薔薇の夫婦に終止符を

もなか

文字の大きさ
上 下
1 / 1

薔薇の呪いとお嫁様

しおりを挟む
「おはよう、ベルローズ。」

隣にいる妻はまだ眠たいらしい。布団の中で籠城している。

「そろそろリリーが来るよ。また怒られる前に、起きないと。」

先日、寝穢いベルローズにブチ切れた侍女のリリー。あの時の彼女は恐ろしかった。

「………。」

ぐいっと裾を引かれて、距離が縮まった。ああ、なるほどね。

「わかったよ、それで起きるのね?」

「…………!!」

布団から顔を出し、勢い良く首を縦にふる妻に苦笑しながら、そっと口づけた。柔らかで芳醇な薔薇の香りがする。それもそのはず。だって彼女の顔は、薔薇だから。


ベルローズ•ディア•レムレース。

それが彼女の名だ。妖精に呪われし薔薇の乙女にして、この国の公爵令嬢。

そして僕が、エルドリクス•ディア•レムレース。

彼女の婿にして、最高位神官だ。


*.*


昔々のお話です。あるところに、美しいお嬢様がいました。

お嬢様は愛情深く、とても優しい人です。

たくさんの人々に愛されていました。

ある日のことです。お嬢様は幼い頃から大好きな、森にある花畑へと婚約者を連れていきました。

ーそこで、お嬢様は呪われました。



リューウシーウと呼ばれる、森を守護する妖精が住んでいました。

リューウシーウは孤独でした。

リューウシーウは温もりを求めていました。

だから…心優しいお嬢様に、恋をしてしまいました。

幼い頃からずっとずっと、ずっーと影から見守ってきたお嬢様。

愛おしくてたまらないお嬢様。

まだ話したことも、顔を合わせたこともないけれど。

こんなにも尽しているのだから、こんなにも愛しているのだから、いつかは報われると。

いつか必ず、自分のもとへと……。

そうなると、リューウシーウは信じていました。


でも、リューウシーウは見てしまいました。

自分の知らない男へ、自分の知らない顔を見せるお嬢様を。

手を繋ぎ、寄り添う二人を。

二人はどう見ても相思相愛でした。


リューウシーウは許せませんでした。

リューウシーウは憎みました。

だから…愛しい愛しいお嬢様に、呪いをかけました。

その呪いは、ゆっくりと薔薇へ変貌する呪い。

いつかお嬢様は本当に薔薇となり、リューウシーウの庭を飾るのでしょう。

その時を、リューウシーウはとても楽しみにしているのです…。

*.*


「馬鹿馬鹿しい。そんな事にはならない。」

荒々しく本を閉じ、投げ捨てた。

…この本にあった事は紛れもない事実だ。

お嬢様はベルローズで、婚約者は僕。

かつて、僕はリューウシーウの呪いからベルを守りきれなかった。

元々公爵家から、ベルローズがリューウシーウに魅入られ、過剰な加護のせいで困り果てている、という相談を受けていた。

リューウシーウは森の守護者で、彼から受けるものは全て加護とされている。だが、ベルローズへのそれは、加護というより呪いに近いものであった。

例えば、彼女に微笑まれた男が目を潰されたり。

例えば、彼女を愛したものが行方不明になったり。

例えば、彼女と握手したものが、次の日手に大怪我をしたり。

例えば、彼女に見栄をはって小さな嘘をついたら舌を切られたり。

触るな、見るな、これは俺のものだと。そういう意思を感じるものばかりだった。

これに困り果てた公爵夫妻から相談を受け、神殿は僕を遣わせた。妖精や魔物の妖力は、神聖力を感知できない。

僕は神聖力が高く、妖精や魔物が持つ魔力に強かった。だから、リューウシーウに対抗すべく、ベルローズの婚約者として横に立つことになったのである。

それから僕とベルローズが惹かれ合うのは、自然なことだった。静かに、ゆっくりと…でも確かに降り積もっていく想い。

そうしてある日。公爵がついにリューウシーウを殺すことを決めた。

彼の幼い甥が、ベルローズと手を繋いで歩いた翌日…馬車で事故にあった。負傷したのは彼女と手を繋いだ右手。おそらく後遺症が残ると医者に宣告された。

その瞬間、可愛い甥と娘に仇をなしたリューウシーウへの怒りが噴火した。

彼は最精鋭の神官達を連れて、森へと向かった。勿論、僕達を連れて。

リューウシーウは神官達になす術無く、殺される寸前まで行った。そうして、最後の一太刀を僕がくだした。これで終わりだと、本気で思っていた…。

だが、ここで最悪の事態が起きた。神官達の一瞬の油断をつき、ベルローズへと近づいた。そうして彼女に呪いをかけた。

その後、リューウシーウは風のように消えた。以降、リューウシーウを見たものはいない。

誰も彼もが呪いは術者本人を殺すか、術者に解呪させなければ解けないと言った。僕も同意見だった。

公爵が血眼になってリューウシーウを探しているが、影も形も見当たらない。

だが瀕死の傷を追っているため、迂闊には動けないだろう。それに…僕の本気の神聖力を浴びたのだ。あの傷は完治しないだろう。いずれ骨まで蝕むはずだ。

だがそれはベルローズも同じだ。時間が経つにつれ、ゆっくりと薔薇へと変貌していった。

どうすれば彼女を救える?
僕ば、僕は…どうしたらいいんだ…

無情にも時だけが進んでいく。愛する婚約者がゆっくりと動けなくなっていく姿を、眺めることしかできない。

何が最高位の神官だ。何が史上最強だ。
そんなもの、今ここで役に立たなければ意味がないのに!!!!!!

内心の焦りと恐怖を必死に隠して笑う。だって一番怖い思いをしているのは彼女だから。

そんなある日、彼女はついに歩けなくなった。よく見ると首の部分がやや緑に染まっていた。そうして茨の棘が全身に広がっていた。彼女は本当に薔薇になりかけていた。

「ベルローズ…!!ベルローズ!!」

呼びかけると微かに手が動く。震えながら、僕の方へと伸ばされた手をしっかりと握った。

「嫌だ…嫌だ…ベル、頼む…薔薇になんて、ならないでくれ…」

泣きじゃくる事しかできない。でももう無理だった。堪えきれなかった。

ただ涙を流す僕を慰めるように、ぎゅっと手を握る彼女が愛おしい。この手の温もりを失いたくなかった。

その夜、僕は公爵に頼んだ。ベルローズと結婚させてほしいと。できるだけ早く。

公爵は一瞬悩んだが、了承してくれた。
そうして1週間後。大事な人たちだけで構成された、簡素な結婚式が挙げられた。

気に入りの淡い空色のドレスは、彼女にとてもよく似合っていた。

結婚式の間、ずっと手を握っていた。手の皮膚を傷つけ、血が溢れても気にならなかった。この温もりを手放す事より痛くない。

そうしてこの日、僕は心に決めた。

この憎しみを、この恨みを、この怒りを、この痛みを、絶対に返してやると。

彼女や僕、公爵や、侍女のリリー。僕らを引き裂こうとするお前を、殺してやると。

結婚式が終わった夜、ベルローズが寝静まったのを確認し、僕は一人森へと向かった。

いくつかの道を通ると、不思議な事にあの森へと繋がった。おそらくリューウシーウが呼んでいるのだ。

今日で決着がつく。

僕が勝ち、ベルローズを人間へ戻せるか。
僕が負け、薔薇となったベルローズをリューウシーウに奪われるのか。

誘われるように森の奥へ進むと、美しい薔薇園へと辿り着いた。そうして…そこにリューウシーウがいた。

「嬉しいよ、リューウシーウ。君からわざわざ殺されに来てくれるなんて。お陰で見つける手間が省けた。」

リューウシーウは答えない。ただ、僕に静かだが、燃えるような殺意を抱いているのはわかった。ゆっくりと手元のナタを構えるリューウシーウ。

「そうだな。僕達に言葉はいらないな。」

そうして、美しい薔薇園に血が舞った。

*.*

どのくらい時間がたったのか。静かな朝日が薔薇園を照らす。

そこには血濡れの勝者がいた。

彼の目の前には、美しい薔薇の残骸が山となっている。

彼はゆっくりと踵を返し、気持ちだけはテキパキと、しかし実際には足を引きずるようにして薔薇園をあとにした。

そうして森を出た瞬間、彼は倒れ伏した。もはや立っていることも限界であった。

「勝ったよ、ベル………」

地に付した彼の脳裏に映るのは、あの結婚式で笑う、エルドリクスの最愛の妻の顔であった。

*.*

「ひどいひと。本当に…ひどいひと…」

ねえ、どうしてなの。

私は別に薔薇でも良かったの。

あなたの側にいられるのなら、姿形が変わろうとも全然構わなかった。

前に聞いたわね。

「もしも、姿形が完全に薔薇になり、心も思考も全て消えてしまったら。あなたはそれでも、私を愛してくれるかしら」

そうしたら貴方は、君がこれから先何になろうとも愛していると答えてくれたわね。

ねえ、どうして?

答えてよ、エル…

*.*

エルドリクスがリューウシーウと決着をつけるべく、森へと向かった後。

隣に誰もいない事に気づいたベルローズは、すぐに侍女を呼び…置き手紙に気づいた。

そこには、リューウシーウとの決着をつけること、必ず勝つから待っていてほしいと、それだけが書かれていた。

いくら最高位の神官とはいえ、リューウシーウに単体で勝てるわけがない。相手は傷を追っているが、それでも強い。

公爵はすぐに森へと向かった。

そうして…そこで、倒れ伏すエルドリクスを見つけた。

それと同時刻。ベルローズの薔薇の呪いが解けた。

虫の息ではあるが、まだエルドリクスは生きていた。近くにいた医者と神官に頼み、治療を施す。だがすでに途方もない血が流れた後で、ほぼ手遅れだった。

だが…直後、信じられないことが起きた。

いきなり病室の窓があき、外から薔薇の花びらが流れ込んできた。薔薇は芳醇な香りを周りにばら撒きながら、エルドリクスを包み込んだ。

焦ったのは公爵だ。よもやまた、リューウシーウの呪いかと。彼を殺しに来たのかと。急いで剥がそうとするも、薔薇は固く、1枚も剥がせなかった。

しばらくすると薔薇は枯れ、エルドリクスから離れた。そうして…

「嘘だ…奇跡だ、奇跡が起きたぞ…!!」

なんとエルドリクスの傷が全て塞がれ、肌にうっすらと血の気が戻っていたのだ。

「この調子であれば、きっとすぐに目を覚まされるでしょう」

公爵は喜び勇んで、眠る彼を公爵邸へと連れ帰った。

だが…エルドリクスは目覚めなかった。体は健康なのだが、一向に意識だけが戻らない。

まるで眠っているようなのに。

「おはよう、ベルローズ。」

って言って、今にも起きてきそうなのに。

「エル…お願い。起きて…。」

何度も何度も願いをかける。

どうか、どうか…彼を返してください。

そうして、とうとう結婚式から一年経ってしまった。それでもエルドリクスは目覚めない。

「エル。今日で結婚一周年よ。1年も寝坊するなんて…酷い夫だわ。あなたは私を寝汚いと言うけれど、その言葉、そっくりそのまま返してやるんだから。」

憎まれ口を叩く口調が涙で揺れる。

「お願いだから起きてよ、馬鹿ぁ…!」

それから、初めて声を上げて泣いた。

二人で歩いた庭を覚えてる。繋いだ手の温もりも覚えてる。そうして、あの結婚式の日に初めて唇を合わせた事も、あなたの視線の熱も覚えてる。

「馬鹿馬鹿、馬鹿…!!!」

火のような涙がこぼれ落ちる。それでも止まらない。止められない。

だから一瞬、幻聴かと思ったのだ。都合の
良い幻だと。

「……馬鹿っていうほうが…馬鹿なんだよ…」

長く出していなかったからだろう。記憶にある声よりガサガサしている。でも…彼の声だ。

「おはよう、ベル。」

そうしてこの日。初めて大声で泣いた日。最も愛しい人が帰ってきたのだった。










しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 だが夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

戦いに行ったはずの騎士様は、女騎士を連れて帰ってきました。

新野乃花(大舟)
恋愛
健気にカサルの帰りを待ち続けていた、彼の婚約者のルミア。しかし帰還の日にカサルの隣にいたのは、同じ騎士であるミーナだった。親し気な様子をアピールしてくるミーナに加え、カサルもまた満更でもないような様子を見せ、ついにカサルはルミアに婚約破棄を告げてしまう。これで騎士としての真実の愛を手にすることができたと豪語するカサルであったものの、彼はその後すぐにあるきっかけから今夜破棄を大きく後悔することとなり…。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

【完結】「妹の身代わりに殺戮の王子に嫁がされた王女。離宮の庭で妖精とじゃがいもを育ててたら、殿下の溺愛が始まりました」

まほりろ
恋愛
 国王の愛人の娘であるヒロインは、母親の死後、王宮内で放置されていた。  食事は一日に一回、カビたパンや腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。  しかしヒロインはそれでもなんとか暮らしていた。  ヒロインの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。  その妖精はヒロインに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。  ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたヒロインは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。 ※カクヨムにも投稿してます。カクヨム先行投稿。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」 ※2023年9月17日女性向けホットランキング1位まで上がりました。ありがとうございます。 ※2023年9月20日恋愛ジャンル1位まで上がりました。ありがとうございます。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...