上 下
93 / 124
ライゼン通りのお針子さん6  ~春色の青春物語~

六章 ピクニックに行こう

しおりを挟む
 久々に晴たある日の仕立て屋。今日はお店が休業日の日でアイリスはゆっくりとした朝を過ごしていた。

「う~ん。やっぱりお天気がいいと気持ちがいいわね。さて、溜まった洗濯物でも干しておこうかしら」

「おはよう」

独り言を呟いていると一階から誰かの声が聞こえてきて彼女は玄関へと向かう。

「はい。って、キース如何したの?」

「……」

そこには神妙な顔で立っているキースの姿がありアイリスは不思議そうに首を傾げた。

「あ、あのさ。今日はお仕事お休みなんだろう。それで、僕も有給休暇なんだ。だから、その。天気もいい事だし気分転換に始まりの原っぱにピクニックに行かないかな」

「ピクニック?」

改まった態度でそうお誘いしてきた彼の言葉に彼女は目を瞬く。

「う、うん。実はイクトさんからアイリスの話を聞いて。ここの所働きづめだから心配だっていうものだからそれで、気分転換にピクニックにでも行かないかと思ってね」

「イクトさんがそんなことを……分かった。ピクニックに行きましょう」

「良かった。それじゃあ準備が出来たら早速行こう」

「うん」

ピクニックのお誘いを受けてくれたことに安堵しながらキースが言うとアイリスは早速身支度を整えて家を後にした。

「レイヴィン隊長達から話を聞いたんだけど。ここ始まりの原っぱはコーディル王国に住んでいる人達の憩いの場所でよくピクニックに来るんだとか」

「そう言えば前にイクトさんから同じような話を聞いたことがあるわ。何時だったかイクトさんと一緒にピクニックに行きたいなって話した事があったの」

「そ、そうなんだ。ごめんねイクトさんと行く前に僕と一緒に行くことになってしまって」

「うんん。キースと一緒にピクニックに来られて楽しいわ」

イクトの話を出されるとたじろいでしまう彼の様子に気付くことなく彼女は笑顔で答える。

「これ僕が作ったサンドウィッチなんだけど良かったら食べて。あ、お茶もあるからどうぞ」

「有難う。それではいただきます。う~ん。美味しい! キースって料理上手なのね」

「学生時代は寮暮らしだったから自然と覚えたんだよ」

「学食はなかったの?」

キースの言葉に驚いて尋ねると彼がまさかと言った感じに笑い口を開く。

「勿論学食もあったけれど休みの日は食堂もお休みだったから自分達で自炊するのが当たり前だったんだよ」

「そう。騎士養成学校の頃の話初めて聞くかも」

「そう言えば初めて話すね。今までは機会がなかったから。でもアイリスが知りたいならいくらでも話すよ。失敗した話ばかりだけれど」

アイリスの言葉にキースも納得した顔をしながら話す。

「泣き虫だったからちょっと心配していたのよ。学校で何かあって逃げ出したくなることもあったんじゃない?」

「そりゃあ、いろいろとあって逃げ出したいと思ったこともあったよ。だけど、憧れの騎士になるためにこれくらいでへこたれていてはいけないと、強くならないとって思って血のにじむ努力をしてきたんだ」

彼女の言葉に苦笑した彼が思い出を振り返りながら答える。

「そっか、私もお針子になるために勉強していた頃。何度も挫折してもう辞めようって思ったこともあった。でも仕立て屋アイリスでお針子として働くことが夢だったから諦めずに頑張ってこれたの。私が頑張ってこれたのはキースのおかげでもあるのよ」

「どういう事?」

アイリスが笑顔で言った言葉の意味が分からず首を傾げた。

「キースも今頃夢に向かって頑張っているだろうなって思ったら自然と力が沸いてきて、私も頑張ろうって思えたの。だからキースのおかげなのよ」

「そ、そんな。僕の方こそアイリスがお針子になる夢を諦めずに頑張っているだろうなって思ったから、だから騎士になる為の厳しい試練も乗り越えてこれたんだ」

「ふふ。それならお互い様なのね」

「うん」

二人して微笑み合うと晴れ渡る空を見ながら食事する。

「私ね、今新しい夢を持っているの」

「え?」

不意に口を開いたアイリスの言葉にキースが目を丸めた。

「仕立て屋アイリスでずっと仕事をする事。そしていつかそれを誰かに受け継いでもらう事。イクトさんが私のおばあちゃんから店を受け継いでくれたみたいに。私もいつか誰か信頼できる人にお店を受け継いでもらいたい。その為に今は私がお仕事を頑張るんだって」

「そうか。僕もささやかな夢があるんだ。と言ってもアイリスみたいに凄い夢じゃないけど。この国に派遣されて騎士団に入った。だけど願いが叶うならばずっとこの国で騎士としてアイリス達の生活を守り続けられるようなそんな騎士になれたらと」

夢を語る彼女の言葉につられるように彼も話す。

「どこがささやかな夢なのよ凄い夢じゃないの。私応援してるね」

「有難う。僕もアイリスの夢を応援してるよ」

二人で小さく笑いまた空を見上げた。

「そろそろ帰ろうか」

「そうね」

夕方の光が差し込む原っぱでキースがそう呟くとアイリスも頷く。

「今日はピクニックに誘ってくれて有難う。とても楽しかったわ」

「一緒にピクニック出来て嬉しかったよ。また……誘ったら来てくれる?」

仕立て屋まで送ってくれた彼へと笑顔で言う。そんな彼女へとキースが不安そうに尋ねた。

「? 勿論よ。また一緒にピクニックに行きましょうね。今度は私が美味しいお弁当作って持って行くから」

「それは楽しみだな。それじゃあ、今日は有り難う。またね」

彼が何を言いたいのか理解できなくて不思議そうに目を瞬いたが自分の気持ちを伝える。

その言葉に笑顔に戻った彼がそう言って帰って行った。

「ふふっ。キースとピクニック楽しかったな。……思い出すな。昔は私からいつもピクニックに誘っていたのよね。キースってば家に引きこもって本ばかり読んでいたから。心配で……そう言えば初めて連れ出した時にサンドウィッチを作って持って行ったんだったな。あ、そうか」

そこまで独り言を零して納得する。

「キース。私の事心配してくれていたんだ。おばさん達とのこともあったし、仕事が忙しくて家に引きこもってばかりだったし。それで、ピクニックに行こうって誘ってくれたんだわ」

キースの優しさに触れてアイリスは嬉しくて笑顔になった。

「イクトさんから話を聞いたなんて言っていたけれど本当は口実作りだったのね。なによ、もう。それならそうだって始めから言ってくれれば良かったのに」

この場にいない彼へと向けて独り言を零しながら部屋へと入る。

「今度は私から誘ってみよう」

そう呟くと今日一日の出来事を思い返して微笑んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

お城のお針子~キラふわな仕事だと思ってたのになんか違った!~

おきょう
恋愛
突然の婚約破棄をされてから一年半。元婚約者はもう結婚し、子供まで出来たというのに、エリーはまだ立ち直れずにモヤモヤとした日々を過ごしていた。 そんなエリーの元に降ってきたのは、城からの針子としての就職案内。この鬱々とした毎日から離れられるならと行くことに決めたが、待っていたのは兵が破いた訓練着の修繕の仕事だった。 「可愛いドレスが作りたかったのに!」とがっかりしつつ、エリーは汗臭く泥臭い訓練着を一心不乱に縫いまくる。 いつかキラキラふわふわなドレスを作れることを夢見つつ。 ※他サイトに掲載していたものの改稿版になります。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

最悪から始まった新たな生活。運命は時に悪戯をするようだ。

久遠 れんり
ファンタジー
男主人公。 勤務中体調が悪くなり、家へと帰る。 すると同棲相手の彼女は、知らない男達と。 全員追い出した後、頭痛はひどくなり意識を失うように眠りに落ちる。 目を覚ますとそこは、異世界のような現実が始まっていた。 そこから始まる出会いと、変わっていく人々の生活。 そんな、よくある話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

処理中です...