┌(┌^o^)┐ の箱庭

シュンコウ

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それくらいで済んでよかったね@(まだ)健全 1

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 目を刺すようなまぶしさとガラス越しにも響く金切り声に、心底唸りたい気持ちだった。
 ここ最近はいつもこうだ。寝室の窓のすぐ下で、お世辞にも上手とはいえないギターの弾き語りが夜な夜な披露されている。
 階下の住人ではない。このあたりをなわばりと決めた流れのアイドル志望者だろう。彼らは明日の食い扶持を稼ぐために、近隣の睡眠事情を慮らない。
 街の一角を陣取り、少しでも多くの通行人の目に留まるべく歌い続ける姿勢と努力を卑しいと下に見るつもりはない。ないのだが、せめて聞ける腕前に上達してから挑戦してほしかったと切に思うばかりだ。耳障りな子守唄はお呼びでない。場所も選べ。ここら一帯は住宅区域だ。
 秒ごとに遠くへと追いやられていく睡魔の軟弱さにため息を吐きながら、ハマルはころりと寝返りを打った。窓に遮光カーテンを引いているが、すぐそばに街灯があるのであまり意味を成していない。
 ネオンぎらつく不夜エリア・スパシの日常である。街灯に混じって乱立する大量のスピーカーから多種多様な音楽が垂れ流されているし、夜空すら明るむまぶしい路上では眠らぬ人々がゾンビのように徘徊する。日をまたぎ、宵が深まっても静まらない。
 外からのくぐもった雑音を除けば、聞こえるのは衣ずれやスプリングの軋み、そして己の呼吸だけである。……はずなのだが、他者よりも秀でているらしい聴力がそれ以外の物音を拾ったので緩慢に瞼を持ち上げた。カタン。小物が落ちるような軽い音であった。
 マットと毛布がやわらかくあたたかいベッドから抜け出して床板を踏む。冷たさが足の裏を通り、骨身にジンとしみるようだ。余計に眠気が退いていくが、どうせ今夜も眠れはしないので気にかけずに玄関へと向かう。音は郵便受けからしたようなので。
 やがてまみえた受取口には、思った通りに物影があった。遠目だと黒い塊だったそれは、薄茶色で手のひらほどの横幅をしている。書類のやりとりによく使われる面白みのない封筒だ。わかったのはつまみ上げてからであった。

「……」

 ハマルは靴箱の上に常備してあるビニール袋を広げた。空気を食べ、膨らんだ小さな空間に封筒を放りこむ。紙でできているはずのそれは、しかし見た目通りにすんなりとは落ちなかった。
 べちゃ。湿った音を立てたきり、いつまでたっても白い表面に貼りついている。





 シャワーを浴びて身づくろいを済ませた。履き慣れたブーツに足を通すハマルの全身が、玄関横の姿見に映る。
 常時ふわふわと風に踊る白金色の癖毛がたっぷり吸った水気でおとなしい。面倒だからという物臭な理由でハマルはドライヤーを好まなかった。タオルでおざなりに水気を拭き取り、あとは自然乾燥に任せるがまま。髪が傷むと逐一苦言を呈されるし、何なら乾ききると元気に毛束が跳ね出すのだが、それくらいで損なわれるような見た目でも髪型でもないので改善する気はもっぱらない。
 ゆるく編みこまれているのは左側の一房だけで、結び止めた髪紐にはクラブ型のスートジュエルが引っかけられている。
 スートジュエルとは名の通り、トランプのスートを模して四つのひし形の結晶を組み合わせた装飾宝石だ。身につける者の在籍エリアを示す簡易的な身分証でもある。宝石を冠するだけあって、光に透かすと美しい。
 ゆるやかにうねる毛先かすめた肩には袖を通さずにロングコートを羽織った。純白に汚れもしみもないのは所持スキルの効力の賜物だ。なにものにも染まらないという意味である種のトレードマークにもなっている。らしい。知らないが。
 鏡に視線をやる。面という境界をへだてて同時に見返してきた目は、燃える焔のような真紅色だ。目尻に紅の目張りを施しているため、つり目気味に見える。
 下瞼にはそこそこ黒い隈がある。連日続く寝不足によってこさえてしまったものだ。仕事が入ればコンシーラーで隠すが、今日は必要ない。
 財布の機能もそなえた端末をポケットにつっこんで二つのビニール袋を引っ提げる。戸締まりを済ませ、そこそこ年季の入ったアパートの階段を下った。ガサガサと鳴る音が、癖で殺しがちな足音がわりのようだ。
 自室の下にあたる場所付近に目を遣ったが下手くそな演奏者の姿はない。風呂から上がった頃には聞こえなくなっていたので、その間に引き上げたのだろう。
 わずかばかり残念な気持ちになる。ハマルも歌声でスコアを荒稼ぎする者の一端だ。声をかける気はさらさらないが、音職に携わる身としてどんな人物がアレを奏でていたのか少しばかり気になったので。


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