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それくらいで済んでよかったね@(まだ)健全 2
しおりを挟む比較的まともな部類に入るスパシの住人の共通認識として、早朝の外出は極力控えろ、という暗黙の了解がある。朝焼けに往来する人間はほぼ全員が昼夜逆転した生活を送っており、その弊害による深夜テンションで頭がおかしくなっていることが多いからだ。
変態行動に走るパターンが一番多い。路面で堂々と下半身を露出するだけならまだいい方で、通りすがりに突然精液を吹きかけたりなどもする。強姦被害に泣き寝入りを強いられる者も少なくない。
ジオラマに警察のような犯罪を取り締まる組織がないのも猥褻行為の助長の一因となっていた。元の世界に帰るまで真っ当に過ごしたい人にとってはとんだ迷惑である。
ところで話は変わるが、ハマルが使用するスキルはほぼ九割が炎属性の術技で占められている。
言わずもがな、炎は四大元素の一つに挙げられる火の特性を最も濃く体現した力だ。ジオラマ初心者でも手軽に行使でき、見た目にも鮮やかでド派手な攻撃性の強さから、新米・ベテランを問わず根強い人気を誇る。
しかし扱いやすさとは裏腹に、本来の威力を発揮できるかどうかに使用者の素質が大きく関わってくるのもこの属性最大の癖だ。たとえばまったく同じスキルを使った者が二人いるとして、片方が風前の灯火、もう片方が大火事を引き起こす、というのも珍しくはない。
ハマルは炎の適性にそれはもう大変優れた素質の持ち主だった。あまりにも炎属性に偏りすぎて、他の属性のスキルを使用する際にも必ず炎の要素が混じってしまうほどに。
水を出そうとすれば水蒸気爆発を併発して周囲をこっぱみじんに吹き飛ばす。大地に働きかければもれなく火山が噴火し、洪水のような超高温度のマグマが流出する。もはや得意を通り越して一点集中特化しているといっても過言ではない。
それほどまでに相性がよすぎる属性のスキルを行使するとなると、補助の役割を担う武器が手元になくても発動に必要不可欠な諸々が自動かつ簡易的に省略されるようになる。発動準備時間、使用コスト、冷却期間、エトセトラ。
警戒を促す共通認識の浸透に加え、ハマルのパーソナルスペースは広く、元来闘争心も強い。そんな彼の背後に気配を殺して忍び寄り、羽交い締めしようとした不届者が視線一つで火だるまと化したのも道理であった。
「あ゛、づあ゛、あ゛づぃい゛い゛い゛ぃい゛い゛!!!!!」
汚い悲鳴を上げながら、体をつつむ火をもみ消そうとゴロゴロ転がり回る男。だがその程度で鎮火するほどハマルの力は弱くない。ごうごうと燃え上がる炎は衣類どころか皮膚さえも焼き尽くさんばかりのいきおいだ。
「おい、あれ」
「ハマルじゃん。またバカ一人燃やしてる~」
帰路の途中だろうか。酒缶を片手に通りすがった数人の若い男たちが端末のカメラレンズを向けてきた。シャッター音とフラッシュの嵐。これバズるんじゃね? ハマルがいるから絶対バズるわ。のんきに野次馬を決めこんだ彼らに男を助けようという意思はかけらもない。
ジオラマにおいては何事も自己責任なのだからあたり前だ。自分の身は自分で守るしかないし、やられそうになったらやり返す。迎撃は推奨されている行為だし、仕掛ける側も過剰防衛を覚悟して挑まなければならない。
それを別にしても男たちは慈悲の手を差し伸べないだろう。不審者が手を出したのはスパシのトップスリー常連者だ。触らぬ神に祟りなし、冷静沈着な表面下に苛烈な敵愾心を秘める炎の王を敵に回して灰屑にされたくはない。
画像や動画が投稿されれば二重の意味で炎上さわぎになるだろうが、ハマルは人からの批評に関心がなかった。わずらわしさから不躾な無許可撮影を一瞥するがそれだけで、ロングコートの裾をひるがえし、何もかもを放置する。
不審者に先手を打った炎もあと数分すれば消えるように調整してある。大火傷こそすれど時間が経てば綺麗に治るし、人死にも決して出ない。ジオラマの支配者が廃棄の命を下さないかぎり。
衣類に着火させたので全裸公開まで秒読みでもあるのだが、ハマルはすでに現場を放棄した。返り討ちから丸焼け、そしてフルチンへのフォルムチェンジ。恥が凝縮された一連の流れをどれだけ晒されるかは、撮り収める男たちの手に委ねられている。不審者は猛省して酌量の心を願った方がいい。
夜道を七色に飾りたてていたネオンが朝日に追われて次々と沈黙する。やわらかい闇を惜しみながらも一人、また一人と気配がうらさびれた灰色の素顔の中に溶けこんでいく。夜明けの訪れにわずかな燻りを据え置いて、スパシはしばしの眠りにつこうとしていた。
冷たくはあるが澄んでいない空気の中、ハマルは片腕のビニール袋がこすれ合うガサガサ音とともにエリアとエリアの境界線を跨ぐ。廃れたサイバーパンクのような街並みが、一瞬にしてアジアンテイストにぬりかわった。
碁盤の目のように規則正しく並ぶ、和風と中華を足してアラビアンで割ったような建物。神秘めいた香りが薄霧という姿を持ってそこかしこに漂い、来訪者を呑みこまんと広がっている。
オリエンタルを根底とするエリア・カロ。郷愁いざなう景色が目の前に。
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