┌(┌^o^)┐ の箱庭

シュンコウ

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それくらいで済んでよかったね@(まだ)健全 15

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「このあと仕事があるんだ。言っておくが、お前を留守番として使う気はないからな」

 あと、食事量の少なさについては放っておいてほしい。一日の大半をたっぷり睡眠に費やしてもなお、食欲より睡眠欲の方へ比重が強く傾いてしまっているのだ。もうそういう体質で、これからも長くつきあうことになるのだと半ばあきらめている。

「お仕事、でございますか。それはつまり、私もご一緒してよい、と?」

「違う」

 マグカップに注がれた紅茶を飲み干してから立ち上がった。歯を磨いて、寝室のクローゼットからロングコートを取ってこなければ。
 数分後に洗面所から寝室へと向かうと、あんなにたくさん余っていた朝食が綺麗さっぱりなくなっていた。一まとめにした空の食器を器用に片手に乗せ、流し台へと移動するズベンのうしろ姿が見える。この短時間であれほどの量を食らい尽くしたのか。おそろしい食事スピードだ。
 速かったのは食事だけではなかった。ロングコートを肩にかけ、再びリビングを横切った時には食器もすべて洗い上げられていた。ちょうど最後の一皿をしっかり拭いて食器棚へと戻したところである。
 ゾッとした。こいつだけ時間の流れが狂っているのでは?

「お待たせいたしました。それでは参りましょうか」

 呆気に取られている間にもう横にいる。名を口にしたらすぐうしろに控えている理由、その一片を垣間見た気分だった。もちろん、気味が悪いという意味で。





 歌手であるハマルの仕事の内容は、言わずもがな曲の収録がほとんどだ。年端もいかない少女の鈴を転がすような高音から野太い男の地を這う低音まで、自在に音域を行き来できる歌声で求められた旋律を的確に奏でる。もちろん、決められた息継ぎもビブラートもお手のものだ。
 しかし業務の二割ほどは歌唱とはまったく関係がない。午後に入って一時間ほど過ぎたころ、事前に指定されていたこぢんまりのオフィスビルにおもむいたのも、その少数に含まれたものであった。
 自動ドアをくぐり、お世辞にも広いとはいえないエントランスに足を踏み入れる。奥へ進むにはまず正面の受付カウンターで来訪目的を告げなければならない。控えている案内人に声をかけようと、視界にとらえるよりも早く。

「やっほーハマル!」

 陽気な声音がハマルを出迎えた。ドン、真横から軽い衝撃。

「時間ギリギリじゃないってことは、二度寝しなかったんだね。えらいえらい!」

 不意打ちの突撃に押されるが、踏ん張らずとも無様に倒れこむことはなかった。回された両腕でぎゅっと抱きしめられたからだ。
 これが赤の他人だったなら即座に燃やしていただろう。驚きはしたものの、実行に移すことはない。彼が仕事の相棒で、パーソナルスペースに踏みこむことを許しているためである。

「さすがに時間厳守の仕事が入っている時まで二度寝をする気はないさ」

 背中を軽くぽんと叩くことで、距離感ゼロのスキンシップに応えた。一際強く腕に力がこもり、かと思えば離れがたいと言わんばかりの行動が嘘のようにパッと離れる。

「よし、じゃあ寝坊しなかった記念に一枚撮ろ! ね、いいでしょ?」

 是とも否とも言う前に頭の位置よりも少し上へ端末を持った手が伸びた。パシャッ。視線を上げるのとほぼ同時に軽やかに響くシャッター音。

「ありがと! あとでフジョッターにアップしとくね!」

 日々変わらない自由気ままさである。ハマルはため息を肯定のかわりにしつつ、改めて彼に向き直った。
 撮ったばかりの画像が表示された画面に触れ、楽しそうに操作する彼こそが朝に電話をかけてきたルクバト本人。ハマルと同じスパシを所属エリアとし、僅差で順位とスコア差を競い合うランキング上位常連者の一人だ。
 高く結い上げてもなお膝に届きそうなほど長い栗色のポニーテールに、黄色味と赤味が橙にうまく溶けこんだ蜂蜜のような琥珀色の目。
 十代でも通じる幼い顔立ちに反比例し、その背丈はハマルよりも高い。ジャケットを腰布として結び、馬の尻尾に似たアクセサリーを引っかけて垂らしている。右の太ももで光るのは、巻きつけられたスートジュエルだ。
 明るく天真爛漫で、気まぐれではあるがそれゆえに顔も幅広く利くルクバトとのつきあいはそれなりに長い。互いの得意分野が合致し、特に生業においては非常によくかみあった相性のよさが最大の理由だ。
 ルクバトは天才を冠した演奏者だ。たった一人で複数の楽器をあやつり、楽譜の音符を余さず拾い上げるだけでなく、あるべき瞬間にあるべき形の音をあてはめる。
 爪に紅のマニキュアを塗った両の手から引き出される調べは聞く者の感嘆を誘うことで有名だ。作曲の才にも恵まれていて、オリジナルの曲はそのメロディーだけでも脅威の再生回数を誇る。


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