上 下
79 / 124
ライゼン通りのお針子さん5 ~店長就任以来の危機? 波乱を呼ぶ手紙~

十一章 突然の手紙

しおりを挟む
 落ち葉が彩るライゼン通りのある日の事。

「あら、おばさんから手紙だわ」

朝ポストを確認したアイリスはそこに入っていた白い封筒の宛名を見て笑顔になる。

「如何したんだろう。この前の手紙の返事かな?」

嬉しそうに呟きながら手紙を持って店へと入った。

『アイリスへ元気にしている? 実は少し困ったことになってしまったの。うちの旦那が仕事中に大怪我をしてしまってね。それで暫く療養しないといけなくなってお家が大変な状況なの。旦那の代わりに私が働かないといけなくなってしまったからそれで貴女に帰ってきてもらいたいのよ。家の事を手伝ってもらいたいの。お返事待ってます。 ライラ』

「えっ。おじさんが怪我を……戻って来てもらいたいって……でも」

「おはよう。アイリス如何したんだ?」

手紙を読み上げた彼女は呆然としてしまう。突然の出来事に頭がついて行かなくて混乱してしまったのだ。そこにやって来たイクトがアイリスの顔を見て驚く。

「イクトさん。おばさんから手紙が来て、おじさんが仕事中に大怪我を負ってしまったらしくおばさんが働かないと行けなくなったから。それで私に戻って来てもらいたいって……」

「え!?」

どこか虚ろな様子の彼女の言葉に彼も驚いて目を見開く。

「私、お店を辞めないといけないの? せっかく店長としての仕事も慣れてきて、この街で骨をうずめるつもりで頑張って来たのに……」

「アイリス。突然の事で混乱してしまうのも無理は無い。ライラさんには少し考えさせてもらえないかって伝えておいてゆっくり決断を決めると良いよ」

「イクトさん……そう、ですよね。こんな重大な事簡単に決めてしまえないですものね」

狼狽えるアイリスへとイクトが優しく落ち着かせるような声音で話す。その言葉に彼女も頷いた。

「それで、アイリスはこの店を辞めてしまうのか?」

「それはまだ分からないよ。兎に角暫くの間は様子を見てみようと思う」

昼過ぎ来店してきたマルセンが驚いて尋ねる言葉に彼が答える。

「なぁ。もし、もしもだ。アイリスがこの店を辞めて故郷に帰ってしまったらイクトお前はそれで平気なのか?」

「如何するのかを決めるのは俺ではなくアイリスだ。だから俺はアイリスが決めた事ならどんな結果であれ受け入れるつもりだよ」

彼の言葉にイクトが普段と変わらない様子で語った。マルセンには口ではそう言うがやはり寂しさがこみあげてきてそれを必死に隠そうとしているように見えて眉を寄せる。

「俺は心配だ。アイリスがいなくなった後お前がまた荒れてしまわないかと思うと……」

「昔の俺だったら荒れていたかもしれないね。でも本当に大丈夫なんだ。俺はアイリスと出会えて救われた。だからもうこれ以上の幸せを俺が貰ってはいけないんだよ」

「イクト……」

彼の言葉にイクトがとても穏やかな微笑みを浮かべて話す。その表情は穏やかなのに影が見えた気がしてマルセンが呟きを零した。

その頃アイリスはいつものように作業部屋で仕立てを行っていたのだが……。

「……」

「アイリス入るよ……アイリス!?」

ぼんやりとしながら作業をしているとイクトの驚いた声が聞こえて我に返る。

「あ、いけない。私ったらぼんやりしてしまってお客様の服なのに」

気が付いた時にはもう手遅れで切ってはいけない部分を切り落としてしまっていて呆然とした様子で呟く。

「アイリス。今日から暫くの間無期限休暇を取るんだ」

「でも仕事があります」

険しい顔でそう言った彼へと彼女は首を振って答える。

「仕事は俺がやるから今は自分の問題と向き合う時だよ。それに、考え込んでばかりいてこんなミスばかりされてはそれこそ仕事が遅れるからね」

「はい。すみません」

優しい口調で諭すように話すイクトへとアイリスは謝った。

「今はゆっくり休むんだ。いいね」

「はい」

彼に言われて作業部屋を出た彼女は二階へと上がり自室へと入る。

「はぁ……私ったらイクトさんに迷惑かけて。何やっているんだろう」

頭を抱えてうずくまるとそうぼやく。

「私、如何したらいいの。おばさん達は私を大切に育ててくれた恩人。でもこのお店で働くことが子どもの頃からの私の夢だった。夢を諦めるかおばさん達の恩を仇で返すか。そんなの決められないよ……」

独り言を零してベッドの縁に座ったまま涙を流す。

「それでイクト君の様子がおかしかったのね」

「いやぁ、また君に迷惑をかけてしまったね。すまない」

その頃一階ではソフィアが来店してきておりイクトと話をしていた。

「迷惑だなんて思っていないわ。それよりも私はアイリスちゃんの事も心配だけれど貴方の事も心配よ。二人してぼんやりされては困るわ。少なくとも貴方はアイリスちゃんの前ではしっかりしてもらわないとね」

「ははっ。まったく返す言葉もないよ。ソフィーが来てくれて良かった。一人だと色々と考えこんでしまいそうだったから」

彼女の言葉に彼が空笑いして語る。

「ソフィーにお願いがあるんだ。アイリスの様子を見てきてくれないかな」

「私はアイリスちゃんに道筋を教えられるような大そうな人間じゃないわ。でも悩んでいる女の子の話を聞いてあげる事ならできるわよ」

イクトの言葉の意味に気付いているソフィアが言うと小さく笑う。

「ここからは女の子通しのお話だから貴方は終わるまで上がってこないでよ」

「お店があるからな。二階には上がらないよ」

彼女の言葉に彼が返事をする。それを確認したソフィアが二階へと上がって行く。

「……」

「アイリスちゃん入るわよ」

ノックの音を響かせるも返事がないので扉を開けて中へと入るとそこにはずっと変わらない姿勢で俯いていたアイリスの姿があった。

「……」

ソフィアは彼女の隣にそっと腰掛けその様子を見詰める。

「ねぇ、アイリスちゃん。イクト君から話は聞いたわ。故郷に戻るかこのお店を続けるかで悩んでいるのよね」

「……」

そっと話しかけるとアイリスは黙って頷く。

「イクト君は貴女の決めた事ならどんな結果でも受け入れるって言っていたわ」

「っ」

イクトの話が出た途端顔をあげてソフィアの方を見る彼女の両頬に手を添えて再び口を開く。

「こんなになるまで泣いていたなんて、可愛い顔が台無しよ。ねぇ、アイリスちゃん。貴女は如何したらいいのか今は悩んで途方に暮れているかもしれない。でも、いつかは答えを出さなきゃいけない。曖昧なままではいられないのよ。昔私もそうだった……前に進まないといけない時は誰にでもあるわ。だから今は大いに悩む事、ね」

「ソフィーさん……っぅ! 私、このお店を辞めたくなんかない。ずっとイクトさんと一緒にこのお店で働いていたい。この国で出会って仲良くなった人達と別れたくなんかない。でも、それでも私を育ててくれたおじさんとおばさんに恩返しもしたい。私如何したらいいのかもう分からないの! ぅう……うわぁぁぁん!!」

優しく語りかけられ堪えていた思いが溢れかえったアイリスは彼女の胸に顔を埋めて大声で泣いた。子どもの様に感情を抑える事無く只々泣き叫ぶ。そんな彼女をソフィアは優しく抱き締めて背中を叩きながらあやしてくれた。

「……っう。私ったらソフィーさんに迷惑かけて。ごめんなさい。お洋服涙で一杯濡らしてしまいましたね」

「いいのよ。少しは落ち着いたかしら」

「はい」

暫くそうして泣き続けていたアイリスは我に返り慌てて彼女から離れる。

「そう、なら私はそろそろ帰るわね。アイリスちゃん。貴女が決めた事ならどんな道であれ間違いはないわ。だからね、自分の決めたことに自信を持ちなさいな」

「ソフィーさん……有難う御座いました」

立ち上がり去り際に言われた言葉にアイリスは深々と頭を下げてお礼した。

「……ソフィーさんかっこいい女性だな。私もあんなふうな大人になれたらいいな」

一人きりになった空間で彼女は小さく呟き笑顔になる。まだ結論は出せないけれども悩んで不安だった心が少しだけ前向きになったような気がしたアイリスであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

お城のお針子~キラふわな仕事だと思ってたのになんか違った!~

おきょう
恋愛
突然の婚約破棄をされてから一年半。元婚約者はもう結婚し、子供まで出来たというのに、エリーはまだ立ち直れずにモヤモヤとした日々を過ごしていた。 そんなエリーの元に降ってきたのは、城からの針子としての就職案内。この鬱々とした毎日から離れられるならと行くことに決めたが、待っていたのは兵が破いた訓練着の修繕の仕事だった。 「可愛いドレスが作りたかったのに!」とがっかりしつつ、エリーは汗臭く泥臭い訓練着を一心不乱に縫いまくる。 いつかキラキラふわふわなドレスを作れることを夢見つつ。 ※他サイトに掲載していたものの改稿版になります。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...