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4話・美しい妹
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次の日の朝食、エルナンは寝不足で、そしてアシュリーは昨日のキスの官能を思い出して、2人ともぼんやりとしていた。時々お互いのくちびるを盗み見てはドキドキして目をそらしてしまう。
そんな様子に気づいているのかいないのか、ランディス夫人が明るく話しかけてくる。
「アシュリー、エイプリルには会ったことなかったわよね」
「エイプリル……?」
きょとんとしているアシュリー。
「エルナンの妹よ。体が弱くて部屋にこもりきりなのだけど、女の子の話し相手がいたら気もまぎれると思うのよ。よかったら、時々話し相手になってくれたら嬉しいのだけど」
そういえば妹の話は以前にエルナンから聞いたことがあった。
この屋敷はもともとシーズンオフに過ごすためのものだったが、体の弱い妹のためにランディス家は王都のオルトルートから離れ、ここに定住することになったと。王都は最近工業化が進み、空気がとても汚れていて健康被害が問題になっているとか。
「はい、喜んで」
そう答えると夫人は嬉しそうに微笑んだ。
「エルナン、連れて行ってあげてね。」
「……え」
エルナンはなぜか気乗りしなさそうな様子をしながらも、わかった、とうなずいた。
エイプリルの部屋に向かう廊下を歩く。
昨日案内してくれた時よりエルナンは早足で、言葉も少ない。
「エルナン」
声をかけても返事がない。
何か怒らせてしまっただろうか……? 不安になったアシュリーがもう一度呼びかけようとしたとき、エルナンが立ち止まった。
「ここ」
振り返ってアシュリーに告げてから、トントントン、とドアをノックした。
扉を開けたのはエイプリルの担当のメイドだ。
エイプリルの許可を得て、エルナンとアシュリーが入っていくとソファに座っていた少女が立ち上がった。
「エルナンお兄ちゃん」
胸まで届く長さのプラチナの波打つ髪に、少し青白い顔をした少女が嬉しそうに微笑んでいる。エルナンが妹を軽くハグしたあと、アシュリーを紹介した。
「エイプリル、従姉妹のアシュリーだ。お前は初めましてだろ」
「……!」
エイプリルはポカンとしている。
記憶をいじることはできないが、大丈夫だろうか?
「私たちの従姉妹なのですか?」
エイプリルは嬉しそうにしているのでアシュリーはホッとした。
「しばらく滞在するから仲良くしてやってくれ」
そういうと家庭教師が来るからと言ってエルナンは早々に出ていった。
「アシュリー、お会いできてうれしいです」
はにかみながら近づいてくるエイプリルを、先ほどのエルナンをまねてハグする。
ドキッ
エイプリルは華奢で小柄でとてもいいにおいがする。そしてとても美しい少女だった。
「よかったら座りませんか?」
エイプリルが肘のところをそっと押してソファを勧めてくるので、長椅子に並んで座った。
「今、童話の本を読んでいたんです。アシュリーはフェアリーの存在って信じますか?」
テーブルに広げてある本にはフェアリーの挿絵がページ一面に描かれている。
(リアルだわ……これを描いた人は本当にフェアリーに会ったことがあるのね)
アシュリーは内心感心した。
「信じてるわ。信じる人の目にはフェアリーが見えるのだもの」
そう答えながらアシュリーは悲しくなった。
人間だって純粋な心を持つ子どもにはフェアリーが見える。エルナンや、大人であるジャンだって。
なのに自分は人間になってフェアリーが見えなくなってしまった。なぜなんだろう……あたしの心は汚れてしまったの……?
「私にも見ることができたらいいのですけど…。部屋の中に一日中暮らしているのでそれも無理ですね……。エルナンお兄ちゃんはいつもフェアリーと遊んでいるって言うんですよ。私の体が強くなったら花園に連れて行ってくれる約束なんです」
嬉しそうに話しながらエイプリルが本のページをめくった。
(……?)
アシュリーは不思議な気持ちでその本を眺める。
(……これが人間の言う文字というものなのね……。どうやら何が書いてあるのかあたしにもわかるようだわ)
エルナンやディーンが本を抱えて花園にくることもあったが、以前は何が書いてあるのかわからなかった。絵の部分だけ見ても楽しかったが、うねうねした線が引かれたページは見ていても酔うだけだった。
しかし今は、体を人間にするときに知識も備わっていたようだ。
そういえば食事の時も、慣れないながらにナイフとフォークの使い方を知っていた。
好奇心旺盛な本来のアシュリーなら喜ばしく感じられるところだが、今はフェアリーの性質から遠ざかることが悲しく感じる。
「アシュリー、大丈夫ですか?」
エイプリルが心配げに顔を覗き込んでくる。
この控えめな性格の少女は、どこかシンシアと似ている気がする。
心配をかけたくない。
アシュリーは本来の明るさを取り戻すよう意識して努めるのだった。
エイプリルはフェアリーの存在にとても憧れているようだが、アシュリーはなんせ元・本物のフェアリーだ。フェアリーの世界の話をたくさんしてあげると、目を丸くしたり輝かせたりアシュリーの話に夢中になっていた。
「エイプリルはフェアリーの本をたくさん持っているの?」
「はい、絵本や童話の本をいくつか持っていますし、書庫にはもう少し専門的なものもありますよ。この土地にはフェアリーの伝承がたくさんがあるので、父や兄が買い揃えたようです」
「あたしもその本を見てみたいな……」
「書庫はここからはちょうど屋敷の反対側になるんです。私は読みたい本を頼んで持ってきてもらうのですけど。エルナンお兄ちゃんに言えば案内してくれると思いますよ。」
エイプリルが少し申し訳なさそうに言う。
この広いお屋敷は、体の弱い彼女が歩くには広すぎるのだろう。
そんなことを考えているうちに、エイプリルが少し疲れた表情を見せ始めたので、アシュリーはお暇することにした。
「申し訳ありません……。アシュリー、これからもまた来てくれますか?」
すがるように言うエイプリルが可愛らしくて、アシュリーはこくっと頷いた。
部屋に戻ると、メイドが昼食に呼びに来てくれたので食堂に向かう。
エルナンは授業の復習をすると言って、食事には降りてきていないらしい。
「珍しいこともあるものよね」
アシュリーにいいところを見せたいのかしら、とランディス夫人がおもしろそうに笑っていたが、アシュリーは不安になった。
エイプリルの部屋に向かう時、少しよそよそしかったエルナン。
「あとで部屋に行ってみてもいいですか……?」
大丈夫よ、と夫人は微笑んで許可してくれた。
——コン、コン。ノックをすると返事があった。
そっと入っていくと、エルナンは机の前に座っていたが、いつぞやのディーンのようにぼんやりとしている。
「エルナン」
声をかけると、ビックリしたように振り返った。
「エルナン、何か怒ってるの……?」
近づくと体をこわばらせ、立ち上がろうとしたが、アシュリーの悲しそうな顔を見て座り直した。
「怒ってないよ……アシュリーは?」
そう尋ね返されてアシュリーも驚く。
「怒ってない……どうして?」
「だってさ……ゆうべ……」
言葉を濁らせ顔を赤くしているエルナン。
「お願い、冷たくしないで……」
「……ごめん、そんなつもりじゃ……」
エルナンがそっとアシュリーの手を取った瞬間——。
「……ぁんっ」
またアシュリーの手にぴりぴりと快感が走った。
エルナンの方に倒れこむようになり、肩にしがみつくとエルナンもあわてて受け止めてくれた。胸の中にエルナンの顔を抱き込む形ではぁはぁと息をつく。
どうやら触覚というものが初めてすぎて、素手で人と触れるのはアシュリーには刺激が強いらしい。しかし、この体勢は思春期のエルナンにとっても刺激的だった。
しばらく抱き合うようにしていたが、ふたりの頭には昨夜のくちづけの記憶が生々しくよみがえってくる。
エルナンがそっとアシュリーの腰を引いて、自分の膝の上に座らせた。
あとは自然にどちらからともなくくちびるを寄せ、無心に求め合うのだった。
そんな様子に気づいているのかいないのか、ランディス夫人が明るく話しかけてくる。
「アシュリー、エイプリルには会ったことなかったわよね」
「エイプリル……?」
きょとんとしているアシュリー。
「エルナンの妹よ。体が弱くて部屋にこもりきりなのだけど、女の子の話し相手がいたら気もまぎれると思うのよ。よかったら、時々話し相手になってくれたら嬉しいのだけど」
そういえば妹の話は以前にエルナンから聞いたことがあった。
この屋敷はもともとシーズンオフに過ごすためのものだったが、体の弱い妹のためにランディス家は王都のオルトルートから離れ、ここに定住することになったと。王都は最近工業化が進み、空気がとても汚れていて健康被害が問題になっているとか。
「はい、喜んで」
そう答えると夫人は嬉しそうに微笑んだ。
「エルナン、連れて行ってあげてね。」
「……え」
エルナンはなぜか気乗りしなさそうな様子をしながらも、わかった、とうなずいた。
エイプリルの部屋に向かう廊下を歩く。
昨日案内してくれた時よりエルナンは早足で、言葉も少ない。
「エルナン」
声をかけても返事がない。
何か怒らせてしまっただろうか……? 不安になったアシュリーがもう一度呼びかけようとしたとき、エルナンが立ち止まった。
「ここ」
振り返ってアシュリーに告げてから、トントントン、とドアをノックした。
扉を開けたのはエイプリルの担当のメイドだ。
エイプリルの許可を得て、エルナンとアシュリーが入っていくとソファに座っていた少女が立ち上がった。
「エルナンお兄ちゃん」
胸まで届く長さのプラチナの波打つ髪に、少し青白い顔をした少女が嬉しそうに微笑んでいる。エルナンが妹を軽くハグしたあと、アシュリーを紹介した。
「エイプリル、従姉妹のアシュリーだ。お前は初めましてだろ」
「……!」
エイプリルはポカンとしている。
記憶をいじることはできないが、大丈夫だろうか?
「私たちの従姉妹なのですか?」
エイプリルは嬉しそうにしているのでアシュリーはホッとした。
「しばらく滞在するから仲良くしてやってくれ」
そういうと家庭教師が来るからと言ってエルナンは早々に出ていった。
「アシュリー、お会いできてうれしいです」
はにかみながら近づいてくるエイプリルを、先ほどのエルナンをまねてハグする。
ドキッ
エイプリルは華奢で小柄でとてもいいにおいがする。そしてとても美しい少女だった。
「よかったら座りませんか?」
エイプリルが肘のところをそっと押してソファを勧めてくるので、長椅子に並んで座った。
「今、童話の本を読んでいたんです。アシュリーはフェアリーの存在って信じますか?」
テーブルに広げてある本にはフェアリーの挿絵がページ一面に描かれている。
(リアルだわ……これを描いた人は本当にフェアリーに会ったことがあるのね)
アシュリーは内心感心した。
「信じてるわ。信じる人の目にはフェアリーが見えるのだもの」
そう答えながらアシュリーは悲しくなった。
人間だって純粋な心を持つ子どもにはフェアリーが見える。エルナンや、大人であるジャンだって。
なのに自分は人間になってフェアリーが見えなくなってしまった。なぜなんだろう……あたしの心は汚れてしまったの……?
「私にも見ることができたらいいのですけど…。部屋の中に一日中暮らしているのでそれも無理ですね……。エルナンお兄ちゃんはいつもフェアリーと遊んでいるって言うんですよ。私の体が強くなったら花園に連れて行ってくれる約束なんです」
嬉しそうに話しながらエイプリルが本のページをめくった。
(……?)
アシュリーは不思議な気持ちでその本を眺める。
(……これが人間の言う文字というものなのね……。どうやら何が書いてあるのかあたしにもわかるようだわ)
エルナンやディーンが本を抱えて花園にくることもあったが、以前は何が書いてあるのかわからなかった。絵の部分だけ見ても楽しかったが、うねうねした線が引かれたページは見ていても酔うだけだった。
しかし今は、体を人間にするときに知識も備わっていたようだ。
そういえば食事の時も、慣れないながらにナイフとフォークの使い方を知っていた。
好奇心旺盛な本来のアシュリーなら喜ばしく感じられるところだが、今はフェアリーの性質から遠ざかることが悲しく感じる。
「アシュリー、大丈夫ですか?」
エイプリルが心配げに顔を覗き込んでくる。
この控えめな性格の少女は、どこかシンシアと似ている気がする。
心配をかけたくない。
アシュリーは本来の明るさを取り戻すよう意識して努めるのだった。
エイプリルはフェアリーの存在にとても憧れているようだが、アシュリーはなんせ元・本物のフェアリーだ。フェアリーの世界の話をたくさんしてあげると、目を丸くしたり輝かせたりアシュリーの話に夢中になっていた。
「エイプリルはフェアリーの本をたくさん持っているの?」
「はい、絵本や童話の本をいくつか持っていますし、書庫にはもう少し専門的なものもありますよ。この土地にはフェアリーの伝承がたくさんがあるので、父や兄が買い揃えたようです」
「あたしもその本を見てみたいな……」
「書庫はここからはちょうど屋敷の反対側になるんです。私は読みたい本を頼んで持ってきてもらうのですけど。エルナンお兄ちゃんに言えば案内してくれると思いますよ。」
エイプリルが少し申し訳なさそうに言う。
この広いお屋敷は、体の弱い彼女が歩くには広すぎるのだろう。
そんなことを考えているうちに、エイプリルが少し疲れた表情を見せ始めたので、アシュリーはお暇することにした。
「申し訳ありません……。アシュリー、これからもまた来てくれますか?」
すがるように言うエイプリルが可愛らしくて、アシュリーはこくっと頷いた。
部屋に戻ると、メイドが昼食に呼びに来てくれたので食堂に向かう。
エルナンは授業の復習をすると言って、食事には降りてきていないらしい。
「珍しいこともあるものよね」
アシュリーにいいところを見せたいのかしら、とランディス夫人がおもしろそうに笑っていたが、アシュリーは不安になった。
エイプリルの部屋に向かう時、少しよそよそしかったエルナン。
「あとで部屋に行ってみてもいいですか……?」
大丈夫よ、と夫人は微笑んで許可してくれた。
——コン、コン。ノックをすると返事があった。
そっと入っていくと、エルナンは机の前に座っていたが、いつぞやのディーンのようにぼんやりとしている。
「エルナン」
声をかけると、ビックリしたように振り返った。
「エルナン、何か怒ってるの……?」
近づくと体をこわばらせ、立ち上がろうとしたが、アシュリーの悲しそうな顔を見て座り直した。
「怒ってないよ……アシュリーは?」
そう尋ね返されてアシュリーも驚く。
「怒ってない……どうして?」
「だってさ……ゆうべ……」
言葉を濁らせ顔を赤くしているエルナン。
「お願い、冷たくしないで……」
「……ごめん、そんなつもりじゃ……」
エルナンがそっとアシュリーの手を取った瞬間——。
「……ぁんっ」
またアシュリーの手にぴりぴりと快感が走った。
エルナンの方に倒れこむようになり、肩にしがみつくとエルナンもあわてて受け止めてくれた。胸の中にエルナンの顔を抱き込む形ではぁはぁと息をつく。
どうやら触覚というものが初めてすぎて、素手で人と触れるのはアシュリーには刺激が強いらしい。しかし、この体勢は思春期のエルナンにとっても刺激的だった。
しばらく抱き合うようにしていたが、ふたりの頭には昨夜のくちづけの記憶が生々しくよみがえってくる。
エルナンがそっとアシュリーの腰を引いて、自分の膝の上に座らせた。
あとは自然にどちらからともなくくちびるを寄せ、無心に求め合うのだった。
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