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それくらいで済んでよかったね@(まだ)健全 4
しおりを挟む「これ、全部ファンレターです? やはりアイドルというのはおモテになる職業なんですねぇ」
「……人によるがな」
無感動にそれぞれの癖がある手書きの文字を追っていると、側から声がかかった。空席に手をつき、身を乗り出してハマルの手元を覗きこむアルゲディである。
慎重な性格ではあるが、彼は存外好奇心が強い。人前で開封された手紙たちに、自身に対する危険度は低いと判断したようだ。警戒心さえ取り払ってしまえば子どものように無邪気な面が顔を出す。
ただ、好奇心がネコを殺すという言葉もある。ハマルにとっての作業の本題である「次」で覗き見たことを後悔しないといいのだが。
余談だが、ハマルの職業はアイドルではなく歌手である。なんだかんだで動画投稿や声優といった歌唱以外の活動もさせられている上、わざわざ指摘するほどの強いこだわりもないので訂正強要はしないが。
「うわ……これはひどい。人気となればたちの悪いアンチも湧きますか」
途中に何度もはさまる、赤字で書き殴られた誹謗中傷たっぷりの暴言。ドン引いた隣人を尻目に最後の一枚を読み終えたハマルは、もう一つ──深夜に届いたばかりの例の封筒入りビニール袋を引き寄せた。
数時間もの時を経てすっかりかぴかぴに乾いている。色の変化がない部分をつまんで引っ張ってみると、ビリ、と不穏な音が耳に届いた。乾くついでに癒着もしてしまったらしい。
力任せに引くかどうか、悩んだのはほんの数秒だった。面倒くささが先に立ち、そのままハサミを入れることにする。
ぱくりと口が開いた瞬間、ふわりと立ち昇る生臭さ。思春期年齢を超えた男であればみな必ず一度は嗅ぐ臭い。
ハマルの眉根がわずかに寄る。ねちょ……。かすかに鳴った粘着質で嫌な音をはっきりと聞き取ってしまったからであった。真紅の瞳が写真らしき分厚い束と封筒の裏側の間で糸を引く黄ばんだ白濁を映す。
紙製のはずなのにビニール袋にへばりついたことから予想はしていたが、直接目にすると胃にすっぱいものがこみ上げてくるような不快感があった。そもそもが草木も眠るド深夜に直接投函された物体である。その時点で問題ありと高らかに主張しているようなものだ。
ハマルはハサミとともに買い求めておいた使い捨てのビニール手袋の封を切った。百枚入りで百スコアにも満たない安さ。やや透明な色をした薄っぺらさに反して液体も雑菌も通さない屈強さを持つ。現代技術から生まれたそれを両手にはめた。
本音でいえばどう好意的にみても気色が悪いそれをさっさと焼き払ってやりたい。だがせっかく直に送ってよこされたものを、中身も見ずに焼却するのはファンに支えられている者としてどうか。ハマルは変なところで律儀だった。
数ミリ以下の人工膜に包まれた指先で写真をつかむ。生ぬるい温度とぬるぬるとした触感が伝わって鳥肌が立った。肌に直接付着しているわけではないとわかってはいるのに、わかっていてでさえなかなかに気持ちが悪い。
塊ごと持ち上げるとすべって落としそうだったので、適当に割って外に出した。なかなかに粘り強いいくつもの糸がとろけたピザのチーズのようである。……連想したら最後、しばらく口にするたびに思い出しては吐き気を催されそうなので、心に無を言い聞かせてひたすら相殺したが。
ヴッ。行儀悪い体勢のまま飲料の最後の一口を含んだアルゲディが吹き出しかけた。意地をみせてこらえたのでブドウらしき果汁がまき散らされることはなかったが、支払った代償は大きかったらしい。手のひらで口元を覆い、激しく咽せている。
「ゴホッ……ハ、ハマルさん、……それ……」
言いたいことはなんとなくわかる。かすれた声に目を遣ることで同意を示してから写真を検分した。
手のひらを広げたほどの長方形に映し撮られていたのはすべてハマルだった。どれも遠方から日常の様々なシーンを切り取っている。ツンと鼻をつく黄白に汚れていてわかりにくいが、顔はカメラを向いていなかった。そんな写真を撮る旨の許可を出した覚えもない。盗撮である。
手に持っている分と引き換えに残りも確かめた。似たような構図がひたすら続く。
さすがに手紙に類ずるものはないらしい。なくてよかったと心底思う。あっても口に出すのもおぞましい液体が染みこんだ文字など読みたくない。そもそもインクが滲みに滲んで解読に時間を要しただろう。
人差し指に炎を灯し、先の手紙とともに今度こそお焚き上げの刑に処した。もちろん、液体がこびりついた袋と使用済みの手袋も併せて。
焦げたにおいとともにわずかな灰へと化していく人の想いがしみついた紙たち。音もなく燃えつきて、手紙が入っていたビニールの底へと降り積もる。
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