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ライゼン通りのお針子さん5 ~店長就任以来の危機? 波乱を呼ぶ手紙~

十章 グラウィス侯爵の想い 知る時

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 夏祭りも終り季節はそろそろ秋へと移り変わろうとしていた頃。一人の男性が仕立て屋へとやって来る。

「失礼します」

「いらっしゃいませ。あ、侯爵様」

悠然とした態度の男が静かに声をかけるとそれに反応してアイリスは店頭へと出てきた。

「仕事の方はどうだね?」

「はい。相変わらず忙しいくらい順調です」

「そうか。無理はしていないかね」

「ちゃんと休んでいますので大丈夫ですよ」

男……グラウィス侯爵が何故仕立て屋に来たのかと思いながら彼女は話をする。

「息子がこの店に入り浸っているようだが、迷惑をかけていないか」

「迷惑だなんて、そんな。楽しいお話をしてくださって有難いです」

「うむ、そうか。やはり迷惑をかけているようだな。今度息子によく言い聞かせておこう」

侯爵の言葉に笑顔を引きつらせながら口では良く答えると見抜かれたようでグラウィスが渋い顔をして呟いた。

「それで、本日はどのようなご用件でしょうか」

「……」

アイリスの言葉に答えが返ってこなくて不思議そうに侯爵を見る。

「アイリスさん。貴女がこの仕立て屋に来てくれてわしは本当に嬉しいのだよ」

「はぁ……」

静かに語り始めたグラウィスの言葉にアイリスは曖昧な返事しかできなかった。

「旦那を亡くした後ミラさんは身ごもの身体でこの仕立て屋を一人で切り盛りして行って大変なことだって沢山あった。辛いことも悲しい事も……だけどミラさんは諦めなかった。子どもを育てながらこの仕立て屋で休みなく働いて何とか稼げるようになり、アルバート君が夢を追いかけて出て行ってしまった後イクトを養子に迎えた」

「……」

語り出した侯爵の言葉に彼女は黙って聞き入る。

「何故そんなことをしたのかと当時聞いてみた事がある。そうしたらイクトを見ていると将来が心配になったからだと。愛情を知らない子に愛情を教えてあげたいのだとな」

「イクトさんが愛情を知らない?」

グラウィスの話に驚いて目を丸くしてしまう。

「孤児として育ったからな。親の愛情を知らずに孤児院で暮らしていた。イクトから聞いたことはないかね」

「そう言えば孤児院から引き取られて来たって聞いたことがあるような」

侯爵が尋ねるとアイリスも過去の記憶を思い出しながら答える。

「ミラさんはとても優しい人だった。赤の他人にも手を差し伸べるほどとても心の澄んだ清らかな人だった。若いころから苦労をして最期の瞬間まで辛かったと思う」

「……」

苦しげな顔で語るグラウィスの言葉に会った事のないお婆さんの人となりが見えた気がして彼女も瞳を潤ませた。

「わしはミラさんを助けたかった。旦那を亡くした後一人でこの仕立て屋を切り盛りする彼女の為に何かしてあげたくてここに通い服を仕立てて貰ってそれでお金を払い彼女を救ってあげていた気になっていたのだ。だが、そんなちっぽけなことでミラさんを助けていた気でいたとは今となってはとても恥ずかしい」


「そんな、そんなことは……」

瞳から零れ落ちる涙にアイリスは胸を締め付けられるような気持でそんなことはないと強く首を振った。

「あの事件の事だって本当に悪いのは自分なのだ。ミラさんを守ると言いながら大事な時に側にいてあげられなかった。傷付いたイクトを責めて罪を押し付けて大人として恥ずかしいくらいに責任転換して逃げていたのだ」

「事件?」

苦しげな顔で語る言葉に彼女は首をかしげる。

「イクトから聞いていないのか?」

「はい、初めて聞きました」

はっとした顔でグラウィスが尋ねるとアイリスは小さく頷く。

「そうか……兎に角。わしはミラさんに何もしてあげられなかった。だから罪滅ぼしの為にアイリスさんの助けになりたいと思っているんだ。何かあったらいつでも相談して欲しい」

「侯爵様」

一瞬しまったといった顔をした侯爵だったが話をそらして場を持たせる。その言葉にアイリスはいろいろな感情を抱きながら呟いた。

「また、君の様子を見に来るよ。あとバカ息子には迷惑をかけない様にとも言い聞かせておくからあいつの事で何か困ったことがあったら言ってくれ」

「はい。有難う御座います」

グラウィスが言うと店を出ていく。暫く一人きりになった空間で彼女は放心状態になった。

余りにも聞かされた話に心動かされてしまったからだ。そして侯爵の想いを知ることが出来て何だか今までの靄がかかっていた状況が晴れたような気がしたのである。

「ただいま。アイリス?」

国王に呼び出され話を聞きに行っていたイクトが戻って来ると店内でぼんやりしているアイリスを見て驚く。

「あ、イクトさんお帰りなさい。先ほど侯爵様がみえてその、おばあちゃんの話を聞きました」

「そうか、グラウィス侯爵が……」

我に返った彼女は笑顔で話すと彼が考え深げな顔で頷いた。

「侯爵様が言っていた事件って何のことだったんだろう。イクトさんは何か知っていますか?」

「えっ」

何も知らないアイリスの何気ない発言にイクトは顔を暗くして俯いてしまう。

「イクトさん?」

「何でもないよ。事件ね、俺も子どもだったからな。あんまり覚えていないんだ」

不思議そうな声で我に返った彼が笑顔を作り答える。

「そうですか。当時大人だった人しか分からない事なのですね」

「さ、アイリス。仕事に戻ろう」

「はい」

アイリスは不思議そうな顔で呟きながらもあまり気にしていない様子。それにほっと胸を撫で下ろしながら話を逸らすように仕事へと戻す。

「それでは作業部屋にいますね」

「うん。……アイリスごめん。俺は向き合うのが怖いよ」

作業部屋へと入っていき彼女の気配が消えた途端苦しげな悲しげな顔でイクトが呟いた。
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