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それくらいで済んでよかったね@(まだ)健全 16
しおりを挟む「それでさぁ」
画面から顔を上げずに、ルクバト。
「キミのうしろにはりついてるバストゥニの執事、どうしたの?」
「ああ……」
目を遣らずとも感じ取れる背後の気配に、どう説明したものかとハマルは悩む。忠実な従者のごとく半歩下がってひかえたズベンはハマルに任せるつもりのようで、薄い笑みを湛えたまま口を開くことはない。
「いろいろあって、な」
「それって朝のことと関係ある? ない?」
朝。モーニングコールとともに知らされた卑猥な偽画像のことか。
「直接の関係はない」
一切の無関係、そう断言できればよかったのだが。煮えきらない返答になったのは、突然ネットの世界にばらまかれた加工画像と昨日の帰り道に白濁を吹きかけられた件が無関係とは言いきれなかったからだ。
結局、あの時はズベンがかばって浴びた生臭いそれに気を取られて犯人を逃がしてしまった。周囲を見回した頃にはすでに影も形もなく、相手がどんな容姿をしていたのか髪の毛の先すら知らない。
加えてハマルが寝落ちた夜遅くに、またあの白濁がかかった封筒が直接投函されたらしい。夜行性の人間が多いスパシの郵便ですら配送時間が大きくはずれている時刻に、だ。不審に思ったズベンはそれを開封し、中身を見た。
ハマルがズベンと連れ立って帰路についていた写真が数枚と、書き殴った暴言の紙が一枚。淫乱、アバズレ、ガバマン、だれにでも股を開いて男を誘う肉便器。目に余る卑猥な蔑称が延々とつづられ、ハマルめがけてべったりと汚した精液まみれの写真はいずれもズベンの顔を真っ黒なインクでぐしゃぐしゃに塗りつぶしてあったらしい。
どれも伝聞文体なのはズベンが独断の内に処理したため、封筒の一片も目にしてはいないからだ。穏やかな環境を保つため、常に張りつけて崩さない笑みをすべてそぎ落としたズベンが言った。ただ一言、「護らせろ」と。……拒否したし、なんなら勝手に他人の郵便物を開けるなとも注意したが、はねのけられたしなかったことにされた。
「……まあキミが気にしないっていうなら、ボクからとやかく言う必要はないだろうけど」
ふぅん、と。ハマル、ズベンの順に視界に入れたルクバトはこれ以上の追及をしないようだった。彼は自身が強く気になったことにしか切りこまない。
ハマルはひっそりと息を吐いた。飄々としている仕事の相棒は、ことハマルのプライベートとなると少々過保護ともとれなくもない行動に出る節がある。ハマルの方が年上なのにも関わらず、だ。
「許可証をもらってくる。あんたは?」
「もう持ってる!」
ルクバトはポケットから白いカードキーを覗かせた。この施設の奥に向かうのに必要不可欠な許可証だ。
カウンターへと向かう。元々予約が入っているのでハマルの分はすぐに発行されるだろう。問題はアポのないズベンだが。
「い、いらっしゃいませっ」
案内人がやや緊張した面持ちで頭を下げた。ここを訪れた回数は両手の指にも満たないが、そのいずれかでも見た覚えがない顔だった。新しく雇った新入社員だろうか?
「第一スタジオへの入場許可証を頼む。ハマルの名で予約が入っているはずだ」
それともう一つ。つけ加える。
「外来者用の許可証も用意してほしい。俺と同じ、第一スタジオまでで構わない」
目的地である第一スタジオは、エントランスのカウンター右側にある通路、その奥にある。スタジオ、と聞けばニュース番組やワイドショーなどでよく映されるホール状の空間に撮影用のセットが半分、カメラなどの機材やコードがスタッフも巻きこんでごちゃごちゃしている裏側半分がイメージとして浮かぶだろうが、ここは違う。
会議室のような一室。その半分を透明な板で仕切り、さらに半分に区切って右側に椅子とマイクのセットを複数、左側に音量の調整やBGM、SEといった音を流すための機材を所狭しと置いている。板の向こう側だけなら学校、あるいはラジオ局の放送室に似ている、といえばわかりやすいだろうか。
「ハマルくん、ルクバトくん。今日もよろしくお願いしますぞ!」
来訪に真っ先に気づき、出迎えたのは監督を務める男だった。温度を調節する空調が合わないらしく、額に汗をかいている。汗っかきで暑がりなのだと聞いたのは、たしか最初の収録の時だったか。
「こっちこそよろしくね!」
毎回湿った手で握られて、それでも笑顔を浮かべるルクバトはさすがだと思う。ハマルも持ち前の表情筋の鈍さで不快をあらわにはしないが、微笑み続けろと言われたら舌打ちくらいはする。
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