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積もれ雪よ。全てを覆い隠してしまえ。
しおりを挟む「わかってない、だ?何言ってんだ、誰より理解している!」
誰より、ですか。この様子だと、なぜ南の公爵家が私をここに嫁がせたのか、その理由さえ理解してなさそうですね。浮かべる微笑みが氷化していくのが、自分でもわかります。
「なぜ私がわかっていないと言ったのか、考えもせずに反射で答えるとは。その程度で旦那様の左腕を語るなんて、おこがましいですね。」
「んだと…?」
「やめろレニエス!!」
襟首を掴まれました。全く、やんちゃな人ですね。
「ほら、例えばこういうところですよ。」
仮にも使える主の奥方に手をあげるなど、使用人として、最もしてはいけないこと。レニエスの手をぱしんと叩き落としました。
「この国が東西南北の四公爵で支えられているのは知っているでしょう。」
メルリア王国はとても豊かな国です。それゆえ、隣国からは隙あれば攻められています。
奇跡的に地形に恵まれていて、面している国が豊かな小国だから、侵略の心配が少ない南の公爵家以外は。
だからこそ、四公爵は内側から守りを固める必要がありました。それが結婚です。それぞれの公爵で後継者を決め、娘を別の公爵家の後継者へ嫁がせる。王家は外の王女と縁を結び、国と国を結束させる。こうして私達の国は安寧を保っていました。ですが…
「現在において、公爵家の後継者に嫁げる娘は私しかいません。」
10年前、メルリア王国では流行病でたくさんの人が死にました。四公爵も例外ではなく、後継者や子孫が死にました。生き残ったのは私と旦那様だけ…。幸いにして、東・西の公爵家には生まれてまもない赤子がいました。しかし、ここで問題が起きます。東・西公爵家の後継者に嫁ぐ娘がいない事です。
「私と旦那様の子が東・西公爵家の奥方になるのは確定でしょう。だから、貴方が私を公爵家に相応しくないと判断しても、私が消えれば…お終いです。」
うっすらと汗が滲むレニエス。
「貴方は頭の回る人ですね…でも、駄目ですよ、そんなあからさまに顔に出しては。尋問されて、すぐにわかってしまうなんて。」
ふふっ…お可愛らしいこと。
「彼女はこの国の臍の緒なんだよ。四方を固め、中の人々を守る為の。王家は揺りかごだ。言わなくともそれくらい理解していると思っていたのだが。」
「だが!その女は!」
「公爵家の女主人にその女とはなんだ!」
ついに雷が落ちました。
「お前は私の可愛いシェリーに、国の命綱となる娘に、石礫を飛ばして、物を隠し、脅しをかけたんだ!!この事実が知られれば処分どころか済まないぞ!!!」
「っ…だが!!」
「しつこい!!お前を今日付で専属執事から外す。しばらくは謹慎だ。頭を冷やして出直してこい!」
「……承り、ました。」
ぱたんとドアが閉まり、彼は出ていきました。
「さて、そこで空気のようにして、逃げ出そうとしている皆さん?」
レニエスの陰に隠れ、コソコソ逃げようとしている3人を呼び止めました。正確には、ドアに縫い止めました。足に隠しておいた、細い針が役に立ったみたいですね。
「旦那様への裏切りで潤った懐は暖かいものでしたよね?嬉しかったですか?ふふっ!残念。もう終わりです。明日憲兵に引渡します。相応の裁きを覚悟しておきなさい。」
「う、あ、…ああ!!」
「い、嫌です!奥様!」
「レニエスに!全ては…!!」
この期に及んで情け?慈悲?…まさか。
誰一人として逃がしはしない。全員牢屋に叩き込む。旦那様の顔に泥を塗った貴方たちを、私は許しはしない。
家にいる衛兵を呼び、彼らを地下へ閉じ込めました。やっと静かになった部屋。そこで私は、我に返りました。
「旦那様…私…」
一番見られたくない、北の冷華を見せてしまった。冷たく酷薄な私を。ごめんなさい、皆さん。私、嘘をついていました。北の冷華は、冷え症だからじゃない…私の、本性です。
「ごめんなさっ…」
旦那様が抱きしめてくれました。
「それは僕の方こそだよ、シェリー。本来なら僕がやるべき事だったんだ。それに、君は冷華じゃない。君は、暖かくて、愛情深い、可愛い女の子だ。ごめん、情けなくて…レニエスの言う通り、僕は腑抜けだ…」
「そんな事ないです!旦那様は誰が味方かわからない中、守ってくれました!だから、いいんです。納得していない人は、まだまだいます。彼らが納得せざる得ない、立派な奥様になりますから。辛かった、ですよね。ごめんなさい、旦那様…」
首を振り、旦那様は私を抱きしめる腕に力を入れました。
外は雪。しんしんと降り積もり、全てを覆い隠してしまう。なら、雪よもっと降れ。今夜の事も全て、隠してしまえばいい。
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