毛糸の恋人

もなか

文字の大きさ
上 下
4 / 11

林檎がころんと転がり込む

しおりを挟む
次回は意外にも早くやってきた。

「白戸さん!!」

会社の中で話しかけられた。帰宅する途中だった。ビクリと肩が震える。

「お疲れ様です!」

「お、疲れ様です…」

イケメンと地味女の組み合わせが珍しいらしく、多くの視線を集めている。

「今から帰りなら、途中まで一緒に帰りませんか?」

「いえ、急用があるので…!!失礼します!」

そうして、視線から逃げるように私は会社から飛び出した。


『こんばんは。用事は大丈夫でしたか?会社の中で話しかけてすみません。かなり注目を集めてましたよね。同僚に言われて気付きました。辛い思いをさせてすみませんでした。』

そんな謝罪が来たのは、帰ってすぐだった。
違う。私が逃げただけなのだ。

『こちらこそ逃げるようにして、すみませんでした。見られるのが苦手で、あのような事をしました。すみません。』

きっと、彼は今頃落ち込んでいるのだろう。
あ、でも何か用があったのだろうか。

『何か私に用事があったのですか?』

聞いてみると、すぐに返信が来た。

『また、あみぐるみを教えて欲しいんです。練習したので、前よりも良くなっていると思います。今日はその事を話そうと思っていました。』

ああ、そうだ。次回もとあの帰り際に話したのだ。彼との時間はとても穏やかで、楽しい。頑張って編む姿も可愛くて素敵だった。

私は了承の旨を送り、小原田さんと予定を合わせた。来週の金曜日になった。

「楽しみだな…」

自然と笑みが零れた。



待ち合わせ場所の、あの喫茶店に向かった。やっぱり小原田さんは先にいて、私の姿に気付き、大きく手を振った。

「こんにちは。小原田さん。お待たせしました。」

「こんにちは、白戸さん!大丈夫ですよ!」

そして、私の手にある紙袋に気付いた。

「これはアップルパイです。美味しいお店があるので、買ってみました。ぜひ、食べてみて下さい。」

「アップルパイ!僕、大好きなんです!パイ皮のさくさく食感が楽しくて!ありがとうございます!」

飛び跳ねんばかりに喜ぶ小原田さんが可愛くて、ちょっとにやけてしまった。

「さて、行きましょう!」

そんな私には気付かず、林檎色の車のドアを開けてくれた。

「ありがとうございます。」


前と同じく、玄関にはゼラニウムが咲いていた。ちょっと違うのは部屋に小さなひよこ達がいることだった。

「それは、近所のおばさんに貰ったんです。挨拶する程度だったんですが、ある日どうぞって。似合うからって言って、持ってきてくれたんです。」

お茶をいれながら、嬉しそうに話してくれた。

「可愛い!近所の方、すごく上手ですね!ここの所とか綺麗に編まれています!」

こんな綺麗に編めるなんて、ご近所さん凄い!!

「ですよね!それから、ちょくちょく話すようになったんですが、2年前まで編み物の先生をしていたみたいです!僕もこんなふうに、編めるようになりたいな~!」

「なれますよ。そのために、練習してるのですから。」

上手く出来たら、彼はそのあみぐるみを持って、好きな人に告白するのだろう。このあみぐるみ教室は、そのためのものだ。もやもやした気持ちが湧き上がった。慌てて飲み込む。

「さ、始めましょう。今日は胴体です。」

前よりも格段に上手くなった小原田さんは、早くはないが、私の話を聞き、確実に丁寧に編んでいく。

そうして、少し暗くなった頃に胴体が完成した。

「うん。綺麗に編まれていますね。」

「やったー!白戸さん、ありがとう!」

やりきったように、清々しい笑みを浮かべる小原田さん。

「それでは私は帰りますね。」

「あ、送っていきます!」

言うより早く、鍵を持って車の方へ行ってしまいました。



「今日もありがとうございました!これ、拙いものですが…」

そう言って、小原田さんは私に可愛いコースターをくれました。

「いいんですか!凄い…刺繍が凝っていて、可愛いです。」

「1番上手く出来たものなんです。もしよければ、使ってください。」

照れて、頬が林檎みたいに真っ赤だ。

「ありがとう、ございます。大事にしますね。」

どうしよう。すごく嬉しい。胸が何か知らない、暖かいもので満たされていく。

「よかった…気に入ってくれたみたいで、嬉しいです。」

ふわといつも通りに笑ってくれたその顔から、目が離せなくなってしまった。

「春先は冷えますから、暖かくして寝てくださいね。それでは。」

こうして、2回目のあみぐるみ教室は閉幕となった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

元体操のお兄さんとキャンプ場で過ごし、筋肉と優しさに包まれた日――。

立坂雪花
恋愛
夏休み、小日向美和(35歳)は 小学一年生の娘、碧に キャンプに連れて行ってほしいと お願いされる。 キャンプなんて、したことないし…… と思いながらもネットで安心快適な キャンプ場を調べ、必要なものをチェックしながら娘のために準備をし、出発する。 だが、当日簡単に立てられると思っていた テントに四苦八苦していた。 そんな時に現れたのが、 元子育て番組の体操のお兄さんであり 全国のキャンプ場を巡り、 筋トレしている動画を撮るのが趣味の 加賀谷大地さん(32)で――。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

好きな人がいるならちゃんと言ってよ

しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします

皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。 完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

処理中です...