ライゼン通りのお針子さん~新米店長奮闘記~

水竜寺葵

文字の大きさ
上 下
88 / 124
ライゼン通りのお針子さん6  ~春色の青春物語~

一章 イリスの恋の行方

しおりを挟む
 春の訪れを知らせる女神がパレードをした翌日。仕立て屋の扉が開かれお客が入って来た。

「やぁ、子猫ちゃん。今日も可愛いね」

「ルークさんいらっしゃいませ」

爽やかな笑顔でアイリスに詰め寄るルークに彼女はもう逃げる事もなくなれてしまった様子で流す。

「ねぇ、聞いてくれよ。この前俺に恋しちゃった子がいるって話しただろう。あの後彼女と会ってね話をしたんだけど途端に泣き出して逃げて行っちゃってさ」

「それは相手の方が気の毒ですね」

彼の話にアイリスは女性がフラれてしまったことを気の毒に思う。

「うん。俺には心に決めた人がいるから君とは付き合えないってちゃんと伝えたんだ。どう、偉いでしょ」

「え、ははっ……」

まるで褒めてくれと言わんばかりに微笑むルークへと彼女は空笑いで答えた。

「失礼します」

「あ、イリスさんいらっしゃいませ」

そこに誰かがやって来たのでお客の顔を見るとイリスが真剣な顔をして立っていてアイリスは声をかける。

「……っぅ。アイリスさん勝負ですわ!」

「え?」

ルークとアイリスの姿を目に留めた途端令嬢がそう言って右手の人差し指で彼女の姿を指し示す。

「わたくしと勝負して下さいませ」

「ち、ちょっと待って下さい。いきなりどうしてそうなるんですか?」

勢いよく言われた言葉にアイリスは戸惑いながら理由を説明して欲しいと話す。

「わたくしはアイリスさんの事も好きです。ですが、それ以上にルーク様の事が好きなのですわ。ですから、ルーク様のハートを射止めるためにアイリスさんと勝負しますの。アイリスさんに勝てたのであればきっとルーク様もわたくしを見て下さるはず」

「あ、俺のこと好きになっちゃった女の子って言うのがあのイリスの事なんだ」

「ええっ!?」

腰に手を当てて話すイリスの言葉に戸惑っているとルークが耳打ちして教えてくれる。その内容に彼女は驚いて大きな声をあげてしまった。

「さぁ、勝負ですわ。ルーク様わたくしとアイリスさんの勝負最後まで見ていてくださいませ」

「あぁ……俺の為に二人の女性が争うなんて。俺は何て罪深い男なのだろう」

令嬢の言葉に彼が右手を額に当てて自分の世界に酔いしれる。

「……勝負の内容はどちらが先にルーク様の心を射止められるかですわ」

「い、射止める?」

「あぁ~イリス。君の気持ちは嬉しいよ。でも俺にはアイリスがいる。だから君の気持には答えられないよ」

イリスの説明にアイリスは如何したらいいのだろうと思いながらルークを見るが彼は自分の世界に入ったまま独り言を零しており助けに入ってはくれなさそうであった。

「イ、 イリスさん落ち着いてお話し合いを……」

「まさかアイリスさんともあろう人がわたくしとの勝負から逃げるおつもりですの?」

落ち着いて話をしようというも令嬢は話を聞く耳を持っていない様子。

「うぅ……イ、イクトさ――」

「……何をなさっていますの」

とうとう困り果ててしまったアイリスは奥にいるイクトを呼ぼうと口を開く。そこに静かな怒りを抱えた声音で誰かの声が聞こえて来た。

「あ、マーガレット様」

「……イリスもルークも何をなさっておりますの。ここはアイリスのお店ですのよ。他のお客様のご迷惑にもなりますわ。お店で騒ぎなんて起こさないでくださいな」

助かったと言わんばかりに安堵する彼女に任せろと言わんばかりに瞬きをしたマーガレットが静かな怒りを口に出す。

「マーガレットさん。その、これは恋する乙女通しの譲れない戦いでありましてね」

「あぁ、俺のせいでまた争いが起こってしまいそうだ。子猫ちゃんにイリスにマーガレット。三人の女性を争わせてしまうとは俺は何て罪深い男だ」

このお店に迷惑をかけていると言われてたじろぎながら弁解するイリスに自分の世界に浸ったままのルーク。

「すぅ……イリス。貴女アイリスが本気でこの男を好きになるとでもお思いですの。アイリスが困っています。貴女がルークを好きになるのは勝手ですけれども、そこにアイリスを巻き込まないでくださいな」

「っぅ」

大きく息を吸い込んだマーガレットがそう言い放つとイリスは畏縮して身を縮こませる。

「ルーク。貴方も貴方ですわよ。頭の中お花畑の救いようのないお方だとは思っておりましたが、これ以上アイリスに迷惑をかけるならばこのお店に近づくことを禁止致しますわよ」

「っ!?」

続けてルークを睨み付けて話した令嬢の言葉に彼が目を見開く。

「おいおい。冗談だよな」

「わたくしに出来ないとお思いですの? このお店の常連の皆様とはとても仲がよろしいの。ですのでわたくしが一声かければ貴方がこのお店に近づけないように協力して下さいますわよ。あぁ、それともグラヴィス侯爵に直接話した方がよろしいかしら?」

引きつった笑顔で問いかけるルークへとマーガレットがほくそ笑み答えた。

「ま、待ってくれ。親父に話すのだけは勘弁してくれ。これ以上迷惑かけないように俺なりに気を付けるから」

「でしたらアイリスの事諦めてイリスとお付き合いなさいな」

「「え?」」

慌てて頼み込む彼へと令嬢がにこりと笑い話す。その言葉にイリスとルークが同時に声をあげて呆気にとられる。

「ち、ちょっと待ってくれ。アイリスの事諦めるなんてそんな――」

「ではこのお店に近づけないようにグラヴィス侯爵に話をしに行きますわ」

「わ、分った! 分かったから。親父には話さないで」

そんなことは無理だと言おうとする彼を黙らすようにマーガレットが言うとルークが焦って答えた。

「イリス良かったですわね。これでアイリスと争う必要は無くなりましたわよ」

「ルーク様。あのぅ……その。ほ、本当にわたくしとお付き合いを」

「う……ぐっ……っ~。あ、ああ。いいだろう。アイリスのこと忘れることはできないだろうけれどお付き合いくらいはしてあげるよ」

したり顔で令嬢が言うとイリスがもじもじしながら彼へと上目遣いで見詰めて尋ねる。それに何かと格闘するように数秒悩み考えていたルークが開き直った様子で了承した。

「ぅ……わたくし嬉しい」

「おめでとう。末永くお幸せになってくださいな」

「なんか、良かったのか悪かったのか」

赤面した顔を覆い隠し涙する令嬢の様子をにこやかな笑顔で見やりマーガレットが言う。

アイリスは助けてもらったことは有り難いと思いながらもあくどい微笑を浮かべる令嬢の様子を見詰めて溜息を吐き出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

華都のローズマリー

みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。 新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

最弱王子なのに辺境領地の再建任されました!?無気力領主と貧困村を救ったら、いつの間にか国政の中心になってた件について~

そらら
ファンタジー
リエルは、王国の第五王子でありながら、実績も勢力も乏しい存在だった。 王位争いの一環として、彼は辺境の「エルウァイ領地」に配属されることになる。 しかし、そこは獣害や盗賊の被害が相次ぎ、経済も破綻寸前の“外れ領地”だった。 無気力な領主・ルドルフと共に、この荒廃した地を立て直すことになったリエルは、相棒の神聖獣フェンリルと共に領地を視察するが、住民たちの反応は冷たいものだった。 さらに、領地を脅かす巨大な魔物の存在が判明。 「まずは住民の不安を取り除こう」と決意したリエルは、フェンリルと共に作戦を立て、魔物の討伐に乗り出すことを決める。 果たして、リエルはこの絶望的な状況を覆し、王位争いに食い込むことができるのか!? 辺境の村から始まる、領地改革と成り上がりの物語が今、幕を開ける——!

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

【完結】私の結婚支度金で借金を支払うそうですけど…?

まりぃべる
ファンタジー
私の両親は典型的貴族。見栄っ張り。 うちは伯爵領を賜っているけれど、借金がたまりにたまって…。その日暮らしていけるのが不思議な位。 私、マーガレットは、今年16歳。 この度、結婚の申し込みが舞い込みました。 私の結婚支度金でたまった借金を返すってウキウキしながら言うけれど…。 支度、はしなくてよろしいのでしょうか。 ☆世界観は、小説の中での世界観となっています。現実とは違う所もありますので、よろしくお願いします。

処理中です...