┌(┌^o^)┐ の箱庭

シュンコウ

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それくらいで済んでよかったね@(まだ)健全 11

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「他人の心配をするよりも、自分のことをどうにかしろ!」

 ボッ! 意識してスキルを発動させ、炎を生み出した。高熱の余波を放つ真っ青なそれをズベンの右側に押しつける。
 ズベンの目が仮面越しに見開かれたのはほんの一瞬だけだ。すぐに恍惚じみた笑みを浮かべ、胸元に手を添える。

「ハマル様直々に汚れを取り除いてくださるとは。なんと身に余る光栄でしょう……!」

「動くな。お前も消し炭になりたいのか」

 炎はズベンの容姿を構成する肌や髪、衣類を一切焦がさない。ハマルをかばい、その身に受けた白濁のみを喰らって燃やす。そのようにハマルがコントロールしている。
 だが炎というものは元々このような綿密で細かい作業には向かない属性だ。身動がれて座標がずれると調整の意味がなく、すぐに本来の攻撃性を浴びせてしまう。
 灰すらも燃料としてごうごうと燃える青色は、しだいに表面積を小さくしていった。最後の一片がフッと消えたあとには、もう異物の痕跡など微塵も見当たらない。

「こい」

 これで終わりではない。ズベンの腕を取り、やや強引に引いて自宅への道を足早に歩く。
 存在を焼失することが可能な炎でも、感触や臭いまでは払拭できない。洗浄は水の領域だ。身代わりの礼、というわけではないが、シャワーくらいは貸してやるつもりだった。
 ズベンの住処はバストゥニ内にある。スパシの真逆に位置するエリアに帰すより、ハマルの家の方が断然近い。敷居を跨がせたくないという気持ちはあるものの、毛嫌いしているからというつまらない理由だけで恩を仇で返すような不誠実な真似だけはしたくなかった。





「稼ぎに比例しない、ずいぶんと質素な部屋にお住まいなのですね」

 はじめてあげた室内を、ネコのような好奇心をのぞかせてズベンが見回ろうとする。薄々予想はついていたので問答無用で風呂場に叩きこんでやった。執事服を上から下まで剥ぎ取り、下着姿の彼にまだ熱が通っていないぬるま湯を浴びせかける。
 慇懃無礼な幼なじみといえど、さすがに水がしたたるずぶ濡れ状態で人の家を歩く図太さはないらしい。おとなしくシャワーを浴びてくれる。……服を剥いだあたりから不自然に固まっていたが、ハマルは気づいていない。
 執事服は脱いだロングコートとともにクリーニングに出した。わざわざ店に出向かなくても、専用の配線回路を使えば妥当な額のスコアと引き換えに綺麗になって戻ってくる。仕事上の相棒が勝手に結んだ契約だが、わざわざ外に出なくてもいいのが便利で重宝している。
 物に執着があるわけではなく、強いこだわりもない。ズベンの服だって別に備えつけの洗濯機で洗ってやってもよいのだ。高そうな生地がダメになったところで買い替えてやるだけのスコアは山ほど腐るほどある。
 それでもあえてクリーニングを利用したのは、脳裏にちらついた写真のせいだった。動揺こそしていないが、一度自覚してしまった気持ち悪さはなかなか消えてくれない。
 持ち歩くのは面倒だし手がふさがるからと、ポケットに入れて持ち帰ったハサミなどを道具入れと定めた引き出しの中にしまう。灰入りのビニール袋はもちろんゴミ箱行きだ。
 ズベンでも着られそうな、かつ着なくなって久しい服をてきとうに見つくろい、タオルとともに脱衣所に置く。あちらの方が背が高いとはいえ、そこまでの身長差はないので入らないということはないはずだ。体格を持ち出されたら少し不安だが。
 流し台で手を洗い、調理器具置き場として使っている小さなスペースから小鍋を取り出す。水を中ほどまで入れ、コンロの上に置いて火をつけた。
 沸騰するまでの短い間に冷蔵庫から味噌を取り出す。冷えて少し固さがある塊を箸でざっくりとさらい、気泡がふつふつと浮かぶ熱湯につっこんだ。ゆったりと回し、溶けて薄茶色くなったそれに塩をひとつまみ入れる。おたまに少量を乗せ、小皿に移して味見。……少し塩からい味噌の味だ。
 魚類や魚介類が嫌いなハマルはそれらの成分が入った調味料は一切使わない。出汁を取るなんて論外だ。結果、出来上がるのはシンプルな味の簡単な料理ばかり。特別料理が得意というわけではなく、食へのこだわりも少ないので問題視したことはない。
 最後に卵を一つだけ割り入れる。蓋をし、数分煮詰めてから火を消した。味を吸う卵液は味噌汁の塩気をマイルドに美味しく仕上げてくれるだろう。
 炊飯器を確認すると、米が少しばかり残っていた。すべて器に移してラップをかけ、空になった釜を流し台に置いて水につけておく。今のうちに新しく炊いた方がのちのち楽になるのは知っているが、気分が乗らない。
 手が空くと、鼓膜が雨のような水音を拾いはじめた。シャワーが途切れる気配はない。ズベンが出てくるまでもう少しかかるようだ。
 一息つこうとソファーに腰を下ろす。……ズベン相手に軽食を用意する必要はあったのだろうか。やわらかな弾力に沈みながらふと疑問に思う。
 風呂に入れたついでに味噌汁の一杯でもくれてやろうと思い立った気まぐれ。しかしいったん落ち着くと、ここまでする必要はなかったのでは、と思考の冷静な部分が指摘してくる。

「いや、夜食のついでだと思えば……」

 一人分も二人分も作る量はほぼ同じだ。一食でなくなるかどうか、というだけで。
 五時間程度の強制睡眠では抜けきらない慢性的な疲労がどっとにじみ出てくる。目を閉じた。ソファーのあるリビングにいると、シャワーの音よりも騒々しい外の音の方がはっきりと聞こえる。
 閉めきった窓ガラスをすり抜けて響く音楽は、自身の存在を主張しすぎて不協和音そのものだ。しかし歌手としての性分か、聴覚が勝手に音をかきわけて曲名と歌詞をさぐり当てようとする。職業病をわずらうと、こういう時に面倒だ。
 ハマルは深く息を吐いた。無数の反響の中、夜間にしか聞かないはずの下手くそな弾き語りが意識の端に引っかかった気がする。


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