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ライゼン通りのお針子さん6  ~春色の青春物語~

二章 アイリスとソフィー

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 ある日の仕立て屋アイリスの昼下がり。鈴の音が鳴り響き誰かお客が来た事をアイリスに伝える。

「こんにちは」

「いらっしゃいませ、あ。ソフィーさん」

カウンター越しから顔を覗かせてみるとそこにはソフィアが立っており慌てて駆け寄った。

「もしかしてイクトさんに会いに来たのですか?」

「えぇ、そうよ。だけど今はいないみたいね」

アイリスの言葉に彼女が優しい微笑を湛えたまま頷く。

「そうなんです。用事があるとかで今出かけていて」

彼女は申し訳なさそうに伝えた。

「それなら、また今度にするわ。それよりも、アイリスちゃん去年と比べていい顔になったわね。その様子なら悩みは解決したって感じかしら」

「あの時は、ソフィーさんにご迷惑おかけいたし申し訳ありませんでした」

にこりと笑いソフィアが言った言葉にそうだったと思い出し頭を下げて謝る。

「ふふっ。気にしていないわ。悩みが解決してよかった」

彼女の言葉に頭をあげるとそこには変わらず優しい微笑を浮かべて立っているソフィアの姿があった。

「それから、ソフィーさんが作ってくださったお薬のおかげでおじさんの怪我も早くよくなりそうなんです。有難う御座いました」

「そう、役に立ったのならば嬉しいわ」

薬について感謝するアイリスに彼女が本当に嬉しそうに照れ笑いする。

「……ねぇ、アイリスちゃん。ちょっと昔の話だけれど聞いてもらえるかしら」

「はい?」

何を思ったのか悲しげに瞳を揺らしながら改まった態度でソフィアが口を開く。

「私ね、今では王国一の錬金術師と言われているけれど、貴女と同じでこの国の出身じゃないの。故郷を捨ててこの街にやって来た。そしてここで錬金術の工房を開いて、いろんな人と出会ってずっとこのライゼン通りで骨を埋める覚悟でいたわ」

「……」

語り始めた彼女の言葉をアイリスは不思議に思いながらも黙って聞き入る。

「だけど最近ある人と再会したの。そうしたら急に故郷に残してきた人達の事を思い出してね。それで、悩んでしまったの」

「それって……」

「勿論この国から離れる気はないから安心してね。ただ、何も言わずに飛び出してきてしまったものだから一度くらいはちゃんと会って話をしておくべきだったのではないかと思ってしまったのよ」

ソフィアの言葉に彼女は驚いて尋ねる。その表情を見て誤解していると思い安心させるように微笑むと彼女がまた語り出す。

「皆心配していると思うから……会えるうちにきちんと話しておいた方がいいのではないかってね。突然お別れになる事だってあり得るのだから」

「ソフィーさん?」

誰の事を思い出しているのか分からないが悲しげに瞳を潤ませる様子にアイリスは不思議そうに呟く。

「だから、今の私は去年のアイリスちゃんと同じなの。どちらも大切だから悩んでしまう」

「だけど、いつか答えは出さないといけない……ですよね」

我に返り微笑みを浮かべて語るソフィアの言葉に彼女も続くように話す。

「えぇ、そうよ。いつかは答えを出さないといけない。私はもう悩む事なんてないと思っていたけれど、人生っていつ何が起こるか分からないものね」

「答えは出せるのですか?」

彼女の言葉にアイリスはなんとなく尋ねる。

「今の私なら出せるわ。アイリスちゃんお話聞いてくれて有難うね」

「……」

ソフィアが言うとウィンクを一つ残して立ち去った。

「やっぱりソフィーさんって凄く大人な女性だな。私なんて答えが出せなくてずっと悩んでいたのに……かっこいい」

一人になった空間でアイリスは頬を赤らめ憧れの存在が出て行った扉を見詰めながら呟いた。

「ただいま。遅くなってごめんね……アイリス?」

しばらくぼんやりしているとイクトが帰って来て声をかけられる。

「はっ! イクトさんお帰りなさい」

慌てて誤魔化すように返事をした。

「誰か来ていたのかな?」

「はい。ソフィーさんがいらしてまして。イクトさんに用があったみたいですのでまた今度来ると思います」

「そうか。ソフィーが来ていたのか」

笑顔で問いかけられてアイリスはすぐに答える。その言葉で誰が来ていたのか理解した彼が優しく微笑み納得した。

「それよりソフィーさんのお話を聞いたのですが、ソフィーさんってこの国の出身じゃなかったんですね」

「そう言えば話した事が無かったね。うん。そうこの国の外から来た人なんだよ。確かオルドーラの出身だったと記憶しているけれど」

彼女の言葉にイクトが答える。

「オルドーラの。だから錬金術の仕事をされているんですね」

「国一番の錬金術師で王宮に仕えていたとかって噂は聞いたことがあるよ」

「えぇっ!? す、凄い」

彼の話を聞いて純粋に凄い人だなと思い瞳を輝かせるアイリス。

「噂話だからどこまで本当なのかは分からないけれど、凄く腕のいい錬金術師としてオルドーラでは知らない人はいなかったらしいとレオ様から聞いたことがあるんだ」

「流石はソフィーさん。凄い人ですね」

落ち着いてと言わんばかりの口調でイクトが話すと、彼女はそれでもといいたげに両手を握りしめソフィアを褒める。

「ははっ。アイリスは本当にソフィーの事尊敬しているんだね」

「はい。私いつかソフィーさんみたいな人になりたいです」

「……うん。いつかなれるよ。アイリスなら」

爽やかに笑う彼へとアイリスは大きく頷き答える。その姿にミラの姿を重ねながらイクトが優しい口調で同意した。

「そう、なれますかね」

「うん。アイリスならいつか絶対にそうなれるよ」

不安がる彼女へと彼が優しい微笑みを浮かべたまま力強く答える。

「如何して絶対なんて言い切れるんですか?」

「今でもお客様の為に一生懸命心を込めて仕事をしている。そんなアイリスだから……だよ」

不思議そうに問いかけるアイリスへとイクトがそう言って笑う。

「ふふっ。イクトさんがそう言うならいつかなれるような気がしてきました」

「うん」

小さく笑う彼女の姿を彼が揺れる瞳で見詰めていた事にアイリスは気付かなかった。
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