上 下
89 / 124
ライゼン通りのお針子さん6  ~春色の青春物語~

二章 アイリスとソフィー

しおりを挟む
 ある日の仕立て屋アイリスの昼下がり。鈴の音が鳴り響き誰かお客が来た事をアイリスに伝える。

「こんにちは」

「いらっしゃいませ、あ。ソフィーさん」

カウンター越しから顔を覗かせてみるとそこにはソフィアが立っており慌てて駆け寄った。

「もしかしてイクトさんに会いに来たのですか?」

「えぇ、そうよ。だけど今はいないみたいね」

アイリスの言葉に彼女が優しい微笑を湛えたまま頷く。

「そうなんです。用事があるとかで今出かけていて」

彼女は申し訳なさそうに伝えた。

「それなら、また今度にするわ。それよりも、アイリスちゃん去年と比べていい顔になったわね。その様子なら悩みは解決したって感じかしら」

「あの時は、ソフィーさんにご迷惑おかけいたし申し訳ありませんでした」

にこりと笑いソフィアが言った言葉にそうだったと思い出し頭を下げて謝る。

「ふふっ。気にしていないわ。悩みが解決してよかった」

彼女の言葉に頭をあげるとそこには変わらず優しい微笑を浮かべて立っているソフィアの姿があった。

「それから、ソフィーさんが作ってくださったお薬のおかげでおじさんの怪我も早くよくなりそうなんです。有難う御座いました」

「そう、役に立ったのならば嬉しいわ」

薬について感謝するアイリスに彼女が本当に嬉しそうに照れ笑いする。

「……ねぇ、アイリスちゃん。ちょっと昔の話だけれど聞いてもらえるかしら」

「はい?」

何を思ったのか悲しげに瞳を揺らしながら改まった態度でソフィアが口を開く。

「私ね、今では王国一の錬金術師と言われているけれど、貴女と同じでこの国の出身じゃないの。故郷を捨ててこの街にやって来た。そしてここで錬金術の工房を開いて、いろんな人と出会ってずっとこのライゼン通りで骨を埋める覚悟でいたわ」

「……」

語り始めた彼女の言葉をアイリスは不思議に思いながらも黙って聞き入る。

「だけど最近ある人と再会したの。そうしたら急に故郷に残してきた人達の事を思い出してね。それで、悩んでしまったの」

「それって……」

「勿論この国から離れる気はないから安心してね。ただ、何も言わずに飛び出してきてしまったものだから一度くらいはちゃんと会って話をしておくべきだったのではないかと思ってしまったのよ」

ソフィアの言葉に彼女は驚いて尋ねる。その表情を見て誤解していると思い安心させるように微笑むと彼女がまた語り出す。

「皆心配していると思うから……会えるうちにきちんと話しておいた方がいいのではないかってね。突然お別れになる事だってあり得るのだから」

「ソフィーさん?」

誰の事を思い出しているのか分からないが悲しげに瞳を潤ませる様子にアイリスは不思議そうに呟く。

「だから、今の私は去年のアイリスちゃんと同じなの。どちらも大切だから悩んでしまう」

「だけど、いつか答えは出さないといけない……ですよね」

我に返り微笑みを浮かべて語るソフィアの言葉に彼女も続くように話す。

「えぇ、そうよ。いつかは答えを出さないといけない。私はもう悩む事なんてないと思っていたけれど、人生っていつ何が起こるか分からないものね」

「答えは出せるのですか?」

彼女の言葉にアイリスはなんとなく尋ねる。

「今の私なら出せるわ。アイリスちゃんお話聞いてくれて有難うね」

「……」

ソフィアが言うとウィンクを一つ残して立ち去った。

「やっぱりソフィーさんって凄く大人な女性だな。私なんて答えが出せなくてずっと悩んでいたのに……かっこいい」

一人になった空間でアイリスは頬を赤らめ憧れの存在が出て行った扉を見詰めながら呟いた。

「ただいま。遅くなってごめんね……アイリス?」

しばらくぼんやりしているとイクトが帰って来て声をかけられる。

「はっ! イクトさんお帰りなさい」

慌てて誤魔化すように返事をした。

「誰か来ていたのかな?」

「はい。ソフィーさんがいらしてまして。イクトさんに用があったみたいですのでまた今度来ると思います」

「そうか。ソフィーが来ていたのか」

笑顔で問いかけられてアイリスはすぐに答える。その言葉で誰が来ていたのか理解した彼が優しく微笑み納得した。

「それよりソフィーさんのお話を聞いたのですが、ソフィーさんってこの国の出身じゃなかったんですね」

「そう言えば話した事が無かったね。うん。そうこの国の外から来た人なんだよ。確かオルドーラの出身だったと記憶しているけれど」

彼女の言葉にイクトが答える。

「オルドーラの。だから錬金術の仕事をされているんですね」

「国一番の錬金術師で王宮に仕えていたとかって噂は聞いたことがあるよ」

「えぇっ!? す、凄い」

彼の話を聞いて純粋に凄い人だなと思い瞳を輝かせるアイリス。

「噂話だからどこまで本当なのかは分からないけれど、凄く腕のいい錬金術師としてオルドーラでは知らない人はいなかったらしいとレオ様から聞いたことがあるんだ」

「流石はソフィーさん。凄い人ですね」

落ち着いてと言わんばかりの口調でイクトが話すと、彼女はそれでもといいたげに両手を握りしめソフィアを褒める。

「ははっ。アイリスは本当にソフィーの事尊敬しているんだね」

「はい。私いつかソフィーさんみたいな人になりたいです」

「……うん。いつかなれるよ。アイリスなら」

爽やかに笑う彼へとアイリスは大きく頷き答える。その姿にミラの姿を重ねながらイクトが優しい口調で同意した。

「そう、なれますかね」

「うん。アイリスならいつか絶対にそうなれるよ」

不安がる彼女へと彼が優しい微笑みを浮かべたまま力強く答える。

「如何して絶対なんて言い切れるんですか?」

「今でもお客様の為に一生懸命心を込めて仕事をしている。そんなアイリスだから……だよ」

不思議そうに問いかけるアイリスへとイクトがそう言って笑う。

「ふふっ。イクトさんがそう言うならいつかなれるような気がしてきました」

「うん」

小さく笑う彼女の姿を彼が揺れる瞳で見詰めていた事にアイリスは気付かなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

お城のお針子~キラふわな仕事だと思ってたのになんか違った!~

おきょう
恋愛
突然の婚約破棄をされてから一年半。元婚約者はもう結婚し、子供まで出来たというのに、エリーはまだ立ち直れずにモヤモヤとした日々を過ごしていた。 そんなエリーの元に降ってきたのは、城からの針子としての就職案内。この鬱々とした毎日から離れられるならと行くことに決めたが、待っていたのは兵が破いた訓練着の修繕の仕事だった。 「可愛いドレスが作りたかったのに!」とがっかりしつつ、エリーは汗臭く泥臭い訓練着を一心不乱に縫いまくる。 いつかキラキラふわふわなドレスを作れることを夢見つつ。 ※他サイトに掲載していたものの改稿版になります。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

処理中です...