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ライゼン通りのお針子さん5 ~店長就任以来の危機? 波乱を呼ぶ手紙~

二章 イリスの恋

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 一週間後の朝。マーガレットがお店にやって来た。

「ご機嫌よ。アイリス、この前頼んだ服を取りに来たのだけれど」

「はい。こちらになります」

彼女の言葉に反応して棚から籠を取り出し見せる。

「ちょっと広げて見せてくれない」

「はい」

マーガレットの言葉のままに服を取り出し広げた。

「ふふっ。この服なら完璧にわたくしには似合わないですわね。流石はアイリス。貴女に頼んで良かったですわ」

ご機嫌な様子の彼女にアイリスは安堵の息を吐き出す。

「これで今回のお見合いは失敗間違いなしですわ。それじゃあね」

笑顔でお店を出て行ったマーガレットを見送りアイリスとイクトは小さく笑い合う。

「マーガレット様とても喜んでくれていて良かったけれど、お見合い大丈夫なんでしょうか?」

「こればかりはお嬢様次第かな。お嬢様の人生だからね」

「そうですね」

「お邪魔致します」

二人で話し合っていると誰かの声が聞こえてきてアイリスはお客の方へと顔を向ける。

「あ、イリス様いらっしゃいませ」

「……」

笑顔で出迎えると何事か考えている様子のイリスがおずおずと口を開く。

「アイリスさん。その、わたくし今までいろんな殿方を眺めて見守るファンクラブの会員として過ごしてきましたけれど、このように心乱される思いをしたのは初めてで」

「はい?」

説明してくれる言葉の意味が理解できず首をかしげる。

「ですから、わたくし遂に本物の恋をしましたの。それで、その方に振り向いてもらうためにアイリスさんの腕を見込んで勝負服を作って頂きたいのですわ」

「し、勝負服?」

頬を赤らめ語り切った彼女の言葉にアイリスは驚いた。

「そう、あの方の気をひくために今までのイリスではなくお洒落に生まれ変わったイリスとしてふさわしい服をお願い致しますわ」

「わ、分りました。ご依頼承ります」

イリスの強い意志を感じて勢いで頷く。

「期日は特に決めておりませんが、そうですね。一週間後までにお願い致しますわ」

「はい」

彼女の言葉に返事をするアイリスの様子ににこりと微笑んでからイリスが店を出て行った。

「イリスさん誰かに恋をしたんですね」

「そのようだね。春は恋の季節とは言うけれど……アイリスの恋はまだかな」

「え?」

彼女へと返事をしたイクトだが続けて意外な言葉を放つ。それに驚いて彼の方へと顔を向けた。

「マーガレット様もイリス様も皆形は違うけれど恋愛をしようとしている。アイリスにはそれが見えないからちょっと気になってね」

「私はこのお店でお仕事をしているのが楽しくて、恋よりお仕事の方を今は大事にしたいんです」

「……そうか。アイリスは今仕事に恋をしている感じだね」

イクトの話を聞いて理解したアイリスが答えると考え込むように数秒黙った後微笑み言う。

「そうかもしれませんね。それじゃあ、イリス様の服を作ってきます」

「うん。……これは、関与しないわけにはいかなくなったな」

アイリスを見送った後イクトが小さく苦笑して呟いた。

「さて、イリス様の型紙を出してっと……相手を振り向かせるための勝負服か。イリスさんは大人で落ち着いたイメージだけれど、少し違う雰囲気の服を作ってみたらどうかしら」

あれやこれやと考えながら布や糸などを選び服を仕立てていく。

「鮮やかな緑色のローブ・モンタントはロココ調柄で首回りにアクセサリーをプラスして、下は黒のタイツで締めて……こんな感じで大丈夫かな?」

呟きながら布を縫い合わせ出来上がった品をトルソーへとかける。

「ふぅ……完成!」

「お疲れアイリス。昼休憩にしないか」

半日かけて仕上げていたらしくイクトの言葉に反応してお腹の虫が鳴く。

「確かにお腹もすきました。お昼休憩入ります」

「うん。……相変わらず安心できる仕立ての腕だな。そう言えばソフィーの作ったアイテムを国産として登録したことがあったけらしいけれど、アイリスの作った服を国産にするなんてレオ様なら言いそうな気がするな」

アイリスが出て行った後トルソーにかけられている服を見ながらイクトが小さく笑い独り言を零す。

「もしレオ様からその話をされた時は俺は何て答えようか……」

まだ言われてもいないのに妄想を膨らませ微笑みが絶えない。

「イクトさん。マルセンさんから頂いたお菓子。一緒に食べませんか?」

「うん、それじゃあお茶休憩しようかな」

台所からアイリスの声が響きイクトは笑顔で答えた。

それから数日後の事である。

「お邪魔致します。あの……アイリスさん。以前頼んだ服もう仕上がっていますか? 実は今日あの方とお会いする機会があるんです。それでその服を着て行けたらと」

「はい。こちらになります」

イリスが来店するなり申し訳なさそうな顔で尋ねた。それに答えると籠を持ち出しお客の前へと見せる。

「早速試着させて頂きますわ」

「はい。どうぞこちらへ」

イリスの言葉に試着室へと案内した。

「如何でしょうか?」

「まぁ、普段はこのような服わたくしは着た事がありませんけれど、中々いい感じですわね。首元のアクセサリーのおかげでスッキリとした印象にもなりますし気に入りましてよ」

彼女の言葉にイリスの明るい声が聞こえてきて満足してもらえたことに安堵する。

「これ、このまま着ていきますわ。やっぱりアイリスさんにお願いして正解でしたわね。それではまたお邪魔致します」

会計を済ませるとご機嫌な様子でイリスが店を出て行った。

「イリス様の恋が実ると良いですね」

「そうだね」

二人だけになった室内でアイリスとイクトは笑い合う。

春は誰もが恋の季節。こう言う依頼もこれから先も続くこともあるかもしれない。
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