあってアンバランスに主張している。
(キスしたい)
そっと指で撫でてみる。ジワリと指から快感が走り、背中がぞくぞくする。
「はぁっ……」
身体が引き寄せられるように感じたが、実際はあごを少し突き出しただけで動けなくなる。欲望と抵抗がアシュリーの中で引き合っており、動けなかった。
(どうして……)
じっと見ているとグレンのまぶたがピクリと動き、アシュリーの心臓が飛び上がりそうになる。激しい動悸に驚いてアシュリーは立ち上がった。名残惜しいがこの緊張に耐えられそうにない。そろりとグレンから離れ、部屋を出た。
扉が閉まる少し前、グレンが目を開けたことはアシュリーは気づかなかった。
◆◆◆
今朝はなんだか様子が変だ、とエルナンは思った。あまり朝食を取らない兄が食堂におりてきたと思ったら、アシュリーは挙動不審だ。チラチラと兄の顔を盗み見ては微笑みかけられて、フォークを落としたり、カップをソーサーのふちに置いてひっくり返したり。
「はぁ……」
思わずため息をつくと、今度はこちらを見て不敵な笑みを浮かべている兄が気になるし、母親はエイプリルと目を見合わせて意味ありげに微笑みあっている。
(なんだよ……)
朝食が終わったらアシュリーは今度は廊下をウロウロしている。さっきは角で出くわして「うわっ」と声をあげたら、向こうも飛び上がるようにしていた。こちらから何も訊かないうちから「なんでもない!」と走って逃げたが、またトテトテと足音が行ったり来たり。勉強しようと思っても気になって仕方ない。
足音が止んだから様子を見に出てみると、なぜか三階から降りてきてそのまま階段に座ってぼんやりしている。
エルナンはなんとなく声をかけられず、部屋に戻るとノートや筆記具を手にして書庫に行くことにした。自分の部屋ではどうにも集中できない。
(昨日は来なかったな……)
一昨日、アシュリーとなし崩し的に体を繋いでしまってから、エルナンはずっと混乱し頭を悩ませていた。考えをまとめられないまま、昨夜またアシュリーが来てしまったら、理性を保てる自信もなく部屋の鍵をかけて寝たが、それはそれで気になってなかなか眠れなかったのだった。
本来なら純潔を奪ってしまったなら責任を取るべきだと思う。でも、自分はまだ自立もできていない学生でしかない。あんなことをするべきではなかった。第一、アシュリーはそんなことを望んでいるわけではないと思う。人間になってエルナンと結婚して生きる、なんて考えてもいない気がする。アシュリーは人の倫理観や道徳心のようなものは知らないし、ただ無邪気にしたいことをしているんだろう……。
「はぁ……」
(でも、オレは何も知らないアシュリーに付け込んだようなものだよな……)
「最低だ……」
そんな風に堂々巡りで悩んでいたところに今朝のアシュリーの態度だ。アシュリーは兄に恋したのだろうか……。書庫で兄に出会った日、アシュリーは兄の話をとても聞きたがったし舞い上がっているように見えた。あの時から好きだったのだろうか。だったらどうして自分とあんなことを……。
(いや、だからさ、アシュリーはそういう感覚ないんだって……!)
愛する人と結ばれる、純潔をその人のために捧げる、貞操を守る、なんて発想はないのだろう。結婚の概念があるかどうかもあやしい気がしてきた。そもそも……
(オレだってアシュリーのこと……)
恋しているのか? 愛しているのか? そう訊かれたら答えられない。もちろん大好きだし、大切な友人だ。でも……ディーンと自分だけに見える不思議な世界の友だちだった。人間になったアシュリーと一緒にいたら恋したかもしれない。でも、そんな時間を過ごす前に体の関係になってしまった。
今アシュリーに抱いている気持ちは恋なのか? ただの欲望なのか? エルナンは自分でもわからなかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
25
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる